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2015年11月 8日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 死刑の判決

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イエスは逮捕されますがすぐには死刑になりません。気持ちはわかります。メシア「かもしれない」人物を死刑にすれば、どのような天罰があるかわかりません。どうにか軽い罪で済ませてしまいたいと考えます。しかしユダヤ教の神父、レビたちは既にイエスを偽メシアだと断定しているのですから、どうしても残酷な死刑である十字架刑にしようとするのです。

 

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ここで押し付け合いが始まります。ピラトもヘデロも残念ながら新約聖書に名前が残ってしまいましたがどうにか軽い刑にしようとします。質問は簡単でした、「お前はメシアなのか」。イエスは答えました「我はメシアである」と。それでもどうにか死刑だけは避けようとしてユダヤ人民に判断をゆだねるのです。しかし神父の教えに逆らう事のない市民は「イエスは偽のメシアであり、磔刑」と断言します。結果としてピラトは「好きにしろ」という判断で死刑が決まります。

 

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さてここで「メシア」と言っているのでわかりにくいかもしれません。メシアとは「ユダヤの王」という意味です。「俺がユダヤの王だ」という奇跡を起こす(ただしユダヤ人の前では起こさない)イエスに対しての判断は難しいですね。本当にオウム真理教の事件と今でも死刑にされない麻原死刑囚に対する警察の苦悩がわかりますが比較してはいけませんね。

 

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ユダヤ総督ピラトはローマ人です。ユダヤ人はローマ人に王かもしれない人物の処刑を任せたのです。しかし「俺は王である」と言っているだけで最も残酷な方法で死刑にするのです。ユダヤ人にとっては「王である」といわれているのですから宗教の面からも許せないのでしょうが、ユダヤ教を知らないローマ人にとってみれば確かに難しい判断だったでしょうね。ちなみにピラトによるイエスに対する処置はものすごく残酷で、あまりの酷さにローマに連れ戻されたそうです。

 

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