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2015年11月

2015年11月30日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する トラヤヌスとパルティア戦争

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ネロに続く五賢帝の時代、ローマの領土を最大に広げたのはトラヤヌス帝でした。西暦98年から117年の皇帝です。彼はスペインのアンダルシア出身、つまりイタリア出身ではないのです。この辺りがローマ帝国のすごさで、人材登用の面では現代日本が見習わないといけませんね。トラヤヌス時代のローマ帝国は、ドイツから西のヨーロッパ全域、イングランド、ギリシャ近辺、トルコ、エジプトを含むアフリカ北部までを支配します。そしてついに東の強国であったペルシアのパルティアにまで攻め入ります。

 

 

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パルティアは既に内部分裂しており強国ではなくなっていたようです。トラヤヌスは8万人の兵力で一気にメソポタミアまで征服しました。パルティアは反撃に出ます。その間にトラヤヌス帝が病死、跡を継いだハドリアヌスはメソポタミアを放棄します。パルティアに負けたというよりハドリアヌスにとっては国土が広すぎて管理できなかったようです。

 

 

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トラヤヌスはさすがローマ皇帝、残酷さも一流です。奴隷が1万人以上も死ぬほど大規模な闘技会を開催したそうで皇帝ネロだけが暴君ではない事は間違いなさそうです。トラヤヌスをピークにしてローマ帝国は徐々に領土を縮小します。ただ2世紀に大きな混乱はありませんでした。3世紀になってカラカラ帝が登場した頃から東に強国ササン朝ペルシアが建国され、西に進み始めます。

 

 

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西暦300年頃になるといよいよローマは巨大帝国を維持できず、4分裂します。この3世紀に入ってからの弱体化で市民の生活は苦しくなり「救世主」を求めるようになります。キリスト教がローマ帝国全土に蔓延をはじめ既に止められない時代に突入したのです。

 

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2015年11月29日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 皇帝ネロ

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暴君として有名なネロは西暦54年から68年までの第五代ローマ皇帝です。新約聖書「ヨハネの黙示録」はネロの悪政に失望して追記されたと言われています。「オーメン」という映画で666が不吉な数字として扱われていますね。この666はネロの隠語だそうで、彼の名前を数字に置き換えて足しこむと666になるそうです。Wikiなどに詳細が掲載されています。悪魔とかサタンとかを意味する恐怖の数字ではありませんので66日生まれの方は安心してください。

 

 

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ネロが帝位についた初期は善政だったそうです。彼がキリスト教徒に暴君と言われる理由はローマの大火災の原因がキリスト教徒の放火として迫害したからです。大火災の時に避難の陣頭指揮や救済を行っている事からキリスト教徒迫害も市民の事を考えた行動であり、決して大悪人ではありません。彼は歌が大好きで数千人を集めて竪琴を奏でワンマンショーを開いたそうですし、古代オリンピックに出場して優勝、ただ負けたのに優勝で、「負けたのに優勝」記録が残っている事もすごい、負けたこと自体は曲げていないのです。芸術、建築、音楽などに才能があり、いい人の雰囲気が漂います。

 

 

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ローマの人に悪くない皇帝だったのですが、キリスト教徒にとっては最悪で、新約聖書にまで暴君と書かれてしまいました。何が最悪だったのでしょう。キリスト教徒にとってイエスの次に重要な人物であるパウロを逆十字にかけて殺してしまったのです。西暦60年頃と言えばローマはギリシャ神話を基にしたローマ神話の時代でした。そこに偶像崇拝を禁ずる新興のキリスト教が勢いを伸ばしたのですから、ローマ市民はキリスト教に対する恐怖心を持っており、市民に答えた国王が弾圧したとも感じています。キリスト教がローマ国教になるのは300年ほど後です。

 

 

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ネロはその後クーデターに負けて自殺します。ローマの大火は「本当にキリスト教徒が放火したのではないか」とも言われています。そもそもローマ皇帝全員が暴君ですから、彼一人が突出していたとは思えません。

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2015年11月28日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 五胡十六国から南北朝へ

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三国志の時代が終わっても中国は安定しません。晋は中国を統一するとすぐに権力争いをはじめ、匈奴等異民族を軍隊として使います。この五つの異民族を五胡と言います。この5民族が中国に入り込んで13もの国を作ってしまい、漢民族が作った3つの国と合わせて16国になります。この後、中国は北と南でわかれて歴史が進んでいきます。南北朝の時代です。

 

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つまりこの時代には民族的に中華は存在しません。一番大きな国は常に存在しますが、隣国とは戦闘を繰り広げたり協力したり貿易したり…つまり、この時代の中国の歴史は混乱しており「少し正確に」理解することを目的としたこのBlogの限界能力を超えています。ただこの時代になると日本が朝鮮半島に進軍しており、日本書紀の歴史が始まります。日本も異民族の一つだったのでしょうか。

 

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隋が中国を制圧するのは6世紀ですあり、200年も乱れるのです。そのあと、隋はわずか30年で滅びるのですから中国に住む住民もたまったものではありませんね。中国には食人の文化がありました。三国志には人間を食べるシーンが出てきます。孔子は人の肉が好きだったそうですし、ごく最近まで食人が文化として残っていたようです。もちろん日本にも食人の文化はありましたが、比較的食に困ることがない日本での食人は一般的ではありませんでした。

 

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毎日のように戦争が繰り広げられ、もしかすると隣人に食べられるかも知らない…気の休まらない日々ですね。

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2015年11月27日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 巨星落つ

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中国が広い事もあって黄巾の乱からずいぶん月日が流れ、やっと三国がそろいました。さすがのヒーロー達も高齢になっています。明治維新では多くの志士が若くして死にますが、三国志では多くのヒーローに高齢化の波です。

219年に関羽戦死、張飛も221年に死亡しています。同時期の220年曹操が死亡しました。道半ばにして残念ではありますが、66歳たったので当時としては長生きだったのです。

 

 

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関羽と張飛を失った蜀ですがまた諸葛亮も趙雲も残っています。これから、という時の西暦223年に劉備が死亡、病死だったようです。63歳だったので戦地を飛び回るほどの体力がなくなっていた事でしょう。みんな「志半ば」と感じますが三つ巴が長すぎましたね。

 

 

 

残るは呉の孫権、蜀の諸葛亮、魏の司馬懿です。驚いたことに三国志は残り3分の1程度もあり、ここから先は私も読んでいません(笑)ので三国志の紹介はここで終わりにします。その後、魏から禅譲を受けた司馬炎が晋を興し中国の統一に成功します。西暦265年、曹操や劉備が亡くなって40年以上も経過しています。

 

 

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この晋の時代も長くない事は、ゲルマン民族の大移動と同じ理由で、モンゴルの南下です。地球温暖化が進む現在、他の地域に比べて顕著な変化が見られるのはモンゴルです。降水量が激減しているのです。つまりモンゴルはサハラ砂漠以上に湿潤状態と乾燥状態が激しく繰り返されると考えられます。ただ西暦300年頃に気候変化があったのかどうか、私には調べられませんでした。

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2015年11月26日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 関羽と張飛

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関羽雲長、中国の歴史で最も有名な人物の一人と言えますね。

 

商売の神として崇められ、商店街、中華街で彼の像をよく見かけます。日本でも横浜と神戸に関帝廟がありますね。長崎にもなかったかな。彼の印象は赤ら顔に髭です。呂布の馬だった赤兎馬を操っていた事でも有名です。中国の演武(演劇)には関羽がしばしば登場し、顔が赤いのですぐにわかります。

