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2015年12月21日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する ゲルマン人の整理

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ゲルマン民族という大雑把なくくりでヨーロッパの歴史がわからなくなり、結果として世界史が苦手になったような気がしています。ゲルマン人の整理をしておきます。

 

彼らは「ゲルマン語派」と言われる言語体系を持った部族の集まりです。少し乱暴に言えば、日本語とハングルは同じ言語体系でありますが、同じ部族かといえば大違いです。ゲルマン人の多くの部族は仲間でも関連性もない、どちらかと言えば敵対的であり、それぞれの部族が国を作り戦争をするのです。「同じ民族同士で戦争するなんて」という誤解もここから生まれます。

 

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ゲルマン人(ジャーマン人)という表現からドイツ人と混同されますが、これも間違いです。中世のゲルマンはゲルマン地域を指しますし、今でもドイツ人をゲルマン人(Germany)と呼んでいるのは英語圏の人達だけ、ヨーロッパの各国ではドイツという名称を使います。ゲルマンはローマ帝国が現在のドイツ北部、デンマーク、スカンジナビア半島南部(黒海あたりまで)をゲルマニアと呼んでいたことが起源のようで、ドイツと呼びたくないイギリスがジャーマンと呼んでいるだけです。

 

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どのような部族がいたのでしょうか。東の地域に住んでいたのは西ローマに進出した東ゴート人と西ゴート人、アフリカやスペイン南部に進んだヴァンダル人(アンダルシアの語源)、フルンクト人(別名ブルゴーニュ人)、西の北海近辺にはアングロ・サクソン人(今のイギリス人)、バルト海近辺にアングル人等です。北つまりスカンジナビア半島近辺にはノルマン人(将来のヴァイキング)など。全ての民族が移動したのではなく、最初はハン族に襲われてローマに庇護を求めたゴート人が移動します。その後、西ゴート国の建国がローマ帝国に許された事を知った他の部族がローマ帝国に移動を開始、東ゴートは現在のイタリアに、アングロ・サクソンはイギリスに移動します。ただ現在の国々と各民族が11で結びつくものではありません。ここでわかるのは「何とか諸島が日本固有の領土」と言われてもヨーロッパは共感できないでしょうね。ヨーロッパ諸国には固有の領土という概念さえないのです。

 

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ヨーロッパに住んでいたケルト人(ガリア人)はどこに行ったのか。これも混乱の原因ですが、ケルト人とはケルト語を話す複数の民族です。ゲルマン民族に押されて諸島部に押し込められたと勘違いしていましたが、もともと諸島部住んでいたケルト人にゲルマン民族の支配が及ばなかっただけです。大陸部のケルト人は差別を受けながら下級階層として支配され、次第にゲルマン系の言葉を話すようになりますがアイルランド、スコットランド、ウエールズなどにケルト言語が残っています。「あれ?イギリスなので英語では?」と不思議に思いますよね。イギリス人のケルト系の友人(すごい美人)が「ケルト語を学んでいるがうまく話せない」と言っていたことを思い出しました。現在でもいくつものケルト言語があります。ケルト語体系の言葉を使える人はアイルランドで10万人程度、ウエールズで20万人程度と全部で多くても100万人程度、しかも複数の言語が存在します。ただケルト言語が残ったおかげでケルト独自の神話や宗教が失われませんでした。言語として絶滅危機にあるのは間違いなく、イギリスという小さな島が抱える問題です。日本でもアイヌ語や琉球語があり、特にアイヌ語は絶滅危惧言語に指定されています。他人事ではないですね。

 

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