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2015年7月17日 (金)

日本の歴史を少し正確に理解する 満州事変

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満州事変は端的に言えば1931年、昭和6年の関東軍独走による軍事占領です。満州とは中国の東北部を指します。最初は日本が占領しますが、国際批判をかわすため日清戦争で打ち破った清の最後の皇帝である溥儀を据え、満州国を作ります。私の両親の世代には満州生まれの人が少なくありませんでした。膨大な数の日本人が満州に渡っていたようですから、満州国は傀儡政権で実質日本の支配だったのでしょう。満州事変を単独で見ると発生事由がわかりにくいので、少し背景を見てみましょう。満州には鉱山とそれをつなぐ満州鉄道、そして不凍港(ウラジオストック等)があります。満州は満州民族の土地で中華民国の支配下でしたが、最初はソ連に奪われ、満州事変で日本(満州国)が奪います。日露戦争は終わっていますが日本とソ連は常に緊張状態、戦争状態にありました。ノモンハン同様、満州事変もロシアが関与しています。日本として最大の目的は資源の利権ですが、もう一つの目的はソ連からの防衛最前線を押し上げたかったのでしょう。その為、関東軍が暴挙に出たのです。なお第二次世界大戦で満州国はソ連に滅ぼされ、今でもウラジオストックを含む満州の一部はロシアに占領されたままであり、中華人民共和国に返還されることはなさそうです。

 

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ややこしいのは「関東軍」という名称です。東京にある陸軍が派遣されたブランチ・オフィスなのかと勘違いしてしまいますが、日本が中華民国より租借していた遼東半島の先端部分を「関東州」と呼んでいたようで、日本の関東とは全く関係が無いそうです。当時は他にも台湾軍、朝鮮軍など地名を名乗る軍隊がありました。関東軍は日本陸軍の総軍の一つだそうです。その関東軍が昭和天皇の許可なく独断で満州事変を起こします。当然、死罪を含む処罰対象です。そのため総理大臣も満州国の創立を承認しようとしませんでした。その犬養毅首相は暗殺されるのですが、五・一五事件については次回の話とします。第二次世界大戦も含め、関東軍が戦争の起点となったのは事実ですが、だからと言って大日本帝国と切り離すことはできません。大日本帝国軍の一部なのですから。

 

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関東軍が満州事変を起こした理由は中華民国やロシアが遼東半島や朝鮮半島に迫っていたためです。遼東半島からは満州鉄道が続いており、満州鉄道の利権を失う事はできませんでした。その為、中華民国の反対勢力である張作霖を殺害し、それでもうまくいかないので満州を軍事占領したのです。短絡的だと感じます。当然、国際世論が許さなかったので、中華民国に追われた清朝最後の皇帝である溥儀を据えて1932年に満州国を設立します。その1か月後に、リットン調査団が満州を視察して「満州国を認めない」という国際連盟の判断を下し、結果、日本は国際連盟の脱退を決めるのです。

 

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昭和天皇も犬養毅も反対している事から(正確に言えば天皇陛下は関東軍に対して激怒し、当時の田中総理を辞職させています)、関東軍の独走は間違いありません。独走は大罪であり、死刑に相当しますがなぜ関東軍は生き残ったのか。五・一五事件での日本の変化を見ておかなければいけません。

 

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