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2015年10月14日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する 前漢

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紀元前206年に成立し西暦8年に滅亡した前漢、劉邦が建国し首都は中国の西の高地にある長安でした。劉邦の妻である呂后は劉邦が死ぬと劉家を一掃し呂家支配を進めるのですが、彼女の処刑があまりに残忍で息子の恵帝がショック死する程でした。呂后が亡くなった後に巻き返した劉家の文帝は政治経済に優れた人で、春秋戦国時代に疲弊した経済と治安の復興を進めました。7代皇帝である武帝の時が全盛期で最大面積に到達します。

 

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武帝は儒教を利用して中央集権支配を強め、ベトナムや朝鮮半島へも支配範囲を広げシルクロードを整備し、交易において「中華」を明確に示し始めました。その武帝は不老不死をめざして寿命を縮め、皇太子が8歳の時に死去。幼帝が立つと国は弱体化しはじめます。クーデターや権力争いが続き、漢は危機に陥りますが宣帝が立て直します。

 

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武帝の時代に重要な歴史書、司馬遷の「史記」が生まれました。中国は歴史を客観的にとらえ主観を排除する傾向にあり、神話がほとんど無い理由と言われています。客観的な歴史書の代表が史記で、子孫を見つめ歴史を語り継いでいます。日本の日本書紀などは天皇家が自分の子孫に向けて書いているので神話だらけですし、天皇家が過剰に装飾されています。史記と古事記や日本書紀を同等の歴史書と考えてはいけません。

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史記について少し調べておきましょう。

 

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