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2015年7月10日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 中東の地形図を眺めてみる

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地球の気候は大きく変化するので現在の地図が紀元前6000年から前3000年頃の地形と同じとは考えていません。地形ばかりではなく気候も変化し、エジプトは今よりも緑地が広く、スフィンクスに水の跡が残っている事から湿潤な状態にあった事はわかっています。それでも地形図は参考になります。現在の国境線は複雑ですが、メソポタミアの地は平坦で人の移動を遮る物は川だけであり、その川さえも船舶の運航に利用でき、シリアを通り地中海までつながっています。メソポタミアは古代でも他の地域との交流が容易であったと想像できます。地図を見れば今でも「メソポタミア」という地名が見つけられます。この辺りは古代バビロニアなどの国が栄えたところです。

 

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イラクは大河に囲まれているため暮らしやすそうな地域です。一方でペルシア、今のイランはイラクに比べれば山が多く、巨大な川もなく、北にはカスピ海があるとはいえ住みやすそうではありません。トルコは丘陵地帯ですが砂漠に近いメソポタミアに比べれば雨が多く少し高地なので気候も穏やかそうです。トルコといえばヒッタイトやオスマン・トルコという大帝国が存在しまいた。メソポタミア、ペルシア、トルコ、そして驚いたことに中国はこの辺りの覇権をかけて歴史の中で戦いを繰り広げます。その影響でゲルマン民族やフン族が押し出されヨーロッパが大騒ぎになるのです。

 

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メソポタミアからエジプトまで陸伝いに進みますと間に砂漠地帯が続きます。湖である死海は塩分濃度が高く飲料水にはなりません。この一帯ではオアシスも少なく過酷な地域と考えられます。現在ではイスラエルとヨルダンが存在する場所、カナンの地です。重要なのは聖地「エルサレム」が存在する事でしょう。この過酷な気候のため強力な国は長い間存在できず、常にエジプト、メソポタミア、トルコ、ペルシャにいじめられる中間地帯でした。エルサレムの争奪戦も貿易の障害となった事でしょう。

 

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メソポタミアからエジプトに行く場合、ヨルダンやイスラエルを通過するルートは過酷です。チグリス・ユーフラテス川を登れば波の穏やかな地中海があり、北にはトルコがあります。エジプトに向かうにはシリアやトルコからですと船の方がよさそうですが、メソポタミアとエジプトの貿易を邪魔するのはトルコであり、キプロスであり、クレタ島でしょう。ギリシャからエジプトに向かう場合でもクレタ島があります。このクレタも古代文明の島であり、近いうちに勉強します。ちなみにカナンを中心に戦争が起きたときメソポタミアはサウジアラビアを通過して紅海に出てからエジプトと交易します。その時代にメッカで発生したのがイスラム教です。砂漠だらけのサウジアラビアを横切ったのですから、よほど強い国だったのでしょう。

 

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