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2015年12月28日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 神聖ローマ帝国登場

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神聖ローマ帝国は西暦800年から1806年まで続いたドイツを中心とした1000年大国でした。ドイツが中心ではありますが当初はイタリアやオーストリア、スイス、ルクセンブルクや東欧まで含んでいます。教皇領として提供したローマは含みませんが、実質カトリック教の本拠地です。途中から領土が縮小し国名は「ドイツ国民による神聖ローマ帝国」に変わります。

 

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「神聖」ローマ帝国というだけあってキリスト教に関係が強く、キリストの死刑に使われ、キリストの血に染まったことで最強の槍と呼ばれている「ロンギヌスの槍」は今でもドイツ(ホーフブルク宮殿)にあるようです。神聖ローマ帝国はそもそもカロリング朝フランク王国であり、それが分裂した東フランク王国であり、戦争やクーデターではなくオットー1世がフランク王国ではなくローマ帝国(西ローマ帝国)の正式な継承者として教皇(法皇)から戴冠を受けます。歴史を見ればゲルマン民族が西ローマ帝国を滅ぼしたと言えますし、カトリック教もローマ発祥とはいえ教皇が西ローマ帝国の王位をフランク王国に授けられる立場にはないような気がするのですが、既にかなりの勘違いが教皇にもフランク王国にも発生していたのでしょう。教皇は神に近づいていたのです。またカール大帝の古代文化の復興運動「カロリング・ルネサンス」が古代ローマ帝国の名前を選んだ原因かもしれません。

 

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つまりドイツこそが現代から200年前までカトリックの中心地であり、ローマは単に教皇の住む場所なのです。ギリシャ正教のギリシャとカトリックの本拠地、ドイツは宗教的にあまり仲が良くないのかもしれません。またドイツがユダヤ教迫害に走った理由がここにあるのかもしれませんが、それはもっと先に勉強していきます。ここで重要なのはローマ帝国という名前はどうでもよくて「神聖」国がドイツに登場しカトリックの国となったことを国名にまで刻んで宣言した事です。またローマ帝国という言葉に騙されないように、フランスのようなフランク国がイタリアのようなローマ帝国をドイツの地に作ったという事です。

 

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ここでは東フランク王国が神聖ローマ帝国に変わったという名称変更を見ています。今後のヨーロッパの歴史を勉強する上での一つの主役が登場した事になります。

 

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