 

 

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関羽は武勇にあふれながら知将でもあるので、格が一段違います。義に硬く、武勇にあふれ、頭が良いのであれば敵にしてみれば最悪の武将です。曹操は関羽にあこがれていたのではないでしょうか、ファンという表現が近いような気がします。関羽が殺された後、首は曹操に送られ敬意をもって荼毘に付されています。曹操が関羽を逃がす、関羽が曹操を逃がす、この二つのイベントは三国志演義の中でも有名なエピソードです。

 

 

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張飛は猪突猛進型で勇猛果敢ですが、間の抜けた人間味にあふれた人物として描かれます。個人的な感覚ですが、私は張飛の方が好きでした。ハチャメチャなことをして笑い飛ばす、彼がいないほうが劉備と関羽の旅はスムースだったのではないかと思うほどです。それでも張飛がいなければ彼らの旅、物語として面白くありません。そして張飛がいなければ劉備は早々と首を切られていたかもしれません。

 

 

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関羽の神格化は三国志よりはるかに後の時代だったようです。三国志演義の影響が大きいと考えられます。

 

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2015年11月25日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する 三国時代へ

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赤壁の戦いで曹操軍は弱体化します。それでも中国で最強の軍隊だったのでしょう。孫権と曹操は戦争を繰り返すのですが、その間に劉備はちゃっかりと荊州を占領します。この時点で劉備の領土は孫権より広くなるのです。孫権は怒るのですが、孫権にとって間が悪い事に周瑜が病死してしまうのです。周瑜が諸葛亮くらい長生きしていれば歴史が変わったのかもしれません。

 

 

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周瑜を失った孫権は劉備との争いをやめ同盟を結びます。娘を劉備に嫁がせている位です。劉備は武将に恵まれていました。関羽、張飛、趙雲、諸葛亮に加え黄忠などの武将を味方につけ、部下の活躍で支配地を拡大します。

 

 

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ここで三国志ゲームが好きな人には忘れられない趙雲を取り上げましょう。ゲームで彼はイケメンで強いですよね。関羽や張飛は温存したいので趙雲最前線で戦った人が少なくないでしょう、前線でも裏切らないですしね。本物の趙雲は劉備が若いころから親交があり、家族のように劉備に寄り添っています。関羽、張飛との桃園の誓いに趙雲が入っていないのが三国志演義への不満ですが(笑)

 

 

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213年に漢の皇帝から禅譲される形で曹操が魏を建国します。中国の北部全体でついに漢が滅びました。孫権は既に呉の国王であり、中国の南東部に領土を広げています。214年、ついに劉備が蜀を奪い三国時代となります。多くの人にとって三国志はここがゴールであるはずなのですが、物語は全体の半分くらいなのです。ここからはつまらないのでさらっと流します。

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2015年11月24日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 赤壁の戦い

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あまりに有名な三国志のクライマックス、赤壁の戦いについて語るほど無謀なことはありません。周瑜、孫権、黄蓋などが活躍する赤壁の戦いは映画などを見ていただくとして、私は小さな話題に触れます。南下してくる曹操の兵力は驚いた事に80万人、対する孫権劉備軍は5万人です。気になるのは勝ち負けの不思議ではなく、80万人がどのようにして大中国を移動したのかという不思議です。

 

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日本の戦国時代、正攻法の大群が負けることは珍しくありません。一つの敗因が兵糧戦略ミスで、兵糧ルートが断たれると大軍が崩壊します。籠城作戦でも水と兵糧の確保が重要課題でした。数千、数万人程度の兵力でも兵糧の確保は難題です。かつて董卓が籠城した時80年分の兵糧を蓄えたそうですし、エルサレムは長期間籠城に成功しています。しかし食料保存と分配が簡単な籠城と異なり80万という大都市人口に匹敵する移動する軍隊への食料供給はどうなっていたのでしょうか。

 

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個人的な意見ですが80万人への兵糧供給は無理です。略奪による前進あるのみ、略奪された農民は軍についていくしかないのです。住民を吸収して軍隊が膨れ上がる、被害者が加害者になる、結果として80万人に膨れ上がった烏合の衆と考えます。後ろには食い荒らした荒野しかないので後戻りはできない、それどころか軍が停滞すると食料が無くなり自滅します。猪突猛進で移動を続けるしかなく、戦争の目的は食料で、曹操や国家統一のために戦っている武人はごく少数でしょう。

 

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孫権は曹操の群を停止させれば勝利でした。演出が多い三国志演義ですが、黄蓋による船の焼打ちは史実のようです。曹操は大河にさえぎられて赤壁から前に進むことができなくなったのです。曹操の群に疫病が蔓延しますが栄養失調が原因だったのかもしれません。野営地で80万人分の食料は1週間分でも確保困難です。飢餓集団に5万もの正規軍が攻撃を仕掛けたのですから、孫権と劉備の連合軍勝利は当然であり、周瑜の的を射た「足止め作戦」が成功したのです。諸葛亮の10万本の矢や関羽が曹操を逃がすイベントなどは演出と考えています。

 

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2015年11月23日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 三顧の礼

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うだつが上がらぬままの劉備玄徳、40歳を超えています。頼りにしていた袁紹も曹操に敗れてしまいました。幸い関羽が曹操の下から戻ってきましたが、曹操の北部制圧が終われば南に下ってくること位わかっています。自分の命も風前の灯、そんな時に諸葛亮という優れた軍師の存在を知るのです。ここからの説明はいらないですね、一応書いておきますが。

 

 

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劉備は諸葛亮孔明に仲間になってくれるようお願いに行きますが、最初の2回は合う事ができませんでした。居留守を使われていたと言われています。そして三回目に諸葛亮は会ってくれました、「三顧の礼」です。西暦206年の事でした。困ったことに企業の偉い人がこの技を使う時があり困ります。E-mail3回目に回答して「三顧の礼」というのですけどね…いちいちReminderを送るのは面倒です。自分を諸葛亮のような天才と比較するなんて、それだけで器が小さい。

 

 

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劉備は曹操が攻めてきた時どうしたらよいかと諸葛亮に尋ねます。すると諸葛亮は、劉備は曹操に勝てない、孫権も曹操には勝てないといいます。失礼のようですが真実、そこで劉備と孫権が手を組み、その後中国を3分割してバランスを取るという「天下三分の計」を提案します。ご存知の通り、孫権と手を組んで曹操と戦うのが「赤壁の戦い」であり、その後三国時代を迎えるのです。いよいよ三国志のクライマックスですね。

 

 

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劉備の諸葛亮に対する厚遇は関羽と張飛が嫉妬するほどだったそうです。諸葛亮は当時20代、若造に50歳近い劉備が3回も頭を下げて仲間に加えたのです。儒教の影響が強い中国ですから、年配の大将が頭を下げる事は異例ですし、それ程に諸葛亮の能力は素晴らしかったのでしょうね。諸葛亮がいなければ劉備が蜀の国王になることなど無かったでしょう。

 

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2015年11月22日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 曹操 対 袁紹

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物語に敵役は欠かせません。悪役は強くて悪い程よいのです、アニメを見ていてもわかりますね、例えばワンピースやドラゴンボール。悪役は驚くほどに残酷で、市民どころか部下までも容赦なく殺戮し、地球さえも滅ぼそうとし、神よりも主人公よりも強い、そんなアニメが人気です。このようなアニメは三国志にインスパイアされているのかもしれません。特に「北斗の拳」はどうしても三国志とイメージが重複します。この曹操を弱い劉備が倒していく、そのクライマックスが「赤壁」であることは誰でも知っています。しかし日本のアニメと異なり、悪役は倒れるものの主人公も負けてしまうのが三国志です。

