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2015年8月11日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 中国の地図を眺めてみる

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中国は日本のすぐ西なので世界地図で日本との位置関係が比較しやすいですね。しかしじっくりと眺めたことがありますか。

現在の首都、北京は名前の通り中国中原を基準にすれば北の京で秋田市とほぼ同じ緯度にあり平壌と同じくらいの緯度にあります。冬は寒いでしょうね、ただ海までは200km程度と中国の都市にしては近いため秋田の印象よりは少し暖かいかもしれません。夏の日中は30℃を超え、冬は氷点下になります。東京よりは涼しく、札幌よりは暖かいですね…ああ、秋田位か(笑)北京の海側には天津があります。天津は大連のある遼東半島と青島のある山東半島に囲まれた湾、渤海沿岸にあります。北京の北には万里の長城、その向こうには山地があり更に北はゴビ砂漠であり、内モンゴル自治区です。かつては満州と言われた東北地方に当たります。

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北京の南には黄河が渤海に流れ込みます。隋の時代に巨大な運河が整備され、北京から黄河と長江まで運河で結ばれていますので、隋の以前と以後で流通、交通が変わり国のサイズが変わってきます。歴史の中で首都として登場する洛陽は黄河の上流、チベット高原のふもとにあります。かつては長安と呼ばれた都市、西安は更に高原を上った山の中です。この二つの都市は今後中国の歴史に頻出ですが、大阪とほぼ同じ緯度になります。西安から少し西側に登ればチベット高原、チベット自治区です。

 

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揚子江=長江のほとりに南京や上海があり宮崎県位の緯度になります。中国の東には朝鮮半島がありますので、海路で中国に最も近い都市はどの都市であろうと福岡になります。直線距離で言えば福岡から上海は福岡から東京よりも近く、北京まででも東京と同程度です。なぜ天皇家は九州から来たのか、なぜ稲作は中国南部から伝わったのか、地図を見ればわかりやすく朝鮮半島にも中国南部にも福岡は近く、しかもその距離は「運が良ければ」小さな船でも十分にわたりきれる程度でした。特に現在より気温が低く海抜がかなり低い時代(縄文時代の後期から弥生時代前期)に、台湾、沖縄を経由すれば福岡への到達は上海から北京までの道のりとあまり変わらない難易度だったと予想します。暖流もありますしね。紀元前2500年に作られたと思われるギザの船程度の巨大船は古代中国にもあったと想像できますから季節を選べば難しくない航路です。

 

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位置関係を意識しながら中国の歴史を見ていきましょう。

 

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