« 世界の歴史を少し正確に理解する アッカド帝国からバビロニア帝国まで | トップページ | 世界の歴史を少し正確に理解する 中国の地図を眺めてみる »

2015年8月10日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する マレー作戦

Osk0045

マレー作戦は1941年、東インド(インドネシア)の資源を狙った大日本帝国の侵略作戦です。敵はマレー半島を植民地にしていたかつての同盟国イギリスであり、イギリス軍や現地民に大量の死傷者を出しました。シンガポールでもマレー作戦の被害を記録する資料館は多く、私は2か所の施設を訪れました。イギリスの植民地は経済的な利益、つまり農産物の生産とイギリスへの輸出が目的だったため生産者である現地の人たちの生活を十分に配慮した支配でした。日本の場合は鉱物資源を得るための通過経路にすぎず住民への配慮はありません。10万人の捕虜を取ったなどひどい支配だったようです。日本と東南アジアは今でこそ良い関係を築けています。これは現地に住む人々が持つ宗教、つまり仏教、キリスト教、イスラム教が持つやさしさのおかげです。韓国や中国のような儒教的な国であれば日本はいまでもアジアの中で完全に孤立していたかもしれません。

 

Osk0047

日本は日露戦争、および第一次世界大戦でイギリスと同盟を結んでいました。そのイギリスを日本が攻撃しているのですから、日本政府が五・一五事件をきっかけに大きく変わってしまった事を思い知らされます。確かに日本は三国同盟を持っていました。ドイツとイタリアとの同盟です。しかしドイツを旅行したことがある人であれば実感するかもしれませんが、ドイツが日本を同盟国と考えていたとは感じません。どちらかといえば差別的です。ドイツやヨーロッパの人たちが親日とは感じられません。いえ、最近は大きく改善してきているように感じており、その原動力が「ラーメン」と「オタク文化」なので国際関係は難しいですね。三国同盟は「不戦条約」にすぎず「共同戦線」ではなかったように感じています。日本は世界全体を敵に回して戦っていたのです。物理的に考えれば無謀です。しかし日本には「尊王」があり「神風」がついていた、そう信じて戦っていたのではないでしょうか。アメリカは戦後、主権を天皇から剥奪し国民に移しました。それでも昭和天皇を戦犯として処刑する事はしませんでしたし、犯罪人としての処罰さえもありませんでした。戦後すぐに天皇陛下を処分すれば日本とアメリカの再戦は免れなかったかもしれません。

 

Osk0050

もう少し科学的に言えば、日本が世界と戦う勇気を持てたのは世界一の造船技術がありました。また製鉄能力にも優れており、強力な戦車を持っていましたし、零式戦闘機という当時としては世界最高の戦闘機も持っていました。確かに世界最強クラスの軍備ですが、軍事力だけでは世界を敵に回すことはできない事くらい当時の日本もわかっていたはずです。それではなぜ日本は戦争を拡大していったのか、なぜ同盟や貿易ではなく占領という手法をマレー半島まで進めてしまったのか。実はまったく理由が思いつかないのです。司馬遼太郎先生の言葉を借りれば「馬鹿な戦争」なのですし彼が一生をかけても理解できなかった大東亜戦争の理由を私にわかるはずがありません。

 

Osk0056

ただ大東亜共栄圏は後付の口実ではないかと考えています。結局は軍事的暴走、地方の部隊が利益と功績を上げるため勝手に始めた戦争ばかりだったのではないでしょうか。つまり統率がとれていなかった、地方軍も天皇を軽視したわけではなく、勝手に天皇陛下のためと解釈し、独自に行動して成果を上げて天皇陛下に喜んでもらいたかったのではないでしょうか。関東軍が満州で成果を上げ、それを政府と天皇陛下が許したため事態は悪い方向に動いたのでしょう。ただもう、止める事は出来なかったのです。これは「尊王論の崩壊」であり二・二六から続くクーデターが拡散した結果のような気がしています。二・二六事件は失敗に終わりましたが、その思想は既に軍部に深く浸透しており軍隊は政府の指示を聞かなくなっていたように感じられます。

 

Osk0052

« 世界の歴史を少し正確に理解する アッカド帝国からバビロニア帝国まで | トップページ | 世界の歴史を少し正確に理解する 中国の地図を眺めてみる »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

フォト
無料ブログはココログ