 

 

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物語は序盤、曹操と袁紹の戦いです。ここで関羽は曹操軍に、劉備は袁紹軍についています。なぜ彼らは二手に分かれてしまったかと言えば、関羽が劉備の夫人を守るため曹操軍に残ったのです。関羽が曹操への恩返しとして武功を上げた後、曹操の下を離れて劉備の下に帰っていくシーンは三国志の中でも有名です。このエピソードを見るかぎり曹操が絶対悪には思いづらいのです。ちなみに袁紹との戦いでは曹操が勝っています。

 

 

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物語は敵役が悪徳非道であるほど盛り上がります。項羽と劉邦でも同じですが、劉邦は住民にやさしく、項羽は残酷で何万人、何十万人と敵兵や住民を殺して、自分は虞美人との色恋に溺れていきます。曹操と劉備の関係に似ていると感じませんか?もしくはラオウとケンシロウ?個人的には三国志という歴史書は国史であっても作者の気持ちが入っているような気がしているのです。劉備は中国をまとめられませんでしたが、正当な漢の王位継承者「劉家」を名乗っているのですから、曹操や孫権に比べれば作者の入れ込み方が違います。

 

 

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劉備は漢の劉家と関係なく、たまたま苗字が一緒だった、単なる田舎者だったと感じています。ただご承知の方も多いかと思いますが、儒教に厳しい韓国では同じ姓の人は血縁とみなされ結婚できません。つまり姓が同じであれば祖は同じという考えが儒教にはあります。ああ、このペースで三国志を紹介しているといったい何話まで続くのやら。あと5回程度に抑えたいとは考えています。

 

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2015年11月21日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 董卓と呂布

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黄巾の乱は後漢政府への警告だったはず、襟を正すべきだったのに全く懲りず、宦官と皇帝外戚の相続争いが続きます。宦官との争いに敗れ洛陽から脱出する幼帝がたまたま董卓に出くわします。董卓は皇帝を従え、外戚を味方につけて洛陽にて宦官を破り権限を掌握します。董卓は見事な田舎の親分ぶり、残酷にも程があるのです。あまりに残酷すぎるので、悪役づくりの演出なのかもしれません。彼の残虐な行動例を挙げれば幼帝(皇帝)を殺害、村民皆殺し、捕虜の女性をすべて部下に与え、洛陽を焼き払って長安に逃亡、娯楽で捕虜の目玉をくりぬくなど。ただ大将だけあって部下には優しい「任侠道」を感じます。とにかく本を読んだ誰もが「殺されて当然の人物」と感じる事でしょう。

 

 

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董卓が味方に付けた武将に呂布がいます。モンゴル出身の猛勇、裏切り者だけどとにかく強い。呂布といえば赤兎馬、別名赤血馬で一日100里を駆けると言われ、その後関羽の馬になりました。呂布はモンゴロイドの強さを如実に表しています。董卓の天下はわずかに23年で、部下の呂布に殺されます。ただ呂布の天下はさらに短く2か月程度、最強の武将ですが政治家の格は備わってなかったようです。呂布はその後に曹操についたり劉備についたり、最後には曹操と戦うのですが負けそうになると再び曹操と手を結ぼうとします。劉備に「もうやめておけ」と言われて曹操は最強の武将、呂布の首を切り落とします。

 

 

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三国志の序盤は董卓や劉備より呂布の印象が強いですね。赤兎馬と呂布の強さは尋常ではありません。ゲーム三国志がよくできていたと感じるのは呂布の強さ(パラメータ)が全武将の中で最強で、すぐに寝返るところ、そしてすぐに死ぬところです。呂布を味方につけどのように裏切らないように死なないように使うのか、ゲーム序盤の醍醐味でした。呂布の登場、活躍と歴史からの退場により三国志の幕が上がると言えます。ちなみにまだ後漢の時代、多くの大将が割拠している状態です。三国時代は始まっていません。

 

 

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いよいよ三国志の最大の「悪役」曹操が動き始めます。

 

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2015年11月20日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 三国志 その前に

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安定期の中国ほど面白くない時代はありません。幼帝が擁立され、実権は宦官が握り、皇帝親族との確執が生まれ、前の皇帝の親族は全員殺され、政治が腐敗するというサイクルが繰り返されます。さて現在の中国はどうでしょう…なんて挑戦的な事を言ってはいけませんね(笑)まあ日本史も同じです。摂政関白が天皇に代わり実権を握る、藤原家、平家、いくつか似通った話題があります。ただ日本に比べて中国の歴史は圧倒的に長く、無限と感じる回数の繰り返しが起こります。

 

 

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後漢の時代も同じです。光武帝以降ほとんどが幼帝で、実効支配は幼帝の母親と宦官が争います。宦官は妻もいなければ子供もいない、自分がどこまで登り詰められるかそれだけが人生です。平穏な時期が続くと賄賂、高額の税金に市民が苦しみ反乱がおきます。秦が劉邦に滅ぼされた時も同じ話でしたね。日本も最近は税金が江戸時代並みになってきました。賄賂は減ったかもしれませんが、さあどうなる?

 

 

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「蒼天、既に死す」有名なセリフです。蒼天とは後漢を指し、既に死に体にあると言っています。このセリフで反乱を始めたのは怪しい新興宗教であった「太平道」です。彼らのシンボルカラーから「黄巾の乱」と言われます。西暦184年、大将は張角でしたが反乱開始後すぐに病死、それでも各地で反乱が続きます。後漢から派遣された討伐軍は董卓、曹操、孫堅など三国志初期のヒーロー達、彼らは自らの軍隊を拡大していきます。反乱は収まるのですが強い市民軍隊ができてしまったのです。

 

 

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さて三国志の主人公達を紹介しておきます。黄巾の乱に立ち上がった3人組、劉備、関羽、張飛。中国では関羽が圧倒的に有名で神の扱いになっています。関羽を祭る関帝廟は横浜など日本にもいくつかあります。しかし日本ではゲームや漫画の影響で劉備の方が有名かもしれませんし諸葛孔明人気も侮れません。死ぬまで弱い大将、劉備玄徳が主人公という所に三国志(演義)の面白さがあるのかもしれません。ここで三国とは魏, , 蜀、歴史の勝者は劉備の蜀ではなく魏であり、しかも中国を統一するのは魏から禅譲を受ける晋の司馬炎です。劉備を応援しても最後は裏切られた気分になります、赤壁以降の後半を読まない人も多いですよね、長いし。

 

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2015年11月19日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 三国志と三国志演義

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劉備玄徳、関羽、張飛の3人が桃園にて「我ら生まれた日は違えども…同年、同月、同日に死せん事を願わん」、いよいよ三国志が始まると三国志ファンならば興奮する台詞ですね。でも会話が歴史に残っているわけがありません。このセリフはどこから来たのか、三国志を見ていく前に、「三国志」と「三国志演義」について区別しておきます。

 

