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2015年8月

2015年8月31日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する ピラミッドはすごいのか

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世界ふしぎ発見でもそうですが、ピラミッドと言えば世界最大の不思議の一つであり世界で最も重要な遺産のように扱います。しかし本当にそれほど不思議な存在でしょうか。私にはよくわからない、ただ石を積み上げただけの四角錐にしか見えないのです。見た目通り形はシンプル、石なので高く積み上げるのはそれほど難しい事ではない、単に労力の問題のように感じます。クフ王のピラミッドの内部構造は確かにすごいのですが、歴史で蓄積した技術があります。個人的にはスフィンクスやアブ・シンベル神殿のほうがよっぽどすごくて感動しますし、歴史の重要度から言えばヒエログリフのほうが重要です。ピラミッドは技術の集積であったとしても、不思議とかすごいとか感じられないのです。

 

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世界の七不思議という「誤訳」を誰が与えたのかわからないのですが、正確には観光目的の「世界の七つの景観」という観光案内で、その中にピラミッドが取り上げられています。観光ガイドなので生きやすい場所、大都市や港の近くで、アブ・シンベルのような行きにくい場所は外されたのでしょう。バベルの塔も含まれるので世界から選ばれた素晴らしいセレクションですが、現在はピラミッドしか残っていないため「不思議」が集約されてしまっているのです。メソポタミアやギリシャとエジプトは陸続きですが、間に厳しい砂漠地帯と国境があります。その為、船での貿易が中心でしたからピラミッドの副葬品として素晴らしい船が埋められていましたね。ピラミッドよりこの船の方に驚きますし、これほどの巨大な船があったのですから遠洋航海が可能だったでしょう。

 

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ギザのピラミッドは紀元前2500年頃の建造ですが、階段状、屈折ピラミッドなど紆余曲折を重ね、現在では100を超えるピラミッドが発見されています。その集大成(?)がクフ王のピラミッドで高さは146mですから確かに巨大建築です。しかしピラミッドよりずいぶん前にバビロニアでは赤れんがによる高層建築であるジグラッドを建てているですから驚くほどの事は無いように思うのです。

 

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ただジグラッドがいくつかの痕跡を残す程度で破壊されて無くなっている事から、4500年もの月日を耐えたピラミッドは確かにすごいですね。結局、石の頑丈さは偉大です。

 

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2015年8月30日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 道教

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儒教は差別が前提にあり、常識となっているので疑問を抱く人は少なくありません。日本人の男女差別、年功序列がよい例です。これらは世界的に見れば悪質な差別です。年齢の上下で言葉を変えるなんて、世界で日本位です。一方で墨家は兼愛、つまり上下関係や年齢には関係なくすべての人を愛せよと教えます。これはこれで難しい、ハードルが高すぎます。道教は礼とか智とか学ぶことなど忘れ自然に生きようという「遊」を重視した思想です。

 

学校の歴史は必ずしも正しい事を教える学問ではなく、教科書編集者の判断が含まれます。道教は老子が始祖と学んだ記憶がありますが、老子の存在自体不確定で、道教は中国における原始宗教という位置づけのようであり春秋時代に始まったわけではなさそうです。日本には武道、書道、華道など何にでも「道」を付けます。また「道」「徳」はキリスト教的倫理観ですが、与えられた漢字である「道徳」は道教(道)+儒教(徳)のイメージを感じます。儒教や道教は意識しなくても日本人の生活に道教と儒教がしみこんでいます。日本人も東洋人ですから、道教と同じ自然感覚を昔から持っていたのかもしれません。それだけに道教のわかりやすい説明は簡単ではありません。

 

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道教の特徴に陰陽思想と五行思想があります。陰陽思想は宇宙のすべての物事が混沌から始まり、陰と陽に分かれる、これらは相反するもので必ず両方が存在するという思想で、ゾロアスター教にも近く、今では陰陽道として分離しています。遠心力があれば求心力がある、膨張があれば収縮がある、暑い寒い、柔らかい硬い。女性が「陰」に分類されるのは昔らしいですね。どちらがイン(陰)でどちらがヤン(陽)かは別にして、陰陽(インヤン)という考え方は宇宙のすべてを表す大原則と考えます。陰と陽を表すマークは今でも韓国や占いでよく見かけますね。

 

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五行とは自然哲学の思想で、万物は木、火、土、金、水の五元素からなるという考え方です。現在では分子とか原子とか科学的な分類ですが、当時は少し考え方が違います。例えば五臓で心臓は火、灰が金など5つの物をすべて5元素に分けます。例えば指、色、方向、季節なども分けるのです。季節の例であれば4つしかないのですが、土には「土用」が入っており少し無理やりな気もします。中国は五つに分ける事が多く(儒教でもそうですね)、陰陽思想よりは少し理解が難しいですね。日本にはあまり深く根付いていない考え方で、日本は3つに分ける事が多いですね。

 

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道教はこのように宗教的で明確な教えというより自然の分類を定義しています。分類方法が日本人の感性にも影響しています。ゴレンジャーシリーズは五行の考え方を子供たちにわかりやすく説明しているようにも感じます。異なる個性が集まり一人が欠けてもだめなのです。ゴレンジャーこそ五行。

 

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2015年8月29日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 孔子の言葉

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あまりに有名な言葉には触れません。例えば「千里の道も一歩から」「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」今でもよく使われます。中途半端に使われている格言は「良薬は口に苦くして病に利あり。忠言は耳に逆らいて行いに利あり。」です。前半部分だけが有名ですが重要なのは後半です。良い薬は苦いけれども病気に効果があるように、忠告は聞くのがつらいけれども参考にして行動を改めればあなたの利益になるという意味です。人の話を聞くことは難しい技術で、更に叱咤となれば聞きたくないのですが「自分のためだ」と思えば我慢できるかもしれませんね。

 

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「学びて思わざれば、すなわち暗し。思いて学ばざれば、すなわち危うし。」これはこのBlogを書いている意義であり、かつ注意事項だと考えています。勉強しても考えなければ身にはつかない、歴史をそのまま鵜呑みにして羅列するだけで考察しなければ意味が無いのです。読んでいただいている方に注意されるとしても大胆な考察が必要です。しかし一方で十分に調査せず勝手に考察する事は危険、気を付けなければいけないと感じています。それでも暴走しますので、必ず間違えてしまいます。そんな時は、「過ちて改めざるを、これ過ちという」つまり過ちを認め、素直に謝罪する事です。過ちを認めないのが最大の過ちという意味です。

 

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「巧言令色鮮なし(すくなし)仁」母が良く使っていた格言で、母が亡くなった今でも時々思い出します。「言葉巧みで表情を取り繕っている人に、誠実な人間はほとんどいない。」母は反抗期だった私に使っていました、このBlogを今、母が読めばこのセリフが出てきそうで怖いです(笑)個人名は出しませんが、政界で言葉をこねくり回して笑顔になっている政治家を見るたびこの格言を思い出します。父親になった私も思春期の子供たちに同じことを思う事がありますが、それは子供たちの成長過程ですよね。

 

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「知らざるを知らずとなす、これを知るなり」いわゆる無知の知です。やはり哲学の基本ですね。最後に「君子に三戒あり」色欲、闘争欲、物欲をしっかりコントロールしなければいけないという事です。最近、色欲や物欲がコントロールできない公務員や教師のニュースをよく見かけます。失うものがはるかに大きい事はわかっているはずなのですけどね。

 

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2015年8月28日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 儒教

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論語の基本は五常、つまり仁義礼智信です。この五つの常を徳といい、徳で父子、君臣、夫婦、長幼、朋友という五倫を維持しようという思想です。徳で国を治めるため「徳治主義」とも言います。時代が時代だけに論語には明確な男尊女卑が存在し、現在でも儒教社会が強い場所では男尊女卑が正当化されています。日本にも残っていますね。

 

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ここで五常について簡単に説明しておきます。仁は「人を思いやる」徳であり、孔子は最高の徳目と定義しています。次が義であり「やるべきことをやる」義を務めるのが「義務」です。義理の義ではないのでご注意を。次に礼学より来ている礼であり、仁の具体的な実践方法と表すと言われます。生まれ持ってくることはないので教育が必要な項目で、いわゆる礼儀、そして上下関係を守る事が礼と言われます。日本は今でもこの礼を極端に重視しますね。目上の人には言葉が違いますし、冠婚葬祭の礼儀作法は今でも厳しいですね。年齢の上下関係まで気にしますがこの年功序列こそが儒教の影響です。「年下のくせに」が絶対的な差別用語であることに気が付かない人の多い事は困った文化です。

 

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次に智、知識です。最後に信、嘘をつかない、約束を守るという事です。日本にはこの「信」も根付いています。時間を守る、嘘をつかないという人は「真面目」と言われ、特に公務員では重視される気質です。儒教は封建主義と治安の維持にとても便利な機能を持つのですが、差別を助長します。そのため個人的には好きでは無いのですが、性格としては完ぺきに織り込まれています。だって道徳の時間が儒教教育の時間だったなんて知らなかったですし。

