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2015年6月

2015年6月30日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する ギリシャ神話

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詩人ホーメロスの叙事詩イーリアスとオデッセイアは紀元前98世紀頃の作品です。ギリシャ神話は吟遊詩人の歌の形で残っています。叙事詩なので物語が切れ切れなのですが、内容が面白いので大学時代に解説本にはまりました。イーリアスとオデッセイアはトロイア戦争の説明が中心であり、トロイの木馬、アキレウス(アキレス)など現在でも単語として使いますし映画化されています。トロイア戦争の前に、オリンポスの神々について見ていきましょう。創世神話は有名ですね、空間つまりカオス(今では混沌といいます)から大地の女神ガイアと天ウーラノスが生まれます。彼らの後を継いだのがティターン神族である巨人クロノスです。クロノスは子供たちであるオリンポスの神々、ゼウス、ハデス、ポセイドンなどに殺されます。ここでお断り、カタカナ表記名は正確ではありません。最近の歴史でカタカナ表記が大幅に見直されており、現地の発音に修正されつつあります。しかし新しい表記を使うと私には理解ができなくなりますので古い表記を使います。ご了承ください。

 

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神々は有名人ぞろいです。オリンポス12神には天空神かつ雷神のゼウス、光の神アポロン(太陽神ではないそうです)、ギリシャの首都アテネの守護神で戦争の神アテナ、愛と美の神エロース、その母であるアフロディーテ(ビーナス)、軍神アレス、処女神アルテミス(英名ではダイアナ)、海洋王ポセイドン、冥界の王ハデスなど。彼らの物語はどれも秀逸で後日紹介する「パリスの審判」などは現代小説よりはるかに面白いと感じます。さてトロイアの戦争は神話と考えられてきましたが、シュリーマンがトロイアを発掘した事で史実を背景にしている事がわかってきました。

 

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イーリアスとオデッセイアで描かれるトロイア戦争は増えすぎた人間を減らすためにゼウスが起こした神と人間との戦争の物語です。アキレウスは中でも最強の武将であり、恐ろしく早く移動します。無敵の彼がアキレス腱を切られたことで敗北したことは小学生でも知っている有名な物語ですね。トロイアの木馬の話も有名です。ギリシャ神話に似た話は新約聖書にいくつか登場します。驚いたことに日本の古事記にも登場します。しかし更なる原点はギリシャ神話より古いメソポタミアの神話と言われています。メソポタミアに残るギルガメッシュ叙事詩は神話というより歴史的な要素が多く、神話とすべきか歴史とすべきか悩んでいるところですので最も古いのですが最後の頃に紹介します。

 

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それではギリシャ神話のいくつかのエピソードを見ておきましょう。

 

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2015年6月28日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 近年の火山噴火

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火山噴火による直接被害は地震に比べれば少ないのですが、気温低下や降灰による地球全体への被害をもたらし、飢饉の起因となるなど間接的には地震以上の被害を出すことがあります。近年、日本の火山活動は落ち着いていた物の東北の震災以降は徐々に増えています。減災に役立てるため、どんな噴火や被害があったのか見ていきましょう。なお死亡者数は当時の戸籍の精度がわからないものの、かなり少なめな数字と想像しています。

 

1640年 駒ヶ岳山体崩壊で海に流れ込み津波が発生、死者は700名ですが、当時の北海道の人口は10万人もいなかったと言われており大災害です。1663年 有珠山噴火、青森からでも噴煙が見え、秋田県でも空振を記録しています。1667年 支笏カルデラ噴火、苫小牧市で火山灰が12mです。

 

怖いのは駒ヶ岳の山体崩壊です。崩れた山が海に流れ落ち100mクラスの津波を引き起こして大量の死者を出しているのです。万が一、富士山が山体崩壊し海に流れ込めば東京壊滅さえ起こると想定する学者もいるようです。苫小牧で火山灰が2mというのも恐ろしいですね。多くの家や人が火山灰に埋まります。火山灰に埋まった人を掘り出すことに成功したボンベイの被害を思い出しますね。

 

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さて富士山ですが、1707年、南海沖の大地震であった宝永地震の49日後に大噴火しています。江戸にも降灰があったようです。日本有数の巨大火山ですから怖いですね。他にも1800年までに1739年 支笏カルデラ噴火、火山灰が1m1779年に桜島噴火153名死亡、江戸にまで降灰。1792年 雲仙普賢岳の山体崩壊で津波発生、死者15000人など。

