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2015年8月15日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 夏

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「夏」は存在の可能性が高い中国最古の国家で、紀元前2000年頃まで遡ることができます。なぜ存在の可能性が高いのか。紀元前90年頃に書かれた司馬遷の「史記」に記述があるだけではなくいくつかの書物で同じ「夏」という国の名前が出てくること、そして中国が神話を好まない国民性があることから想像上の国ではないと考えられるのです。その「史記」は古事記よりも800年も古い、世界最古クラスの歴史書であり、司馬遷と史記については別の機会で触れたいと考えています。

 

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さて夏は、司馬遷が生まれる2000年も前の国という事でさすがに伝説なのではないか、と考えられていたのですが考古学的な発見が続き実在の可能性が高くなってきています。発見された遺跡は文字がない事もあって夏の首都とは断言できませんので、今は「二里頭遺跡」と呼ばれています。人口約20000人程度の都市と推定されており、場所は河南省、黄河の南側です。河南省は現在でも中国の中で人口最大の州であり人口約1億人と日本1国に匹敵する人口を誇ります。

 

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遺跡からは宮殿、都市、道路などが発掘されており、十分な都市機能を持っていたと考えられます。ただ「夏」は遼河文明に近い場所で生まれた文化と伝承があるのに、なぜ遺跡は河南省にあるのでしょうか。遼河は満州南部の川です。日本では秋田県あたりの緯度にあたり、地球が寒冷化している時期には寒いと予想します。民族が南下する事で原住民を取り込み人口が増加すると同時に支配者と被支配者で上下関係が発生し国が成立したと考えられます。今でも河南省に人口が多い事から、人が暮らしやすい、気候の穏やかで食物生産量が多い場所なのでしょう。自然に流浪の民が集まってくる場所だった想像しますし、最初の国の「首都」がおかれる場所として悪くはありません。

 

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民族が大移動すると国ができる、単一民族国家の日本ではあまり聞かない話ですが世界史ではよく耳にするキーワードです。特にヨーロッパのゲルマン民族大移動では細かい国がたくさんできていますね。そうはいっても夏の存在を確定するには、もう少し考古学的な研究の積み重ねが必要のようです。

 

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