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2015年8月 8日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する ノモンハン

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1939年に起きた満州とモンゴルの国境紛争がノモンハン事件です。ただこれは代理戦争でモンゴルを操るソ連対満州を操る日本の戦争です。ノモンハン事件と言いますが戦闘規模と死者の数を見れば明らかに戦争、第二次日露戦争と言えます。この時代まで来ると戦況がアジア全体に広がって複雑になり、日本はどこでどこの国と戦争しているのかわからなくなってきます。また日露戦争は本当に終結していたのかと不思議です。まあ終わっていたからこその代理戦争なのですけどね。1937年に中国との戦争を開始し、2年後にノモンハンでの戦闘が始まり、1941年にはマレー半島に侵攻、更に真珠湾攻撃となります。なぜ日本はそこまで戦線を拡大しなければいけなかったのでしょうか。

 

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ノモンハンの死者数は日本とソ連で合計約15000人ですが、病死者を合わせるともっと多かったようです。戦車と戦闘機を使った近代戦ですから死傷者数が多いですね。これだけの死傷者数を出しながら日本は中国とも戦っていたのですから、驚くべき軍人の数です。満州と戦車といえば司馬遼太郎さんを思い出します。彼が学徒で満州の戦車部隊に派遣されたのは1944年でノモンハンの5年後でした。彼は明確に戦争への違和感を持ち、第二次世界大戦は理解できないと明言しています。その答えを見つける事が彼の人生のテーマでもあったのかもしれません。日露戦争を描いた「坂の上の雲」は1600万部も売れていますが第二次世界大戦を描いた小説はありません。彼が目の前で見た、実際に参戦していた戦争だったのですけどね。

 

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満州を守るという戦争は日本が満州を実質的に占領していたから発生した戦闘です。ただ日本がいなければ中国はソ連に滅ぼされていたかのかもしれません。まだ中国共産党は登場していないのですから。ソ連は日本や満州が憎かったから戦争したのではなく、自国民の生き残りをかけた南下作戦です。日本がいなければマレー半島までソ連が占拠していた可能性を感じます。ただし日本も中国や満州を侵略しようとしていたのですから、中華民国や東南アジアにとっては敵の国名が違うだけですね。中国や満州を日本が守ったわけではありません。

 

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しかし日本は中国と戦争を続けながらアジアの共同戦線を宣言するのです。大東亜共栄圏構想が始まります。

 

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