 

桜島と言えば火山灰という印象ですが、噴火には山ごとの個性があります。雲仙普賢岳には「崩壊」という印象があります。なお桜島の周りの鹿児島湾はカルデラです。桜島は世界有数の巨大火山の一部であり、全体が噴火すれば日本どころか人類滅亡の危機となるようです。

 

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もう少し近年ではどうでしょうか。

 

1888年 磐梯山の山体崩壊が村を襲い461名死亡。1902年 伊豆鳥島噴火で島民全員死亡、怖いですね。先日の口永良部火山噴火では島民全員が避難できたのは素晴らしい成果です。しっかりとした準備ができていたのですね。1914年 大正の桜島噴火で九州と陸続きに。死者58名。記憶に新しい所で1990年 雲仙普賢岳で火砕流発生、死者不明者43人。テレビで中継されましたね。

 

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歴史からわかるのは山体崩壊という現象が意外と高頻度に起こっており、膨大な直接被害を出すことです。アメリカに山体崩壊の映像が残っていますが恐ろしく、おもちゃの山が崩れるようでした。火山は溶岩が盛り上がってできていますので気泡が多く、脆いのでしょうね。雲仙普賢岳の火砕流は今でも記憶に新しいのですが、他の噴火と比較をすれば被害の規模として大きくありません。先日の御嶽山の噴火は近年の登山と言うレジャーが招いた被害であり、昔のように山を神格化し、登る人がいなければ被害は全く出なかった小規模な水蒸気噴火でした。1900年代は日本人口が増えているにもかかわらず火山被害者が少なく、比較的落ち着いた100年だったようです。それだけにエネルギーがたまっています。山体崩壊を伴う大規模噴火は100年から150年に一回、前回から約120年が経過しています。津波が起きれば怖いのですが、関西には火山が無いので少し安心です。ただし山体崩壊では地震よりも高い津波が来るので九州からの津波で関西が被害を受ける可能性は残ります。地震よりはましですが、噴火も予知が難しそうですから、やはり運を天に任せるしかなさそうですね。

 

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2015年6月27日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 神話

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日本には古事記と日本書紀という8世紀の「歴史書」があります。文字が無い時代に天皇家の歴史を記憶し伝承する役職だった稗田阿礼(個人名か役職名かわかっていないようです)の説話を文字にしたのが古事記です。古事記の内容は(日本書紀と比較しても)生々しく、現代語に訳せば天皇家のスキャンダル誌です。この二つの歴史書については日本史の勉強で触れましたが、多くの神話を含んでいました。海外の神話も似ており、子孫を残す活動を表現する事が現在のようにタブーにはなっていませんでした。個人的に最も面白いと感じている神話はギリシャ神話です。神々の名前は日本でも有名で、ゼウス、アポロン、ハデスなどアニメやゲームに頻出です。神話には創世物語がありますが、ギリシャ神話は壮大ですね。日本のイザナギとイザナミは既に地球があるところから始めて淡路島を作るのですが、ギリシャ神話はカオスから始まります。ヒンドゥー教の創世神話もすごいのですが、一方で末世思想があり、破壊神シヴァは有名です。インドの神々は仏教の神々となり日本でも神となっています。

 

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エジプト神話やインドの神話も面白いのですが、神話の多くは宗教につながっていきます。旧約聖書でも最初は神話に近いですね、とても怖い物語が続きます。日本国憲法よりもはるかに厳しい戒律が並んでおり、その厳しさから逃れるために新約聖書(キリスト教)やコーラン(イスラム教)が派生します。世界史を学んでいく場合、宗教は避けて通れませんが先の話で、現段階では原点である神話を眺めます。今回触れようと考えているのはギリシャ神話、エジプト神話、インド神話です。メソポタミアの場合、神話の時代から歴史が残っているためギルガメッシュ叙事詩だけに触れ、その前の神々については触れません。神話を含む古事記が歴史書として扱われるように、これらの神話は歴史的な真実を含んでいると考えています。また神話は各国の歴史や宗教に大きな影響を与え、文化に影響を与えていると考えています。

 

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今回は扱わない神話にローマ神話があります。ギリシャ神話に近いのであまり意味を感じられないからです。アフリカの神話は私には難しすぎます(笑)中南米の神話はもう少し先に進んでからですが、特にインカ帝国の神々については他にない特徴があるので楽しみです。中国の神話についてはわずかに触れていくつもりです。少し悩んでいるのはケルト神話です。ケルト民族についてはヨーロッパの歴史を考える時には外せません。しかしケルト神話について私の知識は皆無で、かなり障壁が高いと感じています。他の国々の神話を調べている上で興味がわけば調べてみるかもしれません。

