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2015年12月 3日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する ゲルマン民族の大移動 その2

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「インド=ヨーロッパ語族」と言いますが、インド人もヨーロッパ民族もどちらも祖はアーリア人と考えられています。ただしゲルマン人=アーリア人かどうかは議論があるようです。ちなみにハン族は「ハン」ガリーにまで到着し定着し、ブダ城はハン族の王の名前から付けられています。ハンガリーの人々はモンゴル系の顔ではないのですが、日本人同様蒙古斑があるそうです。

 

 

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ハン族に追い出されたゲルマン民族が200年程度で西ローマ帝国全域を覆い、原住民族を崩壊させたのです。この民族入れ替えの時点をもってヨーロッパ史は古代と中世代を分けるようです。困ったことに西ローマの人たちは逃げる場所が無い、西に向かうと大西洋にぶつかってしまいます。その為、島、つまりアイルランドやアイスランドに逃げ延びたようです。

 

 

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もちろん大部分の人たちは東ローマに逃亡するかゲルマン人、インド=ヨーロッパ語族の人たちに吸収されますので絶滅したわけではありません。ラテン民族による東ローマは巨大帝国のままです。ヨーロッパ北部で大混乱が起きた時、南に下らず西に移動する玉突きが発生しています。つまりヨーロッパ北西部は寒冷化していない暮らしやすい場所だったと考えられます。

 

 

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そうするとやはりモンゴルの気候変動は乾燥化、ゴビ砂漠の拡大が民族移動の主原因かもしれません。楼蘭という都市をご存知でしょうか。タリム盆地にありロプノール湖が干上がったことで消滅した都市です。楼蘭が消滅したのはゲルマン民像の移動と同時期の4世紀なのです。

 

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世界の歴史を少し正確に理解する ゲルマン民族の大移動 その2

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