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「三国志」は晋の時代に書かれた歴史書です。「三国志」は歴史書なので正確な一方で面白みがありません。三国志は名前の通り、魏史、蜀史、呉史の三国志から成り立ちます。日本人には魏史第30巻、東夷伝にある倭人伝が有名ですね。「三国志演義」は三国志の1000年後、元から明の時代に書かれた中国の三大歴史小説の一つです、他は西遊記と水滸伝。歴史小説には演出やセリフがあるので面白いのですが、三国志演義は三国志を母体にしていますから正確です。私たちが歴史を楽しむために読むのであれば三国志演義で、日本で出版されている三国志の大部分は三国志演義をベースにしています。

 

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三国志に触れるのは怖いのです。ファンが多すぎるので、すぐに間違いが指摘されそうです。今回も三国志と三国志演義の違い位、「だれでも知っているよ」と言われる恐れさえあります。またどうしても三国志演義に影響を受けて歴史とは言えない記述が増えてしまいそうです。このBlogは私が世界史を学ぶために書いています。つまり皆さんが知っていても私には「初耳」なので温かい目で流していただけると嬉しいのですが。

 

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三国志は「劉」備玄徳を贔屓する傾向にあります。漢の始祖、劉邦の言葉を受けて「劉家」が中国の正当な王位と考えられているからです。一方で私はゲーム三国志の影響を受けています(笑)いつも使っていた孫権が好き、さらに言えば日本語で書かれた三国志つまり三国志演義を読んだだけなのです。歴史の重要度から言えば「三国が争う時代がありました(終了)」程度でもいいわけですが個人の好みでの勉強ですから少しあらすじを追ってみます。

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2015年11月18日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する 天皇家という存在

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戦後世代の私たちにとって、天皇家は「希薄」な存在で、私たちの生活に影響を及ぼしておらず、天皇家を気にかけずに生活しています。一部の企業は今でも天皇家への朝のあいさつから1日が始まると聞いています。「そんなに前に書いているのか」と思われますが「天皇の料理番」というドラマの最終回を見ました。ドラマでフィクションですがGHQの大将が料理人の一人に質問します「天皇は神なのか」と。その時料理人は「天皇は味噌である」と答えます。戦前の人たちにとって天皇家は味噌のような存在、分かりやすい例えでした。今の私たちはマッカーサーと同じ程度でしか天皇家を理解していないのでしょう。

 

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世界史を学んでいく時に「神」と「宗教」については理解が必要です。現代の日本人は宗教に頼っていません。いわゆる「無宗教」の人が多く、どの宗教に対しても強い差別意識を持たない、宗教戦争の意味が分からない民族です。日本が宗教に強い救済を求めなくてもよい(平和で豊かな)国であるからでしょう。神頼みでは家族の健康や、素敵な人との出会い、ひどい場合はギャンブルでの勝利を願うなど人によっていろいろですが、「民族が死にそうだから助けてくれ」と神に願う人はほとんどいません。ついでに世界平和という程度です。日本はいわゆる国家が危機に陥る事はほとんどありませんでした。水が豊富、食料が十分にあり、極端に寒くないし海が戦争から守ってくれる、宗教が育ちにくい環境です。

 

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日本が本当のピンチに陥ったのは第二次世界大戦位ですが短期間で10年程度でしょう。その間には強い宗教が生まれる時間が無かったのです。尊王論に基づく天皇陛下のためという意識は宗教的とは少し違うと考えています。「神」という日本語が英語のゴッドの意味にはなりません。「宗教」という言葉でユダヤ教系、仏教、ヒンドゥー教、そして日本の神教を一緒に括ってよいのでしょうか。この「宗教」という言葉の使い方に注意が必要と感じています。そして「宗教」「神」という言葉と天皇家を結びつけるとわかりにくくなるような気がしています。

 

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昭和天皇の人間宣言は有名ですが、私たちは本当の意味を分かっているでしょうか。

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2015年11月17日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 宗教画と歴史

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エンジニアのくせに(?)絵画が好きで、大学でも毎週芸術学の授業が楽しみでした。海外に行くと美術館巡り、メトロポリタン、ルーブル、オルセー、大英博物館、ナショナル・ギャラリー、ゴッホミュージアムなどを巡りました。印象派絵画しか見ない贅沢、今考えれば残念な過去です。キリスト教に興味が無かったから宗教画が苦手でした。宗教画には時代背景も描き込まれており、宗教と歴史的背景(世界史)の両方を知らなければ十分に楽しめません。例えば「落穂ひろい」とユダヤ教の関係などは歴史を学んで初めて知りました。

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日本史の勉強で仏像芸術に興味がわきました。法隆寺の阿修羅像などは宗教的、歴史的背景を知らなくても引き込まれますが、一般的に老朽化した仏像を芸術として見ても面白くありません。「弥勒」や「天」の存在意義を知る事で興味が出るのです。最近、インド神話に触れて更に面白くなってきました。京都の有名な寺院は一通り回ったのですが仏像の閲覧は有料の上に写真撮影ができないので、観ずに帰る事がほとんどでした。歴史を学んだ今、もう一度回ってみようか、特別展にも足を運んでみようかと考えています。

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宗教画も同じです。ユダヤ教やキリスト教を少し勉強しただけで絵画の面白さが格段に変わってきます。キリスト教の一つのややこしさに「マリア」と言う女性が3人出てきます。問題はマグダラのマリアで、スペインを中心に信仰されている女性です。キリストが復活した時、使徒の前ではなく、母親のマリアの前でもなく最初に彼女の前に現れます。キリスト教徒でも「なぜ」という疑念を抱きますが、新約聖書に何も書いていないので考察自体がタブー視されてきました。しかし「ダ・ビンチ・コード」ではイエスの配偶者ではないかという説が出ていましたね。大丈夫、多くの人がそう思っていたからベスト・セラーになったのです。

 

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レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」も観に行ったのですが修復前で「真っ黒」という印象でした。現在は姫路城同様に大胆な復旧が行われました。もう一度見に行く気合はありませんが、きれいになった絵画を見れば確かにイエスの隣に並ぶヨハネが女性に見えますね。一つの疑問として、それでは本当のヨハネはどこへ?今後は機会があれば宗教画も観に行ってみたい、楽しみが増えました。

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2015年11月16日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 不老不死を求めて

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世の中で唯一の絶対的平等、それは「誰でも死ぬ事」です。

 

時の支配者は不老不死を追求します。古い記録はギルガメッシュ叙事詩、不老不死を求めて旅に出ます。始皇帝の練丹術も有名で、不老不死の怪しい薬を飲みすぎて早死にしたとか。ローマ皇帝も早く亡くなったり狂った行動をしたりします。ヨーロッパで不老不死の薬は錬金術、エリクサーと言いますが、鉛や水銀などを服用したため脳に障害が出たという説があります。不老不死やアンチエイジングに関する歴史の話題は少なくありません。

 

 

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面白いのは竹取物語で、不老不死の薬を貰った両親は「必要ない」として富士山(不死山)で燃やしてしまいます。手塚治虫さんの「火の鳥」も秀逸でしたね、不老不死は幸せとは言えないと断じています。漫画では他にも「超人ロック」が不老不死を扱っていました。仏教において生は四苦の一つであり、不老不死ではなく解脱を求めます。死からの脱却です。

 

 

 

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極端な領土拡大や遥か異国との貿易は不老不死の秘薬探しが一つの起因だったとも考えられます。ギルガメッシュの旅も始皇帝の領土拡大も、後半は不老不死探しの旅です。死という概念が無い生物もいます。単純に細胞分裂を続け生き残る単細胞や、不老不死のクラゲ、宇宙でも生きられるクマムシ(不老不死ではありませんが)などアンチエイジングのヒントを探す科学の探求は今でも続いています。実際に樹齢1000年を超す屋久杉があるのですから、人間も1000年くらいは生きられるようになるのかもしれませんが、病気を抱えて残り900年生きるのはどうか。

