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2015年8月17日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 殷

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殷は紀元前17世紀から紀元前11世紀、中国の黄河周辺に発生した実在が確認されている国です。「夏」はまだ確実に国であると証明できていませんので、私が中学生の時に「中国の最初の王朝は殷である」と学びました。首都は河南省で洛陽のあたり、大阪とほぼ同じ緯度、気温は日格差や年較差が大きいものの大阪より少し涼しい程度と考えます。この辺りで亀甲文字が発見されたため殷の存在が証明されました。

 

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殷は王政で始祖は「契」。当時の国王はシャーマンを兼ね卑弥呼に近い存在であったと想像されています。たくさんの都市(邑)がありましたが、政治的な支配というより祭事の長、一番偉いシャーマンとしてまとめていたのでしょう。各都市の長と殷の王で構成されている点は奈良時代の日本に近いですね。しかし奈良時代は殷よりも2000年近く後ですから、両国の間に関連は無いでしょう。国が成立する時はこのように豪族が乱立し、その中の宗教的なリーダーが長になり、国王になるのかもしれません。エジプトだってインドだってそうですしね。

 

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殷は高い軍事力を持っていたようであり、3人乗りの戦車を使って支配領域を拡大したようです。源義経は軍事の天才でしたが、それでも騎馬であり戦車ではありません。山岳地が多い日本で戦車が不向きなのも事実ですが、義経の2500年前に戦車を使っていたのですからすごい技術力ですね。私が感心するのは3人を載せて馬に牽引させても壊れない戦車の車輪を作る技術、また戦車から攻撃できる槍や弓矢を作る技術が殷の時代にすでにあったのですから驚きです。トルコにあった軍事国家ヒッタイトに匹敵しますね。

 

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文字がこれらの軍事技術よりはるかに遅れたことを考えると、文字という技術が軍事よりも必要とされていなかったのでしょう。

 

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