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2015年8月20日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 原爆投下と敗戦

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私は広島県呉市の出身です。両親も同じですが、原爆投下当時は田舎に疎開していたそうです。両親ともに遠くから「ピカドン」を見ており、そのきのこ雲は幼少期であったにもかかわらず明確に覚えていたそうです。父親は島に疎開していたため、ピカドンの後の話は持ち合わせていませんでしたが、母親は呉市の山間部だったため、ケロイドで焼けただれた人たちの行列を見て忘れられないと言っていました。母親は当時4歳で呉が空襲されたとき「きれい」という程度の感覚しかなかったそうですが、原爆だけは4歳でも明確な恐怖として記憶に残っていたそうです。

 

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母の父親、つまり私の母方の祖父は広島市に勤めていましたが原爆前の空襲で亡くなりました。もし原爆で亡くなっていれば祖母は広島へ状況確認に向かったでしょうし、二次被爆していたでしょう。不幸中の幸いとは思いませんが、確かに運命を感じます。母親は生まれていましたから私の運命は変わらなかったかもしれませんが、祖母が放射能で亡くなれば母は戦災孤児になっていたでしょうから生き残れなかったかもしれません。

 

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母も父も天皇による敗戦の放送は記憶にないそうです。戦時中にラジオを持っている人は多くなかったでしょうし、疎開地ですから電波が届かなかったかもしれません。ただ戦争に負けたという事だけ知らされ、疎開地から戻ったそうです。ただし家は空襲で焼けており、建築から始めないといけませんでした。幸い母方の祖父は少し資産家だったようで、すぐに家を再建し、母子家庭でも生活に困ったという記憶はないそうです。今は母も祖母も亡くなっています。

 

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父や母の言葉から感じるのは敗戦からの復興が極端に早かったという印象です。本当に苦労したのは2~3年の印象であり、現在の東北震災の方が圧倒的に復興遅れを感じます。全員が被災者でしたが田舎に近い事もあり田畑の被害が少なく農業生産回復が比較的早かった事(戦後以来コメを送ってくれていた農家の方は私が大学の頃でも我が家に米を送ってくれていました)、すべてが破壊されていても戦争時代に培った高い工業技術(人材)が残っていた事、キリスト教的精神を持ったGHQによる食糧配給がスムースだったことなどが想像できます。

 

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