 

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それではまずは有名なギリシャ神話を考えてみます。順番から言えば中国やエジプトの方が古いのですけど、わかりやすい所から。

 

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2015年6月26日 (金)

日本の歴史を少し正確に理解する 大正時代の女性の権利

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日本だけに男女差別があるわけではありません。そもそも日本は士農工商という職業をベースに差別を法制化していました。参政権という尺度ですとイスラム圏では女性の参政権が認められない国が残っています。一方、日本では家庭内において女性優位が見られました。「亭主関白」という言葉に否定的な好ましくないというニュアンスがあるのは異常だからであり本来家庭では主婦が上位です。徳川家や源家など将軍家においても女性優位は見られます。天皇家においても持統天皇の活躍など、歴史の表に出てくる女性は少ないものの家庭内の女性優位、もしくは女性特権が見られます。例えば専業主婦は日本では立派な職業と考えられますが、海外の多くの国では法律上認められず女性にも労働義務があります。平等と義務は対になります。

 

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しかし日本は女性と男性との差別が強く残っている国であり、過去の歴史をひきずっています。大正時代の女性の権利を見ていきましょう。参政権が一番わかりやすいのですが、日本で女性の参政権が認められたのは戦後1945年です。大正時代に女性の参政権はありません…というか男性にもなくて、普通選挙が法制化されたのは大正14年であり初めての普通選挙は昭和です。女性の参政権は男性より20年程度遅れました。女性が参政権を得たのは世界的に見れば比較的早い方で、例えばスイスでは1993年、イラクでは2007年であり、今でも認められていない国が多くあります。日本の特殊性はアメリカ(もしくはポツダム宣言)に押し付けられた権利であり国民活動により獲得した権利と言いづらいところです。女性で選挙に行く人は少なくありませんが立候補する人はあまりに少ないのは、獲得した権利ではなく与えられた権利である影響ではないでしょうか。もちろん女性が立候補しない理由は経済的な問題も含め多くあるでしょう。例えば女性が立候補すると男性はちょっとセクハラ気味ですが単純に喜んでいるように見えます。しかし女性が女性立候補者を嫌う傾向にあるような気がしています。最近、女性同士のマタハラも話題になりました。男性は厳しく教育されているので表向きは差別が減少傾向と感じるのですが、女性同士の間に差別的な日本人気質が残っているのではないでしょうか。ただゆっくりとですが全体的に良い方向に変わっており、女性の立候補者も増えています。

 

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今では驚くような女性差別が大正時代にありました。とにかく女性は結婚が早く、大部分が見合い結婚であり、姑から常に跡継ぎプレッシャーを受けました。少子化の現代、出会いが少ないと嘆く若年層にとって見合いや姑のプレッシャーは悪くありませんけどね。大正時代、富国強兵の基幹は人であり、早い結婚と大家族が期待されました。私の母親の祖父、祖母は15人兄弟と16人兄弟で、「おばさんは年下」という事も珍しくありませんでした。結婚が早すぎて女性はほとんど高等学校を卒業できませんでした。当時の高等学校は大学レベルですけどね。そして女性の場合、住所を変えるには父親の許可が必要であり、財産権が無く、姦通罪も女性のみ、家督相続は長男という「文化」でした。過去の差別だと感じる一方で今でも悪い文化として残っているような気がしませんか。娘の一人暮らしを反対する父親(息子に反対する父親は少ないのに)、財産こそ今では平等分配ですが、家督相続は男性の場合が多く、今でも生まれた子が女性だとがっかりして抱く事さえしない頑固爺がいます(すぐ近所に)。浮気の場合、女性タレントの方がひどいバッシングを受けますね。男性だと「甲斐性」なんて言う悪い文化も残っているような気がします。日本は風俗大国ですしね。

 

