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2015年10月 5日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する アケメネス朝ペルシア

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ヨーロッパは感謝しなければいけません。

 

紀元前550年頃から200年ほど続いたアケメネス朝ペルシアがなければ旧約聖書は消滅し、キリスト教もイスラム教も生まれなかったはずです。旧約聖書の記録によればアケメネス朝がユダヤ人をカナンの地に帰しました。アケメネス朝の最大領域はギリシャ、エジプト、メソポタミア、イラクを通り過ぎ、ガンダーラやパキスタンに広がります。首都はペルセポリス、スサですあり巨大帝国です。

 

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「ペルシア」はペルシア絨毯やペルシア猫で耳慣れた言葉ですが、イランの地を表す古い地名だそうです。イランが「ペルシアではなくイランと呼んでほしい」と訴えて名前が変わりました。最近は多くの国が自国の呼び名に変えており、グルジアがジョージアに国名を変えましたね。日本はジャパンからニッポンに変えてもらわないのでしょうか。日本海が韓国で東海と呼ばれるように、ペルシア湾はサウジアラビアでは別の名前で呼びます。ペルシア湾=イラク湾ですから抵抗があるようです

 

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アケメネス朝はユダヤ人など人種の垣根を越えて優秀な人材を採用した多民族国家です。また捕囚により集められた民族を生れ故郷に帰した優しさもあります。ゾロアスター教という宗教のおかげなのかもしれません。アケメネス朝はアレクサンダー大王に敗れ、彼が去った後のペルシアには、「何々朝ペルシア」が多発します。ペルシアはつきますが、これは単に地名ですから全く異なる国、単に現イラクの位置に首都を置く国です。民族さえ異なる場合もあります。

 

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イラクがペルシアと呼ばれたくなかったのは国家名というより地名だったからなのでしょうね。

 

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