 

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まあ私の場合、このBlogでわかるといり日本社会の中で「礼」に問題有です(笑)

 

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2015年8月27日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 孔子

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孔子は紀元前552年、魯国(山東半島の付け根あたり)に生まれた大男で、身長は2mをはるかに超えていたと言われています。子沢山で現在の孔子の子孫は400万人とも言われていますが、そんなビックリ人物像はどうでもよくて、彼は儒教の創始者です。諸子百家の一人でもあり、彼の語録は「論語」としてまとめられました。儒教は漢の時代に国教となり、今でも韓国では儒教が重要視されています。中国でも文化として残っていますね。論語と儒教については次回に回し、今回は孔子の人物像を探ります。

 

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彼は周公旦の礼学を極め、その後長い月日を経て理想をまとめ上げます。とにかく弟子の数が多く、彼が生きていた時にまとめられたのは「春秋」を含む四書五経です。彼の言葉や弟子の言葉をまとめた論語は後世に作られており、キリスト教の新約聖書が弟子たちにまとめられたのと似ています。

 

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儒教はその後八派に分かれています。たとえば性善説で仁と義を最重視する孟子を中心と知る派閥や荀子を中心にした性悪説、つまり人は生まれながらにして悪なのだから礼を身に着ける教育が最も重要という派閥があります。韓国では特に「忠」が重視されてきました。韓国でも今では儒教を義務教育にしていませんが、強く文化に残っています。共産主義に儒教は合致しないため現在の中国では国教とはなっていません。儒教は政治の力が強すぎて避けられることも多く、秦の「焚書坑儒」は有名ですね。日本も儒教を重視してきました。50代以上の人に「儒教は何か」と聞かれれば「貴方そのもの」と答えます。私たちの習慣自体が儒教です。親を敬う、年功序列、先輩後輩、これらは儒教独自の考え方で、西洋では親でもファーストネームで呼びます。名前を呼ばないというのは礼儀の表れで、代わりに苗字や「お父さん」など代名詞を使うのが儒教なのです。

 

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孔子の言葉は明言だらけです。「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」肝に銘じて勉強を進めます。

 

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2015年8月26日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する まとめ

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古事記から始まった日本史の勉強、「米軍による嘘の日本歴史の払しょく」という「逆説の日本史」並みの過激思想は私には一切なく、単に学生時代に興味が持てず日本史の授業は睡眠時間に近かったので反省を込めて淡々と「基礎勉強」に専念しました。読んでいただいた方がいらっしゃれば「そんなことも知らなかったの?」と驚かれる程度のつまらない内容でしたが私にとっては新鮮でした。

 

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結局、戦国時代と明治維新が中心になってしまいましたね。明治以降から第二次世界大戦の戦争の歴史は戦後世代の私にとって調べるだけでも嫌になる暗い話題ばかりでしたが「知っておかなければ」ということであきらめずに頑張ってみました。米軍による洗脳であれば個人的には感謝したい「戦争を嫌悪する気持ち」を大切にしたいと認識できました。私は憲法9条の改憲に賛成です。憲法全体が国民の支えであり、平和意識が根付いた日本人は憲法の一部である9条を微修正したところで変わりません。しかし歴史を見れば平和であった平安時代や徳川幕府でも終焉を迎えています。平和を維持する事に歴史は一度も成功していません。これは世界史においても同じです。だから同じところにとどまらず変化が必要なのです。

 

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平和を維持する新しい試みは続いています。アメリカはパックス・アメリカーナで力による均衡を平和だと考えていますし、スイスは軍事均衡による永世中立を目指し、日本は憲法9条を中心に平和を詠唱します。日本国憲法を世界遺産に登録しようとする考えにはさすがに違和感がありますけどね。北朝鮮は鎖国に近い状態で国体を維持しています。EUは連合を組み(失敗気味ですが)国家間の対立を緩和しシンガポールは差別のない多国籍国家を目指します。これらは各国が歴史解釈の中から見出した平和への道のりです。

 

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最後に、歴史に絶対悪は無いと感じています。それぞれの時代の、その時の主権者の保身的な試みの結果であり、教訓として生かせる材料です。歴史は断絶せず、常に継続しており歴史の積み重ねが現代です。過去の歴史の否定は現在を否定する事になります。しかし過去を批判しなければ現在の改善もありません。歴史をしっかり認識し、議論する事が大切と考えています。ここまでお付き合い、ありがとうございました。これで日本史は終わり…ではないのです。今後は歴史を感じる土地や施設を歩き少しずつ「深みにはまる」楽しさを味わおうと考えています。ただ日本史は少しの期間お休みします。何故なら世界史が思った以上に面白いからです。

 

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2015年8月25日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 孫子

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春秋時代に呉で書かれた兵法書、「兵家」の孫子。これも諸子百家の一つです。

 

第二次世界大戦に日本が敗戦した原因の一つとして天皇陛下が語った言葉に「孫子に従っていなかった」という内容の記述があります。孫子の兵法書は戦争を含むストラテジの鉄則を記し、今でもビジネスという闘争の場で使われており「ビジネス書」として書店に並んでいます。紀元前500年頃の思想ですよ、すごいですね。

 

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私もビジネス書として孫子を読みました。皆さんも触れる機会が多い本ですし、語り出すと長々と書いてしまいそうなので概要だけにしておきます。興味があれば本屋さんに向かってください。孫子が兵法書として優れているのは「戦争はできるだけ避ける」事が最も重要だとしている点です。つまり孫子は戦術書ではなくStrategy、支配者の政治手法をまとめてあるのです。「戦争の準備として圧倒的な力をつける事」としています。そうすれば「戦わずして勝つ」となります。天皇陛下がアメリカに負けた理由として日本は「圧倒的な力を準備できなかった」と語っています。また孫子では情報収集による戦力分析を重視し、スパイの重要性を説いています。徳川家康が孫子好きなのは有名で彼の戦術(特に忍者)を見れば活用していたことがわかるような気がします。基本的に孫子は戦争の王道ですし家康の戦争は王道の戦争でした。

 

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孫氏の言葉の和訳をいくつかお借りすれば「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」「勝算があれば戦い、なければ戦わない」「敵と対峙する時は正攻法で、戦う時は奇襲で」「兵力の分散と集中に注意し、たえず敵の状況に対応して変化する」などは現代のビジネスで役立ちます。それどころか人生や家庭でも役に立ちます。アドラーも面白いですが孫子も読んでみてください。

 

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さて問題は誰が書いたのか、よくわからないようです。決して孫子さんが書いたわけではありません。子は先生という意味で孫先生が書いたという意味です。三国志を見ていても「呉」と言えば孫家だらけ、孫策や孫権は有名ですよね。孫子の作者は多分孫武だろうと言われていますが、どちらかと言えば呉の兵法書としてまとめ上げられたたくさんの孫先生の知識の集合体と考えています。

 

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2015年8月24日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する 敗戦からの復興

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個人的な意見として日本はすごい国だと感じています。

 

戦後20年に満たない、昭和39年には東京オリンピックを開催しているのです。東京タワー、霞が関ビル、新幹線、すべてこの時代にはそろっているのです。日本人の優れている事は驚くほどに前向きなところです。忘却力とも言えます。日本人は韓国の方たちが戦前の話を繰り返すことの意味さえも理解できない忘却人民であり、その無責任さに朝鮮半島や中国の方たちの怒りはわかるような気がします。忘却は仏教の精神であり、東南アジアの方たちの方が国民性としては近いような気がします。個人的にタイに行ったときなどとても和みました。ただこの忘却力は前向きすぎる表現であり、やはり日本人は歴史を知らない、軽視していると感じます。特に私がそうでしたから。

 

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日本の特徴は儒教や宋学が十分に定着せず、日本独自に進化した(ある意味邪道な)仏教が国民性として根付いており、戦後の復興に大きな影響を与えたと考えています。特に浄土真宗は結婚OK、肉食OK、「南妙法蓮華経」と唱えればなんでもOK…と書くと仏教徒の方に怒られそうですがざっくり言えばそんな民族感情があります。原爆まで落とされてもアメリカを極端に恨まず再戦しなかった事、新しい日本国憲法をすぐに素直に受け入れた事などは浄土真宗的です。

 

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私の記憶は昭和44年からです。戦後24年目ですね。家にはテレビ、洗濯機、冷蔵庫等があり、邪魔なほどに家具がありました。電話とカラーテレビは少ししてから我が家に来ましたし、エアコンは長い間ありませんでしたけどね。山の麓なので温暖化した今でもエアコンは必要ありません(今では5台も設置されていますが)。両親に感謝しなければいけませんが食料には困らず、ちょっと過剰に栄養を取りすぎ、今でもジムで絞り込まないとすぐに体重オーバーです。私たちは戦後飽食世代と言われましたが、不正確です。完全に戦争を知らない世代であり、平成生まれの人たちと何も変わりませんが、飽食という意味では平成の人たちより飽食です(笑)

