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2015年6月 1日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する 山縣有朋、井上馨、大村益次郎

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悲業の死を迎えた明治維新の志士は物語となりやすく、小説の主人公として有名であり、結果として歴史教科書も有名人です。しかし大日本帝国を作り欧州の大国と対等に渡り合ったのは明治時代の政治家です。彼らにも少し触れておきましょう。

 

山縣有朋は伊藤博文と並び立つ長州、松下村塾出身の英雄ですがとても嫌われているのです。小説の影響もあるのでしょうが最大の理由は長生きしたからでしょうか。伊藤博文よりも長生きで大正時代まで生きています。徴兵制、陸軍大将、自由民権運動の弾圧などで有名ですが、徴兵制の設計図は大村益次郎が作っており、彼が生きていれば山縣有朋の活躍は無かったかもしれません。また西郷隆盛を失ったことにも責任があり、伊藤博文死後の行動も嫌悪感を抱かれる理由でしょう。

 

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さてその大村益次郎とはどのような人物でしょう。彼は長州出身で適塾塾頭であり医者です。その一方で軍事の天才という異色の才能を持ち、明治維新の英雄の一人です。徴兵制を立案するも明治2年に暗殺されてしまいます。詳しくは司馬遼太郎先生の「花神」を読んでください、「竜馬が行く」に並び立つ名作です。

 

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さて外相、井上馨も忘れてはいけません。伊藤博文を総理大臣に推挙したとも言われていますが本人が総理大臣になる事はありませんでした。ただ明治時代の難しい国際関係の中で外相を務める政治力は平成の政治家も見習うべきです。日英同盟やアメリカとの関係など、日本が日露戦争に勝ってポーツマス条約を結べたのは政治力です。

 

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大隈重信、福沢諭吉などまだ触れていない人物はたくさんいますね。

 

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