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2015年6月 4日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 大隈重信

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佐賀藩士にして総理大臣になった人物であり、早稲田大学の創始者です。教育者であり政治家であるという二面性を見れば、福沢諭吉より日本の歴史に対する貢献は大きく、彼こそが紙幣の肖像に使われるべきと感じています。もしかすると昔使われたのかな?明治維新に関与していない佐賀藩士ですが明治政府の外相を歴任し、1898年には総理大臣となりました。ただ紆余曲折が激しく憲法論で負けて下野し、その時に早稲田大学を創立しています。

 

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彼もかなりの西洋かぶれで、慶応大学創始者の福沢諭吉と似ています。ただ彼は伊藤博文をライバル視していたようで、高い所を目指していたようです。グレゴリオ暦(西暦)を日本に導入したのは彼ですので感謝しています。大隈重信は純粋な西洋崇拝ではなく、アメリカがハワイを滅ぼし併合した時には思い切りアメリカを非難しています。もちろん大隈重信はアメリカのGo West政策を知っており、次は日本が危ない事を知っていました。ただしこの時点ではまだアメリカと日本の関係は良好です。

 

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大隈重信は西郷隆盛とも伊藤博文とも仲が悪いのに、なぜここまで活躍し、総理大臣にまで到達できたのか不思議に感じます。薩長派閥による支配は30年近くに及んでいましたが、さすがに国民による批判があり維持できなくなったのではないでしょうか。もちろん天皇家と直結する枢密院があるので総理大臣が誰になろうとも表向きの顔であり、裏では薩長による支配が続いていたと考えています。

 

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ここから明治時代の戦争について学んでいきます。

 

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