 

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さて最後にこれまでの勉強結果をまとめます。

 

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2015年8月23日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 春秋戦国時代の国々

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春秋時代、周は江戸時代の天皇家のような存在だったようです。実権はないのだけれども無視はできない承認機関のような存在だったようですね。周の時代に整理された「礼」の思想が周を守ったのではないでしょうか。春秋戦国時代がなかなか終わらなかった一つの理由としてもこの「礼」にあるような気がします。戦場でも礼を重んじ、捕虜にも礼を重んじ、残酷な殺戮を伴う戦争をしなかった、雌雄が付かなかった、そんなエピソードが多くあるようです。とどめを刺さないから多くの国が割拠したままです。

 

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もう一つ強国の戦力が落ちる理由に「殉死」があります。強国であっても王が死ぬと有力な部下まで殉死してしまい国力がガタ落ち、そんなことを繰り返しているので本当の強国が生まれてこないのです。春秋時代には諸子百家が出てきて、更に上下関係の定義が明確になり強固になってくるので戦争も宗教的で決着がつかなかったように感じます。

 

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それでも戦国時代になれば周の影響力はなくなり、強国秦とその他の国々のような関係になってきたようです。秦は最後に五か国連合に勝利し中国を統一するのですが、それほどの国力の差が生まれてきたようです。不思議なのは秦という国が環境には恵まれない山間部にあり、農業生産量が多いと思われる東部の国々より強くなったことです。やはりここは軍事技術力と政治力の差でしょうね。特にこの時代は政治力が重要だったように思います。

 

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それでは少し、諸子百家について見ておきましょう。

 

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2015年8月22日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する 日本国憲法

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日本人は憲法改訂を極端に嫌います。しかしなぜ大日本帝国憲法が日本国憲法に変わった時は素直に受け入れたのでしょうか。個人的には近代史の一番の不思議でした。しかしこれは簡単なからくりがありました。大日本帝国憲法は国民主権を認めていません。天皇主権だったのです。新しい日本国憲法は大日本帝国憲法に従い「帝国議会」の審議を経て発効されています。国民に問う必要がなかったのです。

 

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日本国憲法はGHQにより決められたと思われがちですが、基本的人権等はポツダム宣言で指示されました。憲法9条を含むいくつかがGHQのアイディアと考えます。なぜGHQのアイディアかといえば当時の帝国議会や憲法学者が「二度と戦争をしない」という憲法の草案を思いつくはずさえないと考えているからです。終戦を迎えたとき大日本帝国軍はこの憲法に従い全員解雇です。肩書も給与もすべて失ったのです。軍部の影響が大きかった帝国議会が人員削減どころか全員解雇の判断なんてできるはずがありません。アメリカに言われなければ決められない憲法です。

 

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私は終戦で大日本帝国は一度滅んだと考えています。日本は自立国家ではなくなった、国体は失われたのです。しかしわずか2年で日本国憲法を作り、アメリカによる安全保障(まあ保障なんてできませんが気分として)で憲法9条という国家として素直に考えれば自殺行為的な憲法を持ちながら独立を保てている事に、アメリカではなく国際秩序に感謝したいと考えています。

 

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日本国憲法の内容については語る必要がありませんね。

 

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2015年8月21日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 春秋時代

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周が弱体化して東へ移動し、東周と呼ばれるようになります。時期は紀元前770年頃で、この時代には国が乱立します。国々の争いは歴史として儒教の四書五経にまとめられるのですが、その一つが「春秋」があり、この歴史書に記述された時代を春秋時代と言います。また春秋時代は本の境目であり、その後も多国乱立と戦争は続くので、後半を戦国策という本の名前から取って戦国時代と言います。この戦国時代と合わせて春秋戦国時代と呼ばれ秦による中国統一まで続くのです。

 

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春秋時代には私たちが名前としては知っている晋、呉、越、斎、魯、宋などの国々が乱立しています。「呉越同舟」(孫子)「臥薪嘗胆」(史記)などは春秋時代の物語の中で出てきた四字熟語で、今でも使われています…といいながら若い人は使いませんかね。特に「臥薪嘗胆」という行動は現代ではありえない状態で、あったとすればパワハラとして訴えられるかもしれません(笑)

 

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中国の春秋時代は国々の領土と国境線が複雑で、戦争が多すぎてわかりやすく整理することは困難です。本当に司馬遷はすごい。「春秋」は三国志ほど有名でもありません。中国の歴史で面白いのは漢の成立、三国志、チンギスハンによる元の拡大とそれによるヨーロッパの混乱です。もちろん、日本と関係があった隋、唐や、宋学についても触れていきますが、春秋時代の栄枯盛衰については詳しくは調べません…難しすぎる、荷が重すぎる。その代りに孫子、孔子、道教について取り上げる事にします。後世の歴史にとってこれらの思想がとても重要だからです。

 

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ざっくり言えば周が東へ逃げ、晋が一時期大活躍をしますが短期間に終わり、その後、韓、魏、趙が台頭。その後も戦争が続いて最後は秦が登場します。次回、ざっくり説明した後に中国の歴史としては秦の時代まで飛んでいきます。500年ほど戦争の時代が続いたのですから、まさに戦国時代ですね。日本の150年という戦国時代が短く感じられます。

 

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2015年8月20日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 原爆投下と敗戦

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私は広島県呉市の出身です。両親も同じですが、原爆投下当時は田舎に疎開していたそうです。両親ともに遠くから「ピカドン」を見ており、そのきのこ雲は幼少期であったにもかかわらず明確に覚えていたそうです。父親は島に疎開していたため、ピカドンの後の話は持ち合わせていませんでしたが、母親は呉市の山間部だったため、ケロイドで焼けただれた人たちの行列を見て忘れられないと言っていました。母親は当時4歳で呉が空襲されたとき「きれい」という程度の感覚しかなかったそうですが、原爆だけは4歳でも明確な恐怖として記憶に残っていたそうです。

 

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母の父親、つまり私の母方の祖父は広島市に勤めていましたが原爆前の空襲で亡くなりました。もし原爆で亡くなっていれば祖母は広島へ状況確認に向かったでしょうし、二次被爆していたでしょう。不幸中の幸いとは思いませんが、確かに運命を感じます。母親は生まれていましたから私の運命は変わらなかったかもしれませんが、祖母が放射能で亡くなれば母は戦災孤児になっていたでしょうから生き残れなかったかもしれません。

 

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母も父も天皇による敗戦の放送は記憶にないそうです。戦時中にラジオを持っている人は多くなかったでしょうし、疎開地ですから電波が届かなかったかもしれません。ただ戦争に負けたという事だけ知らされ、疎開地から戻ったそうです。ただし家は空襲で焼けており、建築から始めないといけませんでした。幸い母方の祖父は少し資産家だったようで、すぐに家を再建し、母子家庭でも生活に困ったという記憶はないそうです。今は母も祖母も亡くなっています。

 

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父や母の言葉から感じるのは敗戦からの復興が極端に早かったという印象です。本当に苦労したのは2~3年の印象であり、現在の東北震災の方が圧倒的に復興遅れを感じます。全員が被災者でしたが田舎に近い事もあり田畑の被害が少なく農業生産回復が比較的早かった事(戦後以来コメを送ってくれていた農家の方は私が大学の頃でも我が家に米を送ってくれていました)、すべてが破壊されていても戦争時代に培った高い工業技術(人材)が残っていた事、キリスト教的精神を持ったGHQによる食糧配給がスムースだったことなどが想像できます。

 

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2015年8月19日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する 周

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西洋と中東の歴史を勉強する時、旧約聖書の基礎を把握しなければ理解できません。旧約聖書については10回以上も回数を割いて勉強するつもりです。一方で仏教の影響が強い日本とは異なり、アジアの歴史を理解する時には思想家「諸子百家」について理解を深める必要があります。具体的な例としては孔子と老子です。彼らに影響を与えた根本思想は驚くほどに昔から芽生えています。

 

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中国の周は紀元前1046年頃に成立しています。創始者は「武王」ですが、重要なのは彼の家臣です。有名どころでは軍師、呂尚。別名である太公望の方が有名で釣りをした逸話が「史記」に残っており今でも釣りが好きな人を太公望と呼びます。ただし伝承ばかりで正確な人物像は不明だそうで、釣りが趣味だったのかどうかも不明なのです。

 

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太公望より重要なのは周公旦。初代王、武王が建国後すぐに亡くなってしまったので幼少であった成王の摂政となり政治や戦争を仕切ります。彼が周を国の形にまとめたと言っても過言ではありません。彼は武王の兄弟でもあったので王となってもおかしくなかったのに成王が成人するとさっさと政権を戻し、臣下に下るのです。臣下となった後、洛陽を都市として整備した人物としても有名です。彼は思想家でもあり「礼」を学問として整備した人とも言われ孔子の儒教に大きな影響を与えています。

 

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彼は中国の長い歴史の中でも有数の偉人として知られているのですが、日本ではあまり知られていません。それとも知らないのは私だけ?

