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2015年6月13日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 先史時代

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世界の歴史はわずか4000年しかありません。何故でしょうか。歴史は「文字の始まり」を起源にしているからです。「史実」とは文字として記録が残っている事実(?)であり、歴史とは史実の歴(つみ重ね)です。しかし人間の歴史はそのはるか昔から続いています。子供の頃にムー大陸やアトランティスの話題が大好きでした。夢がありますよね、私は今でもこれらの伝説を完全な嘘とは思っていません。文字による歴史以前でも伝承はある、例えば古事記や日本書紀の神話時代の記述がすべて創造神話かと言えばそうではなく何かの史実があると考えてよいですし、出雲大社は実在が確認できた「先史遺跡」です。古墳のような巨大で高度な遺跡もたくさんあります。「神話」は文字ができた時に文字ができる前の歴史を急いで集めた歴史です。神話は文字にした段階で人々の記憶からは消えます。もう文字に残したから消えてもかまわないからです。ただ文字が無かった時代、人々の記憶力は今よりもはるかに優れており、神話を語り継ぐ職種の方がいたようです。毎日のように神話を繰り返し記憶した、一生をかけて何千回も、何千年も。それでも確かに神話には少しずつ伝承ミスや勘違いが入り込んで不正確であり、何らかの解釈を試してみる価値が生まれます。神話の話はまた今度。

 

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世界には石器がたくさん残っています。腐らないからです。しかし木製品は腐ってしまい残っていません。また金細工は残りますが青銅器は錆びてしまいます。炭素による時代推定は残念ながら残っている炭素からしか判定できません。人間の創作物として最も古いものは石器と絵画です。石器や骨角器、埋葬などは4万年ほど前に発生しています。洞窟により風化から免れた3万年から1万年も前の絵画が残っています。絵を描くという行動は「絵を描く時間があった」事を意味します。埋葬という行動もコミュニティーがあったことを意味します。集団行動自体はサルでも行いますが、埋葬となると強い人間関係、つまり言葉や音楽、そして文化があったと想像できます。芸術の分業が発生し、芸術のような「非生産的業務」が役割として存在していたことを意味します。3万年も前から文化は発生していたのです。3万年前の人たちは単に言葉を持たないだけで、想像する以上に、いえもしかすると私たちよりも質の高い文化を持っていたのです。

 

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人類が人数を劇的に増やすことができたのは備蓄、農耕、牧畜という食料を確保した越冬技術を手に入れたからと考えています。リスは備蓄しかできませんからね、数を爆発的に増やすことはできません。これら技術の開発は約10000年前と考えられます。個人的な意見として、これらの技術は人類の頭脳が進化して発見したとは考えていません。気温の低下で越冬技術を開発したグループだけが生き残れただけだと考えています。土器、農耕、牧畜の発達には地域性があります。日本では土器が育ちましたね。乾燥地帯では放牧が、雨が降る所では農耕が育ったようです。日本は山と海があるため採取と備蓄だけで冬を乗り越える事が出来、放牧も農耕も育ちませんでした。その為本格的な寒冷化が起こった縄文時代には山地が後退した(海と山との間に距離ができた)ため食料が不足し、絶滅しそうになったのです。採取だけでの越冬は困難でした。弥生時代に近づいたころ中国で育っていた農耕技術が取り込まれて日本は復活しました。越冬技術は環境に合わせて選択、伝承され淘汰されました。

 

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人類が日本に到達したのは5万~7万年ほど前のようです。ネアンデルタール人は3万年前まで生存していますので、共存の時代です。25千年ほど前の土偶がチェコで見つかっており宗教が育っていたと考えられます。しかし突然宗教が発生するはずもなく、既に長い文化が蓄積されたまたま25千年前に作られた土偶が、ヨーロッパという気温が低く、腐食の影響がアフリカに比べれば少ない所で現代まで残ったということでしょう。人類文化の歴史は3万年以上ありそうです。文字記録が開始されたのは約3700年前、それ以前の歴史が残っていないのは残念ですね。次回はムー大陸とアトランティス大陸の話。

 

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