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2015年12月 1日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する ローマ帝国の分裂

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4分裂と言いますが実質は西と東の2分裂です。正副二人ずつ皇帝がおり、合計4人の皇帝で統治しました。対立による分裂ではなく、国土が広すぎるので一人で統治できなくなって分割しただけです。西ローマがイタリアから西、東ローマがギリシャから東というイメージです。この頃になってもキリスト教は弾圧されているのですが、すでに大多数のローマ住民がキリスト教になっていました。

 

 

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コンスタンチノープルに名前が残るコンスタンチヌス帝はついにキリスト教を公認します。ただキリスト教だけではなく、すべての宗教を公認したようです。キリスト教には多くの派閥ができていたので取りまとめる事にしました。その「公会議」でアタナシウス派を正当とすることになりました。これがカトリック派閥で、将来は各国の王より強い権力を持つようになるのです。

 

 

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コンスタンチヌス帝は遷都を行います。コンスタンチノープル、今のイスタンブールです。現代のトルコはイスラム圏なので不思議に感じてしまいますが、ローマ帝国は大きかった、コンスタンチノープルも東ローマの中央あたりに位置する都市でした。コンスタンチノープルはヨーロッパとアジアをつなぐ関門であり、黒海からの出口にもあたる四差路です。周辺国ににらみを利かし、統治するには絶好の場所です。ササン朝ペルシア対策と言えるかもしれません。

 

 

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さてこの後も東ローマ帝国はまだまだ続くのですが、西ローマ帝国には侵略者の影が近づいています。ゲルマン民族です。

 

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