 

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2015年8月18日 (火)

日本の歴史を少し正確に理解する 東條について

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A級戦犯である東条英機総理大臣について、最近では見直される評価があることは知っています。私は彼を評価するだけの知識を持っていません。ただ一つ重要な事は、天皇陛下が東條を非常に高く評価していた点です。東條はとても勤勉でまじめだったようです。

 

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一般論ですが、真面目という性格は時に危険であると感じています。社会人として長い経験からそのように感じるだけではなく、私もよく真面目だと言われるからです。このBlogを読んでいただいている方がいらっしゃれば感じるかもしれませんが、真面目なのは時として危険な思想に走ります。自分に嘘がつけず、妥協できないからです。人類はある程度の不真面目さと妥協を持つことで調和を保つことができます。真面目は調和を保てない、また信念に基づき独走してしまい、結果として大きな間違いであることもあるのです。

 

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大東亜共栄圏構想は日本守るために資源を求め、アジアをヨーロッパ支配から守るために共に栄えようとしました。ただそのためであれば当時の日本はアジアの人たちの命もアメリカの人の命も、そして日本人の命もどうでもよかったとしか思えない、もしくは人の命の感覚が狂ってしまっていたのかもしれません。日本を守るために大量殺戮を過程と考える、原子爆弾を落とされて初めておかしいと気が付く、そして終戦を迎えて自殺しようとする、それが東條の一面です。

 

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繰り返しますが、私は彼の評価はしません。「こんな人だった」と紹介するだけにとどめます。

 

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2015年8月17日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 殷

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殷は紀元前17世紀から紀元前11世紀、中国の黄河周辺に発生した実在が確認されている国です。「夏」はまだ確実に国であると証明できていませんので、私が中学生の時に「中国の最初の王朝は殷である」と学びました。首都は河南省で洛陽のあたり、大阪とほぼ同じ緯度、気温は日格差や年較差が大きいものの大阪より少し涼しい程度と考えます。この辺りで亀甲文字が発見されたため殷の存在が証明されました。

 

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殷は王政で始祖は「契」。当時の国王はシャーマンを兼ね卑弥呼に近い存在であったと想像されています。たくさんの都市(邑)がありましたが、政治的な支配というより祭事の長、一番偉いシャーマンとしてまとめていたのでしょう。各都市の長と殷の王で構成されている点は奈良時代の日本に近いですね。しかし奈良時代は殷よりも2000年近く後ですから、両国の間に関連は無いでしょう。国が成立する時はこのように豪族が乱立し、その中の宗教的なリーダーが長になり、国王になるのかもしれません。エジプトだってインドだってそうですしね。

 

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殷は高い軍事力を持っていたようであり、3人乗りの戦車を使って支配領域を拡大したようです。源義経は軍事の天才でしたが、それでも騎馬であり戦車ではありません。山岳地が多い日本で戦車が不向きなのも事実ですが、義経の2500年前に戦車を使っていたのですからすごい技術力ですね。私が感心するのは3人を載せて馬に牽引させても壊れない戦車の車輪を作る技術、また戦車から攻撃できる槍や弓矢を作る技術が殷の時代にすでにあったのですから驚きです。トルコにあった軍事国家ヒッタイトに匹敵しますね。

 

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文字がこれらの軍事技術よりはるかに遅れたことを考えると、文字という技術が軍事よりも必要とされていなかったのでしょう。

 

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2015年8月16日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 敗戦の理由

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戦争が始まったばかりですが、天皇陛下の解析による敗戦の理由は、1に孫子をしっかりと把握していないこと。先日から孫子の兵法書に関する解説を読んでいるのですが「王道の兵法」です。具体的に言えば準備が足りないという事であり、無謀な戦争であるという意見でしょう。次に「精神論に走り科学を信じなかった事」という意見は天皇陛下でなければ発言が難しく、私も同感です。「尊王論」はここにきて初めて敗れたのです。次に陸海軍の不一致、満州事変の頃から陸軍の暴走が目立ちます。そして最後が明治時代のような優れた大将がいなかったことを挙げられています。

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「無謀である」という簡素な解析ではなく、言葉を選び深く解析されています。しかしながら本筋はアメリカと開戦したこと自体が最大の失敗と認められています。アメリカが日本と開戦を決めたのはドイツ、つまりヒトラーとの同盟でしょう。ヒトラーとの同盟に至ったのは中国との開戦が原因であり、その前に満州事変があります。開戦前でも外交で乗り切れる可能性はあったのですが、結局真珠湾攻撃に入ってしまいました。

 

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最後に個人的な意見としての「敗戦の理由」です。申し訳ないのですが、私は昭和天皇に責任がある、保身と間違った判断があったと感じています。そして軍隊に人材が不足していた、もしくは軍隊が巨大になりすぎてリーダーの数が足らなかったと考えます。今の日本が幸せな国であることを考えれば日本が勝てばよかったとは毛頭考えていません。広島と長崎に原爆が落とされたから、それ以降現在まで核兵器が使われなかったという「歴史」もあります。しかし敗戦の決断が遅れたために失われた命が大きいことも事実でしょう。過去は変えられません。私たちができるのは過去から学ぶことだけです。

 

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ここから先、戦争の詳細には触れないつもりです。なぜ戦争が起きてしまったのか、そこが重要であり戦況は重要ではありません。いくつかの重要な事と原子爆弾にのみ少し触れることにします。

 

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2015年8月15日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 夏

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「夏」は存在の可能性が高い中国最古の国家で、紀元前2000年頃まで遡ることができます。なぜ存在の可能性が高いのか。紀元前90年頃に書かれた司馬遷の「史記」に記述があるだけではなくいくつかの書物で同じ「夏」という国の名前が出てくること、そして中国が神話を好まない国民性があることから想像上の国ではないと考えられるのです。その「史記」は古事記よりも800年も古い、世界最古クラスの歴史書であり、司馬遷と史記については別の機会で触れたいと考えています。

 

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さて夏は、司馬遷が生まれる2000年も前の国という事でさすがに伝説なのではないか、と考えられていたのですが考古学的な発見が続き実在の可能性が高くなってきています。発見された遺跡は文字がない事もあって夏の首都とは断言できませんので、今は「二里頭遺跡」と呼ばれています。人口約20000人程度の都市と推定されており、場所は河南省、黄河の南側です。河南省は現在でも中国の中で人口最大の州であり人口約1億人と日本1国に匹敵する人口を誇ります。

 

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遺跡からは宮殿、都市、道路などが発掘されており、十分な都市機能を持っていたと考えられます。ただ「夏」は遼河文明に近い場所で生まれた文化と伝承があるのに、なぜ遺跡は河南省にあるのでしょうか。遼河は満州南部の川です。日本では秋田県あたりの緯度にあたり、地球が寒冷化している時期には寒いと予想します。民族が南下する事で原住民を取り込み人口が増加すると同時に支配者と被支配者で上下関係が発生し国が成立したと考えられます。今でも河南省に人口が多い事から、人が暮らしやすい、気候の穏やかで食物生産量が多い場所なのでしょう。自然に流浪の民が集まってくる場所だった想像しますし、最初の国の「首都」がおかれる場所として悪くはありません。

 

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民族が大移動すると国ができる、単一民族国家の日本ではあまり聞かない話ですが世界史ではよく耳にするキーワードです。特にヨーロッパのゲルマン民族大移動では細かい国がたくさんできていますね。そうはいっても夏の存在を確定するには、もう少し考古学的な研究の積み重ねが必要のようです。

 

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2015年8月14日 (金)

日本の歴史を少し正確に理解する 真珠湾攻撃

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真珠湾攻撃には議論があるものの、ここでは「日本による奇襲」という最も一般的な説で話を進めます。ニイタカヤマノボレ、トラトラトラなど暗号文も有名な戦争です。赤城、加賀などの空母、零式戦闘機などの日本海軍の総力でハワイの真珠湾を攻撃します。アメリカがハワイに巨大な軍港を作ったのは明治時代ですが、その時から日本は恐怖を覚えていました。日本はアメリカの最前線を破壊してからアメリカに宣戦を布告する事にしました。卑怯だと言われる大問題ですが、日本としてこの方法でしか勝ち目がない事がわかっていたのでしょう。「2割程度の勝利」つまり天皇陛下は64でアメリカに勝つつもりでしたから先制攻撃は必須でした、たとえ卑怯と言われても。つまり日本はアメリカを過小評価していたわけではなく、とにかく時間を稼いでマレー作戦を成功させなければ勝ち目はないと考えていたのでしょう。日本に必要なのはマレー半島の資源とそれを運ぶシーレーンでした。日中戦争を続けているため、鉄道で陸路として中国を通れなくてもマレー半島からタンカーで日本に油を運ぶ海のルートを確保したのです。

 