 

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現代においてもアンチエイジングや健康食品がビック・ビジネスとして成り立っています。人間はあまり進化しませんね。また最近、脳死した人の体をもらい、頭を付け替えるという手術計画があるようです。これが成功すると不老不死に一歩近づくのかもしれません。

 

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2015年11月15日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する アラビア数字とゼロの概念

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私たちはメソポタミアとアラビアの文化を軽視しすぎています。英語はギリシャ文字の発展ですが、元祖はメソポタミアの楔形文字です。しかしそれ以上に日本人にとっても重要なのは数字です。もし漢字で数式を作れと言われれば泣きそうです。例えば3529は三千五百二十九と7文字になります。もっと大変なのはギリシャ数字で、私には書けません。フランス語には欠陥があり数字をうまく表現する事が出来ないのですが、アラビア数字を使った数式であれば簡単です。

 

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アラビア数字とはイスラム圏の数字、イラクあたりで定義された数字です。その数字にインドのゼロの概念が加わり、現在の数字となっています。例えば1000を漢字で書けば千であり、零の概念は出てこないのですが、1000というアラビア数字には0が三つも入っています。つまりアラビア数字は自然とゼロの概念が出てくる構成になっていたのです。ゼロのおかげで数学は高度化し人類は発展しましたが、数学は複雑化し、学生が苦しむ根本原因となったかもしれません(笑)

 

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太陽暦であるユリウス暦はローマで発達し、アルキメデスの定理はギリシャで発達、こうしてみますと学問は紀元前から既に国際協力が進み、進化を遂げていたのですね。まったくキリスト教が科学を弾圧しなければ、今頃私たちは宇宙へと飛び出し、もしかすると時間軸さえ超えるタイムマシンもできていたかもしれません。何百年も遅れましたからね、ただ日本は平安時代頃にローマ帝国によって滅ぼされていた可能性もありますから、科学が遅れた事には感謝する必要もあります。そう、歴史は常に表裏一体。

 

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私の疑問、もしくは多くの人の疑問として、なぜゼロの概念がそれほど難しかったのかわかりづらいですね。ゼロなしで数学などできませんし、ゼロを発見するという感覚も今となってはわかりません。ただ言えるのは「すごいらしい」。

 

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2015年11月14日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 古代オリンピック

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時代を進めていく前に、いくつか漏れている重要な項目をつぶしておきます。まずはオリンピック。

 

近代オリンピックはスポーツの祭典です。一方で古代オリンピックはスポーツの祭典はなくオリンポス12神の中のゼウスにささげる祭りでした。そのイベントが今で言えばスポーツに近いというだけです。古代オリンピックは各ポリスが戦争を辞めてまで集まり競争を繰り広げたそうです。そのため平和の祭典という要素までありましたから近代オリンピックでも「オリンピック休戦」が呼び掛けられますね。これはよい事である一方、オリンピックは政治的な要素が強いイベントになっています。モスクワオリンピック、ロスオリンピックでのボイコット合戦という「冷戦」、ナチスが主催したドイツのプロパガンダ的オリンピック(日本も続こうとしていましたね)、最近でもテロのターゲットになったり、イスラム教の断食月に実施してみたり、政治的にはあまり好きな祭典ではありません。世界選手権の方がスポーツを純粋に楽しめます。そういいながら次の東京オリンピックを見に行くべきか悩むところです。

 

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古代オリンピックは政治的というより宗教的でした。オリンポス12神にささげるのですから宗教の祭典です。ローマもオリンポス12神を崇拝していましたのでオリンピックに参加していましたが、キリスト教が入って来たせいで唯一神もしくはキリストを信仰する事になり、多神教の祭典であるオリンピックは邪教として廃止されるのです。ここで気が付きますよね、近代オリンピックはなぜ復活したのでしょう。キリスト教もイスラム教もオリンポス12神は絶対に認められません。理由は簡単、近代オリンピックはオリンポス12神とは無関係で、単なるスポーツの祭典、平和の祭典として復活しました。日本がオリンピックに飛びつくのは第二次世界大戦の悪い印象を払しょくし、「平和国家」をアピールしたいからでしょう。特に昭和39年の東京オリンピックは明らかに政治的でした。2回目の2020年は純粋にスポーツの祭典となりつつありますが、日本経済にかつてほどの勢いがない中「まだまだ先進国」である事を主張し、中国や韓国と揉めているけれども「平和の国」である事を主張したいという思惑も感じます。森元首相が出てきたときに「きな臭い」と感じてしまいました。中国もソウルもそうでしたがとにかくオリンピックはきな臭い、シドニーが一番「きれいな祭典」だったような気がします。

 

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オリンピックが開かれていたのはアテネではなくオリンピアです。アテネ・オリンピックが開かれたので誤解しそうですね。アテネの神はアテナイ、オリンピアにはゼウスの神殿がありますのでその前で繰り広げられました。オリンピックを始めた人には諸説ありますが、中にはアキレウスの名前もあります。最初の頃は短距離走(当時メートルという単位はないのでスタディオン走)だけだったようですが、その後中距離、長距離、円盤投げ、やり投げ、レスリング、ボクシング、戦車競走などがあったようです。ローマがギリシャを滅ぼした後でもオリンポスで行われています。

 

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暴君ネロは7種目に優勝(負けても出場した種目は優勝)、しかも歌の大会まで開いたようで好き放題でした。まさに暴君(笑)

 

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2015年11月13日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する カトリック教の大罪

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キリスト教を見てきました。個人的には卓越した宗教と感じます。しかし問題はカトリック教の教会、今で言えばバチカンです。彼らは明白な政治権力を持ち、世界に影響を及ぼしてきました。もちろん卓越したキリスト教を伝播した事はとても良い事だと考えます。しかし世界の歴史で見て多くの大罪があるのです。今後ヨーロッパの歴史を見ていくうえで無視できない「歴史背景」ですから概要を見ておきましょう。

 

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まずは「科学発展への障害」です。最も困ったのは進化論ですが、他にも地動説と天動説があります。もちろん今では地道説でさえも正確でない事はわかっていますが、宗教で科学の発展を抑制したのは世界の歴史にとって大きな損害でした。地動説はギリシャ時代にはわかっていたのですから。キリスト教会が科学を抑制しなければ産業革命は数百年早かったかもしれません。まあ地球温暖化が数百年遅れたと言えば悪くはなかったのかもしれませんが…。

 

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次に教会生き残りのための戦争追認と支配的な政治関与です。これらは今後見ていくので言葉だけにしておきます。次に伝播はよかったのですがキリスト教を強制した事です。植民地の背景にキリスト教が使われました。南アメリカの大虐殺は特に大きな問題でした。日本では豊臣秀吉や徳川家康がキリスト教会の恐怖に気が付いたのでよかったですね。これらの問題に「何故?」と感じる方は多いでしょう。理屈は簡単です。キリスト教はユダヤ教に比べれば平和で人々の救済を目的としています。問題は極端に残酷な帝国であったローマ帝国と結びついたからです。キリスト教に世界支配のため虐殺を当然と考えたローマ帝国が合体してローマ法王が生まれているのです。

 

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歴史を素直に見ますとキリスト教が悪の宗教に見えますが、それは間違いで、問題はローマ帝国の血脈にあったのです。キリスト教は卓越した宗教ですが、宗派はしっかりと選ばなければいけません。

