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2015年10月 9日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 始皇帝と万里の長城

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始皇帝は度量衡を定めるなど行政力に優れていました。度量衡って単位を整えるだけと勘違いしますが、通貨(つまり為替レート)それから量売の秤の重さ基準を決めたのです。100g100円と言いながら100gが人によって違うのであれば「詐欺だ!」となりますよね。短期間に中央集権を確立した事からも強烈な政治力を感じます。ただ金遣いと人使いが荒かった、巨大建築が好きでした。大宮殿の阿房宮、巨大墓所の兵馬俑、特に万里の長城が有名です。現代の万里の長城は明代の物ですし、秦ができる前から万里の長城はありました。本来は戦国時代の国境線であった万里の長城、秦が中国統一をした時に国内の長城は破壊し、支配の及ばない北側のみを強化します。壊して作る、全国に労働者が必要だったでしょう。ちなみに現代の万里の長城は近隣住民にレンガを盗まれ崩壊状態、良好な状態は10%以下のようです。ただ長いので10%近くも残っていたら十分ですけどね。

 

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焚書坑儒という思想弾圧は、中国、いえ世界の歴史にとって大損失でした。これは儒教等を禁止するための法令で思想弾圧です。儒教は漢の時代に国教となって戻ってくるのですが、活版印刷の無い当時、大部分の歴史書が焼かれ、しかも学者までも殺されたことは中国の歴史を闇に葬る行為でした。儒教は民間に広がっていましたから、禁止されることで民間の不満は高まったのでしょう。一方で漢が長く続いたのは儒教を国教として選んだからでしょう。

 

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始皇帝のもう一つの失敗は不老不死を追求したことかもしれません。不老不死となり永久に支配するつもりですから、後継者が育たなかった、育てなかったのでしょう。後継者を育てる国王は少ないのですが、帝王学が整理されておらず封建主義に便利な儒教まで禁止してしまったので人臣がまとまりません。儒教「仁義礼智信」は階級社会にとっての基本思想であり、その儒教を禁止していたので支配システムが壊れてしまったのでしょう。

 

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始皇帝のいない秦はあっさりと弱小軍団劉邦に敗れます。劉備玄徳は中国を統一できませんでしたが、弱小なのに劉邦は漢という国を作ります。彼にあったのはカリスマ性だけ、そして驚くべき才能のある人物たちが彼の周りを固めてくれたのです。

 

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世界の歴史を少し正確に理解する 始皇帝と万里の長城

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