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タンカーは大きく動きが鈍いうえ、とても燃えやすい。その為、戦闘機による攻撃に弱いという弱点があります。そこで日本は最初にアメリカの太平洋上の空母を壊滅させたのです。また同時進行中のマレー戦争を成功させるためにもアメリカからイギリスへの援軍が出ては困るという状況でした。日本が南シナ海の島々を占領していきましたが、現在同じことを中国が行っています。アメリカが緊張感を持っているのはそのためであり「太平洋戦争の再来」と直感しています。中国は資源とシーレーンを抑えようとしているのです。真珠湾はアメリカの罠だったという人が少なからずいます。911の時にもそのようなうわさが流れましたね。ただ私はその説に懐疑的です。自国民の死傷者を大量に出すような囮作戦をキリスト教の国が行うとは信じたくないのです。

 

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真珠湾の大勝は日本さえも驚いたそうです。大敗したアメリカは日本がアメリカ本土に攻撃に来るという恐怖でパニックになったそうです。しかし日本は「大東亜共栄圏」」と宣言しており、とてもアメリカ本土を攻撃する能力はなかったと感じています。日本はドイツの勝利を待ったのです、アメリカ軍がヨーロッパ戦線に全力投球することを想定していました。日本さすがにこれ以上、戦線を拡大する事はできませんでした。個人的な意見として真珠湾攻撃は時間稼ぎです。アメリカと戦争するつもりさえなかったのではないかと感じています。しかしアメリカは怒り狂い、ドイツの配線が濃厚になってくれば日本に総攻撃をかけてきました。ハワイとはいえアメリカ本土が空襲を受けたのはアメリカの歴史において最初で最後です。911は空襲とは言えませんからね。ただ911の後の報復の過激さも記憶に新しく、イラク攻撃も過剰すぎたのではないかと議論になっています。アメリカにとって報復攻撃は「正義」と考えられているように見えます。

 

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アメリカは古いタイプのキリスト教国家です。報復、復讐、正義、「目には目を、歯には歯を」これらの考え方は旧約聖書が許しています。日本は最初に蜂の巣アメリカをつついてしまったのです。そう、個人的な意見ですが日本は宣戦布告を遅らせたのではなく、アメリカと本気で戦争をする気が無かったから宣戦布告しなかったのではないか、ドイツを応援する程度の意味合いではなかったのかと感じるのです。

 

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2015年8月13日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 中国の古代文明

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学生の頃、中国にあった世界四大文明の一つは「黄河文明」と習いました。同じような記憶を持たれていれば同世代です。現代は20世紀末に研究が進んだ長江文明、遼河文明などが黄河文明と同等かさらに古い事がわかっているようです。黄河文明は紀元前7000年ころから始まり、その頃には畑作農家が始まっていたことがわかっています。その後しばらくしてから、稲作農家に発展していくのです。黄河文明の特徴は黄河の氾濫域の肥沃土を利用した稲作であり位置から考えて殷などの国家につながっていったと考えられています。その為、私たちが習った事は間違いではありません。

 

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黄河が中国最古の古代文明と考えられていたのですが、近代の発掘から長江文明のほうが稲作の歴史としては古いとされています。日本にも長江付近から稲作が伝わったことが既に分かっており、世界ふしぎ発見でも何度も紹介されていましたね。この地帯での稲作の始まりは驚いたことに紀元前12000年頃と考えられ、黄河より圧倒的、5000年も古いのです。こんな発見が最近あったのですから、今後も考古学による世界史の塗り替えは発生するでしょうね。楽しみです。

 

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遼河文明は中国の東北部にあり紀元前6000年頃から始まったようです。今は寒い地域ですが、紀元前6000年と言えば地球が温暖な時期であり寒くありませんでした。ちょうど縄文時代の日本に芸術的な文化が栄えた時です。遼河文明は黄河や長江とは異質の文化だったようですが、紀元前4000年ころからこの地帯の砂漠化が始まり南に下り中国の文化と融合します。平和な融合ではなく戦争と侵略による民族融合でしょうけどね。人口が密集し、文化の融合で高度化し、民族の融合で生活にルールが必要になり国の発生したのではないでしょうか。

 

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存在する可能性が高い最も古い中国の国は「夏」です。夏は史記に記述があり、史記よりも古い文献が出てこない限りさらに古い国の歴史は見つかりません。秦の時代に焚書坑儒があったため古い文献は見つからないはずですので(亀甲文字か粘土板でも見つかれば別ですが)「夏」が中国最古の国と考えてよさそうです。さて夏とはどんな国だったのでしょう。

 

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2015年8月12日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 開戦前夜

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実際には前夜ではなく、少し前の話です。

 

ドイツを含めた三国同盟にアメリカが怒り、日本を経済封鎖し、開戦準備を進めていました。しかしアメリカとの開戦を何とか防ごうという打開案が天皇を中心とした日本政府で何度も討議されていたのです。日本は天皇陛下を含めてアメリカとの戦争に反対していたのですが、軍部が従わなかったと「昭和天皇独白録」に記載されています。

 

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天皇陛下は明らかにアメリカとの開戦に対しては反対であり、天皇陛下が戦後アメリカに処分されなかったのはアメリカも天皇陛下が開戦を主導しなかったことを理解したのではないでしょうか。責任はすべて大日帝国軍にある、マッカーサーはすぐに理解できたのでしょう。軍部は8月頃から開戦を望んでいたようですが、天皇陛下や文官はあくまでも外交での解決を望んでいたようです。ルーズベルトと交渉しようとしていましたがアメリカに断られています、つまりアメリカも開戦は織り込み済みでした。しかし真珠湾攻撃が想定内であったかどうかはわかりません。

 

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開戦の一番の理由は間違いなく石油です。三国同盟を機会に石油輸入を抑えられたことでパニックになり戦争が始まったといえます。平成の現代でも「ホルムズ海峡が封鎖されれば自衛隊を出す」と明言しています。現代でも石油の輸入が止まれば日本はパニックになります。天皇陛下は開戦に反対すれば東郷がクーデターを起こすと考えられていたようです。つまり9月に東郷が総理大臣になり、12月に海軍がハワイに向けて旅立った時から開戦は決まっていました。天皇陛下には止められなかったのです。主権は既に天皇陛下にはない、大日本帝国憲法に対して「違憲」状態だったのです。

 

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北朝鮮の事を考えれば極端に長い経済封鎖を受けながら戦争を始めていません。軍事力に差があることは間違いありませんが、大日本帝国に比べればはるかに我慢強く温和であるともいえます。

 

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2015年8月11日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 中国の地図を眺めてみる

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中国は日本のすぐ西なので世界地図で日本との位置関係が比較しやすいですね。しかしじっくりと眺めたことがありますか。

現在の首都、北京は名前の通り中国中原を基準にすれば北の京で秋田市とほぼ同じ緯度にあり平壌と同じくらいの緯度にあります。冬は寒いでしょうね、ただ海までは200km程度と中国の都市にしては近いため秋田の印象よりは少し暖かいかもしれません。夏の日中は30℃を超え、冬は氷点下になります。東京よりは涼しく、札幌よりは暖かいですね…ああ、秋田位か(笑)北京の海側には天津があります。天津は大連のある遼東半島と青島のある山東半島に囲まれた湾、渤海沿岸にあります。北京の北には万里の長城、その向こうには山地があり更に北はゴビ砂漠であり、内モンゴル自治区です。かつては満州と言われた東北地方に当たります。

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北京の南には黄河が渤海に流れ込みます。隋の時代に巨大な運河が整備され、北京から黄河と長江まで運河で結ばれていますので、隋の以前と以後で流通、交通が変わり国のサイズが変わってきます。歴史の中で首都として登場する洛陽は黄河の上流、チベット高原のふもとにあります。かつては長安と呼ばれた都市、西安は更に高原を上った山の中です。この二つの都市は今後中国の歴史に頻出ですが、大阪とほぼ同じ緯度になります。西安から少し西側に登ればチベット高原、チベット自治区です。

 

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揚子江=長江のほとりに南京や上海があり宮崎県位の緯度になります。中国の東には朝鮮半島がありますので、海路で中国に最も近い都市はどの都市であろうと福岡になります。直線距離で言えば福岡から上海は福岡から東京よりも近く、北京まででも東京と同程度です。なぜ天皇家は九州から来たのか、なぜ稲作は中国南部から伝わったのか、地図を見ればわかりやすく朝鮮半島にも中国南部にも福岡は近く、しかもその距離は「運が良ければ」小さな船でも十分にわたりきれる程度でした。特に現在より気温が低く海抜がかなり低い時代(縄文時代の後期から弥生時代前期)に、台湾、沖縄を経由すれば福岡への到達は上海から北京までの道のりとあまり変わらない難易度だったと予想します。暖流もありますしね。紀元前2500年に作られたと思われるギザの船程度の巨大船は古代中国にもあったと想像できますから季節を選べば難しくない航路です。

 

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位置関係を意識しながら中国の歴史を見ていきましょう。

 

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2015年8月10日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する マレー作戦