 

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2015年11月12日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する キリストの神格化

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今まではキリスト教の一般的な解釈、つまりできるだけ素直に新約聖書を読んでいます。しかしカトリック教の解釈は違います。今後混乱を招かないよう、ここで簡単に触れておきます。聖書を素直に読めばイエスは人間の子であり、預言者でした。メシアではありましたが、神とは別でした。

 

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しかしカトリック教の解釈では神とキリストと聖霊は同格で三位一体と呼ばれます。キリスト教も本来は偶像崇拝禁止ですから神の姿はありません。しかしカトリック教会では十字架にかけられたキリストの姿や天使が描かれたステンドグラスを見かけます。ローマにはギリシャ神話の神々がいました。そのため偶像崇拝があたりまえ、像がなければ祈りづらいという状況だったのでしょうね。

 

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教会に行く機会があれば「主キリスト」という言葉を聞きます。本来は主(ヤハウェ)とキリスト(メシア)は別だったのですが完全に一体化しています。そのため一般的に「キリスト教」と呼ばれ、キリストに祈る宗教になったのです。この点はユダヤ教やイスラム教徒は大きく異なります。

 

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素人の私でも少し不思議です。カトリック教は間違えているのではないのかと感じてしまいます。カトリック教はその後、さらに暴走するのです。

 

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2015年11月11日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する パウロ

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キリスト教が世界に広がったのはパウロのおかげです。しかし時代が少し異なります。キリストが十字架にかけられたのは紀元28年ごろと言われています。28歳だったのかと考えてしまいますが、イエスは紀元前4年の生まれと言われており、32歳だったことになります。そうすると西暦って何?実は西暦は6世紀くらいに定められており、キリストの誕生を紀元としますが、少し計算違いがあったようです。まあ紀元6世紀、日本では奈良時代、仕方がないですね。

 

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さてパウロは西暦65年くらいまで生きています。当然イエスとは出会ったことがありません。彼はタウロス(トルコ南部)生まれのユダヤ人ですがローマ市民です。ユダヤ教徒ですから、キリスト教徒を逮捕し迫害していました。彼はもともとサウロという名前で、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」というイエスの声を聴き目が見えなくなります。しかしキリスト教徒による奇跡で治癒、サウロは改心するのです。

 

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サウロはパウロと改名しヨーロッパに伝道します。生まれ故郷のタウロス、アテネ、ローマなど。ただ彼がどこを歩いたか割愛しましょう。重要なのは「パウロ書簡」であり、聖書に含まれます。書簡ですからパウロの手紙です。最後には皇帝ネロの時代のローマで消息を絶つのですが、その後もさらにスペインに行ったという話もあり、定かではありません。わかりやすく言えば行方不明です。

 

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パウロの後、その後エルサレムはローマ帝国に破壊され城壁(嘆きの壁)のみが残ります。そしてユダヤ人は世界に離散、その後イスラエルが復活するまでユダヤの人たちがカナンの地に帰ってくることはありませんでした。なおキリスト教には「黙示録」があります。いわゆる末法思想ですがあまりに歴史にふさわしくないので説明しません。しかしミケランジェロがバチカンに描いた「最後の審判」は大傑作です。ぜひ観に行ってみたいのですが、中に入れるのかなぁ。

 

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2015年11月10日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 使徒言語録

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キリストが逮捕されるときに逃げてしまった弟子たちですが、その後、彼らにも聖霊が降臨し奇跡を起こせるようになります。つまり病を治すことができるようになったのです。使徒たちが布教を始めたため、当然のようにエルサレムを追い出され各地で布教をひろめます。重要なことはユダヤ人以外にも布教したこと、特にローマ人に対しても布教をしたことです。

 

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使徒の言葉をまとめたのが「使徒言語録」です。布教を広めている中で新約聖書はヘブライ語(ユダヤ後)からヨーロッパに広まっているギリシャ語に書き換えられます。特にユダヤ人に出合えば怒りを買う言葉であるメシアという呼び方はまずいということになります。メシアというヘブライ語をギリシャ語発音にして、その後は英語でクライストとなり日本ではキリストになりました。イエス・キリストの誕生です。なお12人の使徒はヨハネを除き全員死刑など不幸な最期を迎えます。

 

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ペトロは有名ですね、イタリアに渡り不幸な最期を迎えサン・ピエトロ寺院(バチカン市国)の地下に埋葬されています。この時代は帝政ローマの時代、ギリシャは哲学者などにあふれる学問都市の状況になっています。メソポタミアやペルシアも健在、使徒たちはローマを中心にインドまで布教を広めていきます。

 

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しかし最も有名なのはパウロですよね。歴史で習いました。彼は12人の使徒ではないのです。どのようにしてキリスト教を世界に広めていったのでしょうか。

 

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2015年11月 9日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する ゴルゴダの丘へ

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13日の金曜日、13段の階段、かなり創作があるようです。金曜日は間違いありません、金曜日が間違えていれば日曜日の休みに意味がなくなりますからね。イエスは自分が磔となる十字架を背負いゴルゴダの丘を登っていきます、他の死刑囚と一緒に。マグダラのマリアや母親のマリアが見守る中、死刑場に向かうのです…って母親のマリアは健在だったのですね。

 

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イエスの最後の言葉は福音書により全く異なります。個人的には「神よ、なぜ我を見捨てるのか」という言葉が印象的です。確かに悔い改めれば許されると自分で言っているのですからね、なぜイエスは許されないのか。その続きは知っていますね、イエスは3日後の日曜日に復活するのです。イエスが死刑になった時、昼間だというのにエルサレムや闇となります。救世主らしい最後の言葉を選んだ福音書もありました。「神よ、彼らを許したまえ」。

 

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3日目の日曜日に復活、マグダラのマリアの他、弟子の所のほかいろんな場所に現れるのです。そして母親のマリアも見守る中、40日後に天にめされます。さてここでマグダラのマリアについて触れておきます。彼女は迫害されてスペインに流されたと言われプロヴァンス地方で信仰されています。一部のテレビ番組ではマグダラのマリアがイエスの妻であると勝手な想像をめぐらせていました。ダ・ビンチ・コードを思い出す人もいますね。でも聖書に書いてある引用としてマグダラのマリアはイエスがエルサレムに入る前に香油で清める役割を果たします。メシアとは「油を塗られたもの」という意味があり、重要なイベントです。

 

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マグダラのマリアが黒人だったという話もありますね。イスラエルはエジプトの隣、エジプトにはたくさんの黒人もいたはずです。そのためマリアがヘブライ人でなく、売春の罪を背負った異邦人(病気だった)であったとしてしてもイエスは許し奇跡を起こして救っている、なにもおかしくありません。ここでは気軽に書きましたが、マグダラのマリアについてキリスト教では長い間大きな議論となっています。聖書を読んでもわかりません、解釈の話です。下世話です。

 

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2015年11月 8日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 死刑の判決

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イエスは逮捕されますがすぐには死刑になりません。気持ちはわかります。メシア「かもしれない」人物を死刑にすれば、どのような天罰があるかわかりません。どうにか軽い罪で済ませてしまいたいと考えます。しかしユダヤ教の神父、レビたちは既にイエスを偽メシアだと断定しているのですから、どうしても残酷な死刑である十字架刑にしようとするのです。

 

