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2015年12月24日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する メロヴィング朝フランク王国

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名前を見てわかる通り、将来はフランスになるフランク王国、ただし最初はオランダやドイツ北部あたりに西暦485年頃建国された小国でした。その後巨大国家になり、フランス、ドイツ、イタリアまでのスペインを除くほぼすべてのヨーロッパを占領します。このフランク王国は将来3つに分かれ、フランス、イタリア、ドイツの原型となります。ゲルマン人の主役部族の登場と言えます。中でもカール大帝は有名です。ドイツになぜ「フランクフルト」があるのか、地理で少し不思議に感じていたのですがこれでやっとわかりました。

 

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フランク王国は481年に建国され400年も続くのですが、途中で何度か変化があります。今回は最初に発生したメロヴィング朝フランク王国を見てみます。ゲルマン系フランク族の中のサリー支族(ややこしい…)のクローヴィス王がアリウス派を改宗しカトリックを国教として建国します。つまりローマとは敵対しない親和国としてフランク王国が生まれたのです。西ゴート族から現在のフランス領域を奪い、大きな国になりました。ただしフランク人の相続には大きな特徴がありました。日本では長男が家督を継ぐのが一般的でしたね、次男坊などは不公平に感じた事でしょう。ゲルマンでは分割相続です。公平ですね、ただ領地まで分割する物ですから国が細分化されました。これでは国が小さく弱くなるばかり、フランク王国のひとつであったアウストラシアのカロリング家が世襲制を始めたことでやっと再統一に進むのですが、カロリング朝については次回です。

 

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相続面での弱点にかかわらずメロヴィング朝は300年近く続きます。カロリング朝はフランク王国を再統一しただけで、民族としては変わりません。室町時代から江戸時代、でもどちらも日本人のパターンと同じです。ただヨーロッパに今でも小さな国が残っているのは、この分割相続というシステムの影響と考えられます。小国から統一王国に代わった理由は明治維新に似ています。彼らにとっての「黒船」はイスラム国です。スペインを領土に収めたウマイヤ朝イスラム帝国をフランク王国がトゥール・ポワティエの戦いで撃破、ここで止められなければヨーロッパはキリスト教ではなくイスラム教になっていたでしょう。その英雄マルテルの子、ピピン3世がカロリング朝としてローマ法王から戴冠するのです。そしてフランク王国を再統一します。

 

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ローマ法王としては「よくやった」という事だったのでしょうね。

 

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