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マレー作戦は1941年、東インド(インドネシア)の資源を狙った大日本帝国の侵略作戦です。敵はマレー半島を植民地にしていたかつての同盟国イギリスであり、イギリス軍や現地民に大量の死傷者を出しました。シンガポールでもマレー作戦の被害を記録する資料館は多く、私は2か所の施設を訪れました。イギリスの植民地は経済的な利益、つまり農産物の生産とイギリスへの輸出が目的だったため生産者である現地の人たちの生活を十分に配慮した支配でした。日本の場合は鉱物資源を得るための通過経路にすぎず住民への配慮はありません。10万人の捕虜を取ったなどひどい支配だったようです。日本と東南アジアは今でこそ良い関係を築けています。これは現地に住む人々が持つ宗教、つまり仏教、キリスト教、イスラム教が持つやさしさのおかげです。韓国や中国のような儒教的な国であれば日本はいまでもアジアの中で完全に孤立していたかもしれません。

 

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日本は日露戦争、および第一次世界大戦でイギリスと同盟を結んでいました。そのイギリスを日本が攻撃しているのですから、日本政府が五・一五事件をきっかけに大きく変わってしまった事を思い知らされます。確かに日本は三国同盟を持っていました。ドイツとイタリアとの同盟です。しかしドイツを旅行したことがある人であれば実感するかもしれませんが、ドイツが日本を同盟国と考えていたとは感じません。どちらかといえば差別的です。ドイツやヨーロッパの人たちが親日とは感じられません。いえ、最近は大きく改善してきているように感じており、その原動力が「ラーメン」と「オタク文化」なので国際関係は難しいですね。三国同盟は「不戦条約」にすぎず「共同戦線」ではなかったように感じています。日本は世界全体を敵に回して戦っていたのです。物理的に考えれば無謀です。しかし日本には「尊王」があり「神風」がついていた、そう信じて戦っていたのではないでしょうか。アメリカは戦後、主権を天皇から剥奪し国民に移しました。それでも昭和天皇を戦犯として処刑する事はしませんでしたし、犯罪人としての処罰さえもありませんでした。戦後すぐに天皇陛下を処分すれば日本とアメリカの再戦は免れなかったかもしれません。

 

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もう少し科学的に言えば、日本が世界と戦う勇気を持てたのは世界一の造船技術がありました。また製鉄能力にも優れており、強力な戦車を持っていましたし、零式戦闘機という当時としては世界最高の戦闘機も持っていました。確かに世界最強クラスの軍備ですが、軍事力だけでは世界を敵に回すことはできない事くらい当時の日本もわかっていたはずです。それではなぜ日本は戦争を拡大していったのか、なぜ同盟や貿易ではなく占領という手法をマレー半島まで進めてしまったのか。実はまったく理由が思いつかないのです。司馬遼太郎先生の言葉を借りれば「馬鹿な戦争」なのですし彼が一生をかけても理解できなかった大東亜戦争の理由を私にわかるはずがありません。

 

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ただ大東亜共栄圏は後付の口実ではないかと考えています。結局は軍事的暴走、地方の部隊が利益と功績を上げるため勝手に始めた戦争ばかりだったのではないでしょうか。つまり統率がとれていなかった、地方軍も天皇を軽視したわけではなく、勝手に天皇陛下のためと解釈し、独自に行動して成果を上げて天皇陛下に喜んでもらいたかったのではないでしょうか。関東軍が満州で成果を上げ、それを政府と天皇陛下が許したため事態は悪い方向に動いたのでしょう。ただもう、止める事は出来なかったのです。これは「尊王論の崩壊」であり二・二六から続くクーデターが拡散した結果のような気がしています。二・二六事件は失敗に終わりましたが、その思想は既に軍部に深く浸透しており軍隊は政府の指示を聞かなくなっていたように感じられます。

 

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2015年8月 9日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する アッカド帝国からバビロニア帝国まで

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バビロニアより前からメソポタミアには歴史がありますので少し振り返っておきます。バビル2世の話で終わるのは申し訳ないですしね。シュメール人はメソポタミアの古代文明として小さな都市国家をいくつも作りますが統一王国まではできませんでした。そのメソポタミアを制圧し、統一国家を作ったのがアッカド人のアッカド帝国で、紀元前24世紀ころでした。

 

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紀元前22世紀になるとシュメール人がウル第三王朝を作ります。ウルナンム法典はバビロニア法典に先立つ最初の法律です。ジグラッドが作られ始めたのもこのころだそうです。しかしここでシュメール人は絶滅、正確には次の民族に吸収されたのでしょう。次の民族がバビロニアを建国します。民族はアムル人。

 

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旧約聖書では一週間が7日になった創世神話が生まれています。しかしバビロニアでは太陰暦ではありましたが、週7日制を使っていたのはバビロニアです。旧約聖書はその7日間に合わせて創世記を整理したと考えられます。この7日間は4倍すれば28日の1か月、つまり新月から半月までの期間が7日間だった、太陰暦の1月(新月から新月の間)を4で割っただけなのです。

 

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さてメソポタミアと並ぶ東洋の歴史、中国に飛びます。

 

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2015年8月 8日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する ノモンハン

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1939年に起きた満州とモンゴルの国境紛争がノモンハン事件です。ただこれは代理戦争でモンゴルを操るソ連対満州を操る日本の戦争です。ノモンハン事件と言いますが戦闘規模と死者の数を見れば明らかに戦争、第二次日露戦争と言えます。この時代まで来ると戦況がアジア全体に広がって複雑になり、日本はどこでどこの国と戦争しているのかわからなくなってきます。また日露戦争は本当に終結していたのかと不思議です。まあ終わっていたからこその代理戦争なのですけどね。1937年に中国との戦争を開始し、2年後にノモンハンでの戦闘が始まり、1941年にはマレー半島に侵攻、更に真珠湾攻撃となります。なぜ日本はそこまで戦線を拡大しなければいけなかったのでしょうか。

 

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ノモンハンの死者数は日本とソ連で合計約15000人ですが、病死者を合わせるともっと多かったようです。戦車と戦闘機を使った近代戦ですから死傷者数が多いですね。これだけの死傷者数を出しながら日本は中国とも戦っていたのですから、驚くべき軍人の数です。満州と戦車といえば司馬遼太郎さんを思い出します。彼が学徒で満州の戦車部隊に派遣されたのは1944年でノモンハンの5年後でした。彼は明確に戦争への違和感を持ち、第二次世界大戦は理解できないと明言しています。その答えを見つける事が彼の人生のテーマでもあったのかもしれません。日露戦争を描いた「坂の上の雲」は1600万部も売れていますが第二次世界大戦を描いた小説はありません。彼が目の前で見た、実際に参戦していた戦争だったのですけどね。

 

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満州を守るという戦争は日本が満州を実質的に占領していたから発生した戦闘です。ただ日本がいなければ中国はソ連に滅ぼされていたかのかもしれません。まだ中国共産党は登場していないのですから。ソ連は日本や満州が憎かったから戦争したのではなく、自国民の生き残りをかけた南下作戦です。日本がいなければマレー半島までソ連が占拠していた可能性を感じます。ただし日本も中国や満州を侵略しようとしていたのですから、中華民国や東南アジアにとっては敵の国名が違うだけですね。中国や満州を日本が守ったわけではありません。

 

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しかし日本は中国と戦争を続けながらアジアの共同戦線を宣言するのです。大東亜共栄圏構想が始まります。

 

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2015年8月 7日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する バビロニア

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子供の頃、バビル2世というアニメがあり大好きでした。超能力を持つ少年はバベルの塔(バビルの塔と言っていましたね)に住んで、ロデム、ポセイドン、ロプロスというロボット?を操る少年でした。バビルの塔は砂漠の中にありました。そのバベルの塔は聖書の物語です。あまりにも高い塔を建築したことが神への挑戦とみなされ破壊されたという「神話」ですが、そのモデルはメソポタミアにあるバビロニアの各都市に実在しました。

 

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メソポタミアの南部をシュメールと呼び北部をアッカドと呼びました。バビロニアはこの両地域を支配する当時にしては巨大な王国で紀元前19世紀ころから続くそうです。特に「目には目を、歯には歯を」(復讐法)が記されたハンムラビ法典のハンムラビ王が有名です。ハンムラビ法典は世界で2番目に古い法律と言われており、内容は残酷でした。今はルーブル美術館にあるそうです。ルーブルには行ったけど見なかった、やはり世界史は勉強しておかなくては大切なものを見落としますね。

 

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バビロニアには聖塔、ジッグラトが存在しました。今でもいくつかが遺跡として残っています。聖書にはレンガ造りでアスファルトを使った建物と紹介されています。産油国のイラクにあったバビロニアですからアスファルトが使われていたことは珍しくありません。しかしエジプトのピラミッドのような石ではなく、レンガで高層建築を作っていたのですから技術レベルがすごいですね。ギルガメッシュ叙事詩が粘土板で残っていたことを考えてもシュメールの文化は圧巻です。バベルの塔はバビロニアの首都にあったジグラッドがモデルといわれています。