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ここで押し付け合いが始まります。ピラトもヘデロも残念ながら新約聖書に名前が残ってしまいましたがどうにか軽い刑にしようとします。質問は簡単でした、「お前はメシアなのか」。イエスは答えました「我はメシアである」と。それでもどうにか死刑だけは避けようとしてユダヤ人民に判断をゆだねるのです。しかし神父の教えに逆らう事のない市民は「イエスは偽のメシアであり、磔刑」と断言します。結果としてピラトは「好きにしろ」という判断で死刑が決まります。

 

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さてここで「メシア」と言っているのでわかりにくいかもしれません。メシアとは「ユダヤの王」という意味です。「俺がユダヤの王だ」という奇跡を起こす(ただしユダヤ人の前では起こさない)イエスに対しての判断は難しいですね。本当にオウム真理教の事件と今でも死刑にされない麻原死刑囚に対する警察の苦悩がわかりますが比較してはいけませんね。

 

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ユダヤ総督ピラトはローマ人です。ユダヤ人はローマ人に王かもしれない人物の処刑を任せたのです。しかし「俺は王である」と言っているだけで最も残酷な方法で死刑にするのです。ユダヤ人にとっては「王である」といわれているのですから宗教の面からも許せないのでしょうが、ユダヤ教を知らないローマ人にとってみれば確かに難しい判断だったでしょうね。ちなみにピラトによるイエスに対する処置はものすごく残酷で、あまりの酷さにローマに連れ戻されたそうです。

 

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2015年11月 7日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 最後の晩餐

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キリスト教を説明するのが目的ではなく、歴史の学習を楽しんでいます。聖書に沿ってイエスの行動を細かく追跡するつもりはありません。病を治すという奇跡を起こし、ベツレヘムでうまれたダビデの子孫という事であればユダヤ人も「メシアではないか」と考え始め、悔い改めれば許されることに魅力を感じた(ユダヤ教的に言えば不信心)エルサレムの人たちまでも悩み始めるのです。エルサレムにキリストがロバに乗って入場します。これは旧約聖書にメシアの登場として描かれている光景そのものでした。もちろんイエスは知っていましたから意識的に模倣したのでしょう。

 

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イエスはジグラッド(ユダヤ教の教会)や神殿で演説を重ね、ユダヤ教の神父(レビ)と議論を交わしますが割愛して、最後の晩餐に飛びます。ここでイエスは12人の使徒とパンを分けワインを交わしながらこの中の一人が裏切ると予言します。神の信託を意味する預言ではありませんので、イエスとしては珍しい行動です。彼が未来を予知するのはこの時くらいでしょうか。

 

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なぜユダが裏切ったのか、彼が自殺してしまいましたからわかっていません。サタンに乗っ取られたとか、神の演出だったとかいろんな説があるようです。しかし情けないのはユダだけではありません。ゲッセネマの祈りという場面で弟子たちは、イエスに「寝るな」と言われても何度も寝てしまいますし、最後には逃亡してしまうのです。そのためイエスは逮捕されてしまいます。このゲッセネマでイエスは死の恐怖を感じており神にやめてほしいと祈っています。この時のイエスの表現は福音書により異なりますが、個人的には人間的で素敵な言葉です。しかしイエスを人間的といったこと自体でキリスト教徒に怒られてしまいますね。

 

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さあ道はゴルゴダの丘へと続きます。

 

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2015年11月 6日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 隣人愛

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私がキリスト教の教えを説明するほど不謹慎な事はありません。興味がある方は新約聖書を読んでいただきたいのです。時代はローマ支配のエルサレム、ユダヤ教がいくつかの派閥に分かれています。熱心な人もいますが厳しい戒律に耐えられない人が増え、「旧約聖書的に言えば」犯罪者が増えました。ローマのために税金を集める人も犯罪者と言われました。ユダヤ教は犯罪者を絶対に許しません。キリスト教の最大の特徴「悔い改めさえすれば」何度でも許すという教えです。過去は問わない「悔い改めよ」さすれば許すというわけです。問題は悔い改めない場合なのですが、ここでは触れないでおきます。

 

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キリスト教の素晴らしい点は、男女や人種を差別しないことで、「主に忠誠を誓う者」は助けるというのです。罪人やユダヤ人が差別する人たちでも救うというのです。ユダヤ教で病人は神への信心が弱い罪人と考えられていました。イエスは彼らを許し、病を治癒する奇跡を起こします。「北斗の拳」では病を治すのですごい…というとらえ方でしたが違います。病を治すのはヤハウェに与えられた罪を許すという「救世主」の行動なのです。治癒ではなく神に代わって罪を許す行動なのです。

 

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イエスは決して十戒を無視していません。どちらかといえば強化しており拡大解釈といえます。例えば十戒では「殺すな」と言いますが、イエスは怒ることさえダメだと言います。「姦淫するな」と言いますがみだらな事を考えるだけでもダメだと言います。また拡大解釈の例として十戒ではありませんが、「目には目を、歯には歯を」を「敵を愛せよ、右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」と教えます。イエスは当然、偶像崇拝を絶対に禁止します。不思議ですよね、今のキリスト教は偶像崇拝だらけです。この「カトリック教の罪」の理解は大きな命題です。

 

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彼は絶対愛(アガペー)、隣人愛を説きます。ここで隣人とは隣に住む人ではありません。憐みの心を持って行動する人の事です。さて、繰り返しますが本当に興味があれば聖書を読んでください。

 

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2015年11月 5日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 12人の弟子

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イエスの12人の弟子を使徒と言います。エヴァ・ファンに向けて補足しておけば、福音はギリシャ語でエヴァンゲリオンです。かつてイブと呼ばれていたアダムの妻は今では発音が変わってエヴァと呼ばれています。リリスはユダヤにおいて「男児に害を与える女性の悪霊」です。

 

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さて12人の使徒の話をするときに奇跡の話がどうしても避けられません。いえ新約聖書の話をするときに全般として奇跡は避けられません。歴史の勉強の中で奇跡をどのように扱うのか難しいところです。イエスは布教のほとんどをガラリア湖の周りで行っています。エルサレムに向かうのは彼の末期です。最初の4人の使徒はイエスの奇跡を見たガラリア湖の4人の漁師、ヨハネ、ヤコブ、アンドレ、ペトロです。彼らはイエスが亡くなるまで何度も登場する重要人物です。

 

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他にもフィリポ、マタイ、トマス、ダダイ、ユダ、バルトロマイ、小ヤコブ、シモンの8人を合わせて12人です。この時代、ローマの国のためユダヤ人から税金を集める人はユダヤ教的に罪人でしたが、弟子の中にはその徴収人もいます。ユダは有名ですね、彼は裏切り自殺してしまうので12人の使徒から最終的には外れますが、イエスが生きている間は12人の使徒のひとりです。小ヤコブはヤコブの子供ではなく、同じ名前なので「リトル」がついている、西洋ではよく見る識別パターンです。

 

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なおヤコブは英語ではジェームスやジャックと発音し、ヨハネはイアンやジョン、フィリポはフィリップ、ペトロはペーター、マタイはマシュー、トマスはトーマス、シモンはサイモンと12使徒の名前は西洋の名前に頻繁に使われます。ユダはジューダスですがさすがに名前にはあまり使いませんね。ヘビメタのバンド、ジュダス・プリーストはユダヤ教の神父という意味ですからこのユダとは関係がありません。

 

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2015年11月 4日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する メシア・イエス

