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2015年6月 3日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 福沢諭吉

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「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉が有名ではありますが、彼の言葉ではなく学問のすすめという本の中で引用しただけです。平等論、平和主義者という印象があるかもしれませんが、正しく言えば「西洋かぶれ」で特に清を蔑視しており日清戦争を推奨した人物です。朝鮮半島では嫌われ者ですが日本人としてその理由を知らないと恥ずかしいから調べてみます。彼は何度も欧米歴訪しており、幕府の通訳であり、脱亜論(脱亜入欧=アジアの国から脱却しヨーロッパの国となる)を推奨します。今でも日本は西洋かぶれの傾向がありますし、私も西洋文化好きなので(決して脱亜論ではありませんが)奇人というわけではなく、日本人感覚の一つの極論に達した人です。

 

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彼は中津藩士(大分県)であり、慶応義塾大学創始者として有名です。蘭学の緒方洪庵に適塾で学び、江戸時代のうちに蘭学塾として慶応義塾を設立します。教育者として有名であり、政府のブレーンとして働きます。ただし薩長閥とは対立しており、特に憲法論においては彼が大好きなイギリス式の議会政治、つまり選挙で権力者(内閣総理大臣)が選ばれる方式を推奨していましたが、枢密院はビスマルク憲法(明確な内閣の規定は無し)を選択したので落胆して政府から距離を置くようになります。

 

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欧米かぶれのせいか、一夫多妻を非難、男女平等を推奨していますが尊王思想を否定しているわけではありません。一方自由民権運動は否定しています。とにかく彼はアジアが嫌いで、蔑視のレベルであり、欧米の文化を取り入れない朝鮮半島や清に対する戦争を推奨しています。彼の言う平等はキリスト教徒の平等意識に近く、天皇の下にある日本国民の平等を説いているのです。期待外れと言ってはいけません、平等や平和が現在のレベルに到達するまでにはステップがあります。福沢諭吉は平等には前向きでしたが、武士であったせいか武力行使には常に前向きだっただけです。韓国併合は彼の思想に基づくところがあり、そのため韓国からは嫌われるのです。当たり前ですね。

 

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福沢諭吉には良い面も悪い面もありますが、憲法論、教育者、そして男女平等を推奨した事を考えればお札の肖像に使われるレベルの人物だったとは感じています。ただお札の肖像はかなり高齢になった後の彼の写真を使っていますが、若いときの写真を見ますと現代でも通じるイケメンです。若いときの写真を使ってあげればいいのに。

 

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