 

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さてバビル2世の話に戻れば、ロプロスはインドの神ガルーダ、ポセイドンはご存じのとおりギリシャ神話の海の神とバビロニアには関係ないですね(笑)

 

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2015年8月 6日 (木)

原爆が兵器として初めて使われた日

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「広島に原爆が落とされた日」「日本に原爆が落とされた日」「非戦闘員に対する歴史上最大級のジェノサイドが行われた日」私も、以前はこんな風に考えていたような気がします。しかしこれらの表現は正しい一方で、現状の問題点を明確にはしていません。86日は「人類が初めて核兵器を使った日」であり、過去に誰が悪いとか誰が被害をこうむったとかそんな次元で考えてはいけない、地球生物を滅亡させる能力を持った兵器の今後について将来の子供たちに対してどのような行動をすべきかを考える日なのです。核兵器は個人の問題ではなく(もちろん個人の問題は重要で別に議論されるべきです)国家の問題でさえもなく、人類全体に課せられた問題です。その人類への問題提起の役割を広島と長崎が担っており、86日と89日はそのための一日です。

 

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現在でも戦争では劣化ウラン弾が使われています。放射性物質を含みますが核兵器とは言われていません。ウクライナに対して原爆を搭載した爆撃機が飛び立ったことがあるという噂もあります。核兵器を搭載した潜水艦はどこに潜んでいるかわからず、北朝鮮の核兵器も開発に成功しています。核兵器は今でも私たちを標的にしている、ボタン一つですぐに飛んでくる兵器です。もちろん根本は戦争の根絶が理想であり、毒ガス兵器や生物兵器のような人類に危機を与える兵器は核兵器以外にもあります。しかし核兵器に関しては別に協議する必要があるのです。例えば毒ガス兵器や生物兵器は根絶に向けた具体的な動きが明確に進んでいますが、核兵器は「抑止力」という名目で正当化された兵器のままであり、誰も根絶しようとはしていません。

 

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核兵器は拡散を続けており、アメリカに至っては「使える核兵器」つまり小型で放射性物質だけまき散らして兵隊だけを殺すような「通常兵器としての核」研究も続いています(多分既に完成しています)。これら核兵器を全否定しても始まりません。広島の悲劇を伝えるだけでもだめです。広島や長崎が伝えなければいけないのは核兵器の特殊性、特殊な被害です。特殊性はとにかく2次被害と目に見えない、国境を超える核汚染です。一次被害は通常爆弾と同じです。多くの人が爆風で爆死、熱線で焼死、身体障害者や戦災孤児という悲劇を生みます。これは核兵器も通常兵器も同じですが、広島の黒い雨で有名な核の雲、放射性物質の雨は子孫の代まで被害を膨らませ、人類や他の生物の遺伝子に異常を与え、一次被害の何倍もの範囲で何十年も、いえ最近の強力な兵器では何百年も被害を出し続ける事です。また攻撃した側にでさえも二次被害を与えます。

 

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広島や長崎の惨状をしっかりと把握し、第一歩として抑止力は核兵器以外の通常兵器に置き換えていく事で核兵器の根絶を目指し、その後で軍縮に進んでほしいですね。アメリカやロシアが核兵器を持っている以上、北朝鮮等にだけ核の根絶を訴えても誰も理解できません。

 

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日本の歴史を少し正確に理解する 戦争の抑止について考える その3

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精神論と言われるかもしれませんが、戦争を抑止するうえで最も重要なのは教育です。第二次大戦後、多くの日本国民は「すぐに再戦」に向かっていたようです。しかし現在の日本でアメリカとの戦争を唱える人はいませんし、アメリカ嫌いの私でもアメリカとの戦争なんて全く考えられません。関係の悪い北朝鮮との関係もアメリカ頼み、日本から北朝鮮に戦争を仕掛けていこうと考える人はいません。日本が戦争を避けるのは憲法9条のおかげという人がいるかもしれませんが、私はGHQが主導した戦後の反戦教育にあったと感じています。

 

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反戦教育とは何か、韓国などの反日教育と同じく洗脳的な教育です。まず日本に「基本的人権」を周知させ「天皇のため」「国のため」に戦おうとする動機を無くします。自分が主権者なのですから天皇陛下のために戦うという意味が現在の私たちにはわかりません。大戦の時に天皇が最前線に立つことがなかったように、主権者である国民は戦争の最前線に立ちたくありません。「主権者なのですから。」日本の反戦教育の一つの特徴は日本が加害者だったという説明を十分にしないで、被害者であるという意識を植え付けました。「戦争をすれば痛みは自分たちが被る」「戦争は無益で怖い」、人は加害者になる事に罪悪感を覚える以上に、簡単に被害者になる事を避けようとします。原爆、空襲、特攻、これらに被害者意識を持つ日本人を育てることで自分が、子供たちが被害者になりたくないという強い意識を持ち「二度と戦争を起こさない」と決断しました。反戦教育は戦争責任という面で大問題ですが、戦争抑止という面では大成功であり、他の国からも「結果オーライ」と了解いただきたい教育方針です。

 

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ただ少し気になるのは被害者意識が強すぎて、被害者になりそうな状況ではパニックになります。現在の韓国との関係が良い例なのですが、反日運動が激しくなると嫌韓論が強くなってきました。日本に強い加害者意識があり、自衛隊の力を十分に信じる事が出来るなら、日本は韓国がどのような反日感情を抱いても、「国家間の問題」として気にせず韓国の人を嫌いになることなく仲良くできるはずです。長い間、そうしてきたのに最近は国民感情からも韓国を嫌う風潮が出てきました。韓国製品が Made in Korea を隠すようにさえなってきましたし、韓国の芸能人を日本で見る機会もなくなってきました。これは被害者教育の弱点で、精神的に防衛意識が強すぎるような気がしています。韓国に行くと危険である、韓国の人から危害を加えられるかもしれない、日本在住の韓国の方でさえ日本に対する強い復讐心を持っているのではないかという「根拠のない防衛意識」が働いて危険を避けるように勧告を避けているような状況です。

 

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もう少し加害者であったという意識を強めながら日本の国力に自信を持って、粘り強く韓国との良い関係を築いていく国民性を育てていくのも教育と感じています。

 

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2015年8月 5日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する メソポタミア文明

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神話を一通り見てきました。さあ歴史の話に入ります。

 

日本でもそうですが、文明は神話に強い影響を受けています。日本でも科学が不思議を解き明かすつまらない時代なのに、太陽神アマテラスは巨大な存在のままで、伊勢志摩サミットも開かれることになりましたね。神話の知識を聞きかじっていればその土地に住む人の考え方、精神的背景がわかります。メソポタミアはギルガメッシュ叙事詩が育った場所で、長い間バビロニア帝国があった場所です。バビロニア帝国についてはバベルの塔の話もありますので次回にしっかり調べます。

 

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シュメール人のメソポタミア文明、バビロニアはヒッタイトという国に滅ぼされます。ヒッタイトは現在のトルコの位置に存在した国です。その次にペルシアが登場するのですが、あまり先に進んではいけませんね。バビロニアの神話が埋もれて19世紀まで発見されなかった理由は異民族に制圧されたためです。古代エジプトも同じく民族は滅亡していますがヒエログリフの解読によって失われた歴史が復活します。中国は少し特殊で今でも漢字が使われているため歴史は伝承として現代まで続いています。その上、近年になって考古学的に古い歴史の発見が続いていますので「メソポタミアが最古の文明」とは言いづらいのですが、少なくともエジプトやギリシャの文明には先んじています。

 

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「旧」約聖書は古い歴史書のように感じますが、現在ようにまとまったのは西暦50年頃だそうです。しかし長い間書き足されてきた書物なのでメソポタミアの歴史や神話がたっぷりと織り込まれていたとしてもおかしくはありません。例えば旧約聖書のエデンの園はメソポタミアにあったと言われていますし「リンゴ」はギルガメッシュ叙事詩にも出てきます。ノアの方舟とギルガメッシュ神話の箱舟の共通性は先日取り上げた通りです。ギルガメッシュ叙事詩には暴君のギルガメッシュが反省する物語でした。「竹取物語」は藤原家が反省するために自分たちでまとめた物語である可能性がありますが同じことが言えるのかもしれません。バビロニアの王家に暴君が多かった事はわかっており、ハムラビ法典は差別自体を立法化した文章だったようです。ギルガメッシュの物語は暴君が反省、もしくは贖罪としてまとめた神話なのかもしれません。

 

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今のイランとイラクがややこしいことになっているのはイギリスが原因ですが、暴君と言えばフセインを思い出しますね。暴君が生まれやすい地域なのでしょうか。

 

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2015年8月 4日 (火)