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キリストとはメシアのギリシャ語発音です。イエスの名前ではありません。イエスは自らがメシアであることを十分に認識しておりイエスがメシアであることを弟子に宣言させています。彼はヤハウェの事を戒律に従い名前で呼ばず父、もしくは主と呼びます。なおヤハウェは創造主で、ギリシャ語で書かれた新約聖書ではゼウスという表記となり、英語ではゴッドです。つまりヤハウェ=ゼウス=ゴッド=アッラーなのです。ギリシャ語に直すとき創造神に当てはまるのがゼウスだったのでしょうね、日本では神という漢字が与えられたように。

 

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イエスは自らがメシアであることを十分認識して行動します。それは彼が起こす奇跡に裏付けられています。彼が処刑される時、奇跡を起こしません。そのためユダヤ人からうそつき、偽物と判断され、ユダヤの人たちに嫌悪され処刑されています。そう、彼の言葉が優れているからでは無く神がかりの奇跡を見せる事から、弟子たちは彼をメシアと判断しているのです。さてそのメシアって何でしょう。

 

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メシアはヘブライ語で「油を塗られたもの」という意味です。今後、彼が処刑されるまで「香油」が重要なアイテムとして出現します。メシアは本来「王」を意味し、拡大解釈として救世主となるのですが、旧約聖書でメシアはダビデの子孫であると明言されています。メシアはギリシャ語でクリストスと発音し、日本ではキリストとカタカナで書きます。英語ではクライストという発音ですね。そうメシアとキリストは同じ意味なのです。

 

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なぜイエスが偽メシアと呼ばれたか、実はメシアを自称する人は歴史の中にたくさんいたのです。日本でもオウム真理教の教祖を思い出しませんか、彼もメシアと自称し弟子たちもメシアだと信じていました。日本にも中国にも「自分はメシア」と自称する人は少なくありません。ユダヤ教では今でもメシアは現れていないと宣言しています。しかしイスラム教ではイエスは預言者の一人であり、かつメシアとして認めており尊敬されています。ちなみにムハンマドは預言者ですがメシアではありません。それではなぜイスラム教は現在のキリスト教を嫌うのか、それは今のキリスト教が本来のキリスト教ではないからです。その話は後にして、なぜイエスはユダヤの王、メシアと名乗ったのか、ここから見ていきましょう。

 

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2015年11月 3日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する ナザレ、ベツレヘム、エジプトへ

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キリスト教の最恐の敵役がヘデロ王です。ナザレに住むマリアとヨセフはわざわざベツレヘムに移動してイエスを生みます。なぜベツレヘムなのか、多くの解説書がありますので理由には触れませんが、とりあえず歴史としてベツレヘムです。ナザレはイスラエル北部の町ですが、南のエルサレムの近くに移動したことになります。

 

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イスラエルの国王、ローマ帝国の傀儡政権の王であったヘデロは何か不穏な空気を感じベツレヘムに住む2歳以下の男児を皆殺しするよう命令します。これが歴史なのかルカの福音書の創作なのかは判断できません。とりあえず先に進めばヘデロを恐れたヨハネはエジプトまで逃げるのです。

 

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イエスの幼少期はルカの福音書に出てきますが割愛し30年ほどが経過します。イエスと同じく受胎告知で生まれたヨハネの元にイエスが現れ洗礼を求めますが、ヨハネは「恐れ多い」と断ります。それでもイエスが懇願するのでヨハネはイエスに洗礼を与えます。救世主=キリストが現れた、ここから新約聖書が始まると考えてもおかしくありません。

 

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さて救世主、メシア、キリストとはどのような存在でしょうか。

 

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2015年11月 2日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 大天使ガブリエル

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新約聖書でもコーランでも神の重要な伝言は大天使ガブリエルにより行われます。キリスト教の受胎告知はルカの福音書にのみ書いてあるそうで、2名に告知されます。一人はイエスの母マリアで、もう一人はイエスに洗礼を与えたヨハネの母エリザベトです。イエスが救世主として世に現れたのは30歳頃であり、生誕からそれまでの事はほとんどわかっておらず、自分の生誕の物語を弟子に伝えたとは思えません。事実イエスの誕生年も誕生日もわかっていません。クリスマスは誕生日ではなく4世紀にユリウス1世が決めたそうです。マリアは、この後ほとんど聖書には登場しません。サタンも含め天使たちの方が登場機会は多いのです。

 

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マリアはヨセフと婚約していましたが処女のまま受胎します。ヨセフはダビデ王の子孫なのでイエスもダビデの子孫と言われますが、処女受胎であればダビデの子孫と言えないような気が…。救世主はダビデの子孫と旧約聖書に書いてあるので少し困りますね。マリアの受胎は「聖霊」によるものといわれます。聖霊はキリスト教徒でなければわかりにくい概念ですが、幸いカトリックには宗教画が大量にあります。聖霊が下りてくる絵画があり、鳩の姿で描かれます。聖書に受胎の時「鳩のように降りてくる」と書いてあります。

 

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受胎告知や大工であるヨセフとマリアが暮らす家を描く絵画も少なくありません。先日のルーブル美術館展にもありました。その中でも一番日本人に誤解が多いのは天使の姿です。まずキューピッドと誤解している人が多いような気がします。天使に本来羽はありません。しかも立派な人間の姿をした大人です。しかし中世の絵画の多くには羽が描かれています。天国という概念があり天から降りてくるのに翅は必要という事になったのでしょうか。天使ガブリエルは旧約聖書から登場し、神の言葉を継げます。ただし私でさえも疑問を持つようにマリアの受胎告知はキリスト教内でも解釈が分かれますので、ガブリエルの存在意義も違うようです。

 

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ちなみにガブリエル(ジブリール)は預言者ムハンマドに神の言葉を継げます。この時、ガブリエルの翼は1600枚、激増していますね。

 

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2015年11月 1日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 福音書

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新約聖書はイエスが書いたわけではありません。弟子、そのまた弟子であった人がギリシャ語でまとめた解説書です。構成としては4つの福音書が最も重要で、イエスの行動を表しています。それからペテロとパウロの行動を書き記した文書やペテロの書簡などが続き、最後にヨハネの黙示録が続きます。重要なのは4つの福音書で、結婚式や教会に行った時には主にこの福音書を聞いて讃美歌ですね。

 

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新約聖書がまとめられたのは西暦397年で、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書からなりますが前の3つには共通部分が多く、ヨハネだけが独立です。ヨハネは最後の黙示録も書いていますね。マタイによる福音書は紀元85年くらいには成立していたようで、旧約聖書とのつなぎに重点が置かれているようですがあまり意識する事はありません。マタイ、マルコ、ルカは基本的に同じことが書かれており、伝承の正確性を伝える内容になっています。

 

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マルコはペトロの通訳でマルコはイエスにあった事さえなく、ペテロから聞いて紀元70年以降に書かれています。4つの福音書の中で最も古くオリジナルと考えられています。ルカはパウロの弟子の医師と考えられているようです。ヨーロッパ向けに書かれたと言われており、洗練された文章のようです。確かにイエスの直接の弟子ではないし「ペテロとパウロの言葉ではないのか」と疑うかもしれませんが、時期的にイエス生誕の時期から数十年の差しかなのでイエスの伝承であることには間違いないと考えています。

 

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しかしながらプロテスタントに強い影響を与えるヨハネの福音書は奇跡の羅列、他の3つの福音書とは違います。なおこのヨハネは洗礼者のヨハネとは異なります。今後、ヨハネとかパウロとか同じ名前が何度も出てくるので混乱しないように注意します。今後の説明はこれら福音書からの抜粋が中心です。

 

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