日本の歴史を少し正確に理解する 戦争の抑止について考える その2

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大東亜戦争は日中戦争が突然拡大したわけではありません。きっかけはアジアに迫る植民地化の危機でした。江戸幕府は鎖国という手段でキリスト教や阿片を使った内部崩壊型の植民地化を防ぎました。これには一定の効果があったと感じています。しかし産業革命をきっかけとしてアジアに欧米の軍隊が迫ってくる中、日本には路線変更が必要でした。たくさんの藩がバランスをもって分散していた江戸幕府が日本という一つの国にまとまって戦力の強化が行われました。それが明治維新であり、覇者は薩長連合でした。尊王論は国を一つにまとめる上で、効果的な思想でした。

 

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明治以降の戦争の日本の最初の目的は自衛でした。自衛は立派な戦争であり開戦の口実です。他国の脅威に対抗できるだけの防衛力を身に着ける、それが明治時代の第一目標でした。富国強兵が行われ明治政府はプライドを捨てた西洋化、産業革命を進めます。この時点で一つの間違いが生まれます。「日本」という国が存在しない状態から国を生み出そうとしたとき「どこからどこまでが日本なのか」わからなかったことです。日本にとって海は国境線だったのに産業革命がその垣根をなくしてしまいました。国土は広い方がいい、それが屯田兵であり、琉球処分であり、征韓論だったのでしょう。この思想は結局留まる事を知らず、朝鮮半島の併合、台湾の植民地化、満州国、大東亜共栄圏、真珠湾攻撃と続くのです。世界の歴史を見ればこのような無制限の領土拡大を行えば国が弱体化します。地方が反乱する、これがまさに戦前の日本でした。アレクサンダーも、ローマ帝国も、元も同じ失敗をしているのに日本は島国だったので世界史を学ばなかったのでしょうか。

 

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日本が軍国主義を途中でうまく制御できれば、異常なほどの国土拡大路線を取らなかったでしょう。制御できず拡大を続け、中央から離れた地方軍の統制が取れなくなり、政府が軍隊に乗っ取られます。ロシアもアメリカも大正時代頃から日本を仮想敵国に設定したのでしょう。拡大路線の危険を察知していたのです。もちろん日露戦争は直接対決でした。こんなことを言うと無茶苦茶怒られるでしょうが、日本が侵略しなければ中国はロシアかアメリカに占領されていた可能性があります。もちろん占領されても日本との戦争よりはるかに被害は小さかったかもしれませんし、想像にすぎません。

 

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軍隊を暴動させないルールを作ることが重要と前回はまとめましたが、ルールの有無にかかわらず自衛のための軍隊を過度に拡大、分散する事も危険です。既に自衛隊は少々過度に強力で分散した軍隊と感じています。ただこれは日本以上にアメリカにも言える事で、アメリカ軍も大きくなりすぎているような気がしますし、それに対抗する中国軍も大きくなりすぎているような気がします。お互いが拡大路線で軍事均衡ができつつあるのです。政府が軍をコントロールできている間は日本との戦争が起こる可能性は低いと思いますが、反日教育を繰り返す中、最先端の軍隊が暴走し日本やアメリカの基地を攻撃しないか心配ですし逆にアメリカ軍が口火を切らないのか不安です。満州事変も大東亜戦争もそんな理由で始まっており、政府は戦闘を追認し開戦しているのです。危険なのは自衛のための軍拡なのです。また過度な領土意識も危険なように感じます。繰り返しますが明治より前に日本などという国はなく、「昔からの日本領土」論は日本書紀の記述を引用した征韓論と大差なく危険です。戦争をしなければ領土が決まらないのであれば、白黒つけず共同管理という方法もあるはずであり、資本主義から少し引いた自衛はメリットが大きいはずです。

 

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2015年8月 3日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する 中国神話

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中国の場合、神話と信じられていたのに実在が証明されてきた文明があります。例えば殷であり、夏に至ってもほぼ実在が確認できています。中国には空想の神話を文書化するという国民性というか文化がなかったようなのです。つまり神話ではなく、歴史という考え方が強く、寿命は長い物の神話時代の神々に神がかり的な能力はほとんどありません。神としてではなく「帝」として描かれています。

 

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そもそも神として中国で見かける像は「関帝」ばかり、つまり三国志の関羽です。間違いなく歴史上の人物ですね。横浜中華街に行っても関帝廟があります。日本のような「神社」はあまり見かけませんね。もちろん地域によっては神社があり、中国南部では日本にわたってきたと思われる鳥居の原型のような存在もあります。

 

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そんな面白味の欠ける神々の中でも「天帝」という神がいます。全体を見渡す神ですが創造神ではありません。中国の神話として三皇五帝があるのですがこの三皇があま定まっていません。神農とふっき(「き」の文字が当用漢字ではありません)は共通性が高いようです。神農は農業と薬の神様でわかりやすいですね。彼らを華族と呼び、その子孫が華の中心に座す、中華とはここから来た名称のようです。

 

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重要なポイントとして中国では神話を信じていない、その分、歴史が正確であるという事ですから覚えておきましょう。

 

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2015年8月 2日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 戦争の抑止について考える その1

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大東亜戦争が開戦しました。ここまでの歴史を見て何が悪かったのか、どのようにすれば開戦が止められたのか考えてみます。

 

現在、憲法9条の改訂や自衛権の発動に対する意見が交わされています。議論の内容が難しくてわかりにくいのですが、賛成や反対の意見を述べる前に「なぜ第二次世界大戦が起きたのか」考えましょう。一つにはアメリカの恐怖が迫っていました。現在の北朝鮮がアメリカに対して感じている恐怖に似ています。北朝鮮は中国やロシアからも距離を置かれつつあります。大東亜戦争前の日本は中華民国と対立し、ロシアとも対立しており孤立状態です。そこに世界の正義(パックス・アメリカ)を名乗り日本が脱退した国際連盟を内包するアメリカが近づいていました。戦前の日本は現在の北朝鮮に似ている、いえ、それ以上に悪い状況にありました。更に悪い事に大日本帝国軍は確かに強かったのです。

 

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満州の占領が国際連盟脱退のきっかけとなりましたが、満州事変は関東軍の暴走です。犬養首相も昭和天皇も「寝耳に水」でした。それまではアメリカとは友和路線を築こうとしていたようにも見えます。確かにハワイ占領について大隈重信は「侵略である」と強い抗議をしていますが、それ以外はアメリカと対立する動きがありません。真珠湾攻撃の奇襲が大成功したのは日本が攻めてくるとは思わない、日本軍の奇襲は半信半疑だったのではないかと感じています。もちろん日本から歴史に残る大艦隊が向かったのですから情報がアメリカに洩れなかったという事にも疑問は感じます。

 

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戦争の発端の一つは日本で軍隊の統制が取れなかった事、暴走やクーデターの発生を許してしまう仕組みにあった事です。個人的な意見ですが自衛隊は日本の正規軍として政府の統率を強めるべきです。憲法9条の縛りがある事で自衛隊による戦闘が基本的に全て憲法違反となっていますが、これは自衛隊の暴走を止める事が出来ない事を意味しています。存在自体が違憲であれば内乱だって違憲なのですから敷居が低くなるのです。現在行われている自衛権の行使に対する整理やルール作りは重要です。ルールが多少曖昧であっても正当な先頭の範囲を定義することで暴走を抑止すべきです。もちろんアメリカ軍に連れられて戦争に参加するようなことがあってもいけません。現在の憲法9条は本当の意味での戦争抑止にならない、すべてを否定するとすべての行動が暴走となるのですから始まってしまえば戦闘が暴徒化する危険性をはらんでいると感じています。自民党嫌いの私ですが自衛隊正当化、戦闘行為行使のルール作りの方向には賛成です。

 

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他にも戦争を抑止する(暴徒させない)事は無いでしょうか。

 

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2015年8月 1日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する ケルト神話

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ゲルマン(ジャーマン)民族に追いやられ、島に閉じ込められたケルト民族。追いやられたとはいえ絶滅しなかったため神話が残りました。しかしケルト民族は文字を持っておらず、アーサー王の時代より後に、キリスト教の影響を受けながら文字化されました。それでも十分に古代の伝承を残していると考えられます。なおケルト民の移動はヨーロッパの歴史において重要ですし、エクスカリバーを持つアーサー王は特に重要人物ですから「神話」となっているものの別に機会に触れます。

 

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ケルト神話は他の神話に比べれば知名度が低く、私もほとんど理解できていません。ただし特徴として唯一神のキリスト教の影響か神の数がほかの神話に比べれば少なく、どちらかといえば人間同士の戦いの物語です。ただし人間とはいえ神に近い特殊な能力を持っています。神話というより物語の色合いが強く、特に最後のアーサー王神話はどちらかといえば伝記に近くなっています。

 

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少し有名どころでいえば、アリアンロッド、杖をまたいだ時に生まれた息子?に呪いをかける不幸な母親です。人間味にあふれるエピソードです。ク・ホリンは5世紀に存在したと言われる闘将です。他にも太陽神ルーなどがいますが、ほとんど聞いたことがない神々ばかりですね。

 

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さてここで、神話の話は終わり…の予定だったのですが、一応中国の神話も見ておくことにします

 

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