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ここまでで分かる通り、大正時代の女性差別はひどいのですが本質的に改善していません。日本は海外から強い女性差別があるとバッシングを受けています。女性管理職や政治家を急に増やすのは難しい話ですが、配偶者控除はやめたほうがいいですね。差別の温床です。ただ専業主婦を海外諸国のように急に法律違反にする事はすべきでは無いと思いますけどね。一方、日本は工業国家だったこともあり第二次産業従事者が多いのですが、女性にももっと汚れ仕事に加わってほしいのです。現場に女性がずいぶん増えましたが、求人しても女性を希望者がほとんどなく全員採用状態です。就職難の時代でも。服や顔が汚れますし、日焼けはしますけど死亡事故や怪我は昔ほど多くないので、女性が職場に増える事を期待しています。

 

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2015年6月25日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する インドの文字

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インダス文明の難しさはハラッパーやモヘンジョダロが紀元前の早い時期に滅亡し、砂漠化してしまっていることにあります。インダス文明で使われていたインダス語は解析ができていないので読むことができず歴史はわかっていません、残念。解読ができるインドの文字は、紀元前1500年ころからになるようです。インドにはたくさんの言語があって、22も公用語があるそうですが、その一つとして残っているのが古代語であるサンスクリット語です。仏教との関係が深い日本にとってサンスクリット語、いわゆる梵語は見慣れた文字ですね。

 

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サンスクリット語はヒンドゥー教、仏教などの礼拝用言語だそうです。ヒエログリフが神聖文字と呼ばれたように、宗教と文字は強い関係があると同時に、漢字もそうですが文字は神聖な力を持ちます。宗教は文字を大切にします。コーランはアラビア語以外に翻訳してはいけません。日本の寺院で見かけるサンスクリットの梵字は意味が分からなくてもありがたいオーラを感じます。文字の歴史と宗教には強い関係があります。

 

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インダス文明という名前からインドの文明と感じてしまいますが、実際はほとんどの遺跡がパキスタンにあります。サンスクリット語はイスラム文化、つまりアラビア語や各種のインドの言語に押し出されインドの南部でわずかに残っているだけのようです。それでも残っているのは歴史の解読に重要ですね。またサンスクリット語はベーダや仏教の経典として多くの文章が残っています。

 

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現在は紛争地帯で砂漠のパキスタン、古代インダス文明はなかなか発掘が進まないでしょうし、そこで使われていた言語の解析は難しそうですね。

 

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2015年6月24日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 関東大震災

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学生の頃、関東大震災のような大被害は近代耐震設計の日本都市では発生しないと誤解していました。しかし現実は関東大震災以来、巨大地震が発生しなかったというだけでした。

 

誤解を打ち壊されたのは阪神淡路大震災です。この地震は巨大ではなかったものの都市直下型でした。関西は地震の少ない地域で、誰もが初めて経験する大きな揺れでした。私の家ではテレビが壊れ(当時はインターネットや携帯電話が無くて)情報が入らないため、どうしてよいかわからず、そのまま寝てしまいました。地震の時にどうすべきか、扉を開き避難ルートの確保、けが人はないか、津波の懸念はないか、今であればすぐに反応できることが、当時は全く機能していなかったのです。「地震の時は机の下にもぐる」という事だけが私の知っている地震対策でした。テレビが壊れ、皿が割れ、家にひびが入るほどの揺れなのに大きな地震なのかどうか把握できず二度寝したのです。

 

日本では「阪神淡路大震災の地震規模想定で」高速道路の強化工事など耐震工事が行われました。これでもう大丈夫と再度誤解しました。阪神淡路大震災の想定をはるかに超える東北の大震災が起こり、原発が爆発する姿を見て、人間の力では地震に太刀打ちできない「防災は不可能」と実感しました。私たちができるのは「減災」であり「復興」であると実感しました。原子力発電の「防災対策」は時代遅れであり、どんなに強化しても減災しかできず、必ず事故は起こります。既に起きましたね。

 

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日本は過去に大災害を経験してきていますが多くは詳しい歴史、教訓が残っていません。地震は特定のエリアを見れば数百年に1度しか起きないので経験の伝承が難しい災害です。詳細が残っている最初の大震災が関東大震災ではないでしょうか。死者数は10万人とも14万人とも言われています。東京の被害が大きいので直下型と勘違いしますが、実際には神奈川沖合80kmが震源です。火災による死者が圧倒的に多いものの10m近い津波が発生し被害は静岡から千葉、茨城にまで及んでいます。東京はあまりにも広範囲に焼失したため、復興の時に大規模な区画整備を行い広い道路が整備されました。よく地権者が揉めなかったですね、今では難しいかもしれません。

 

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東京の道幅が広いのは交通量の増加を予想していたわけではなく防災道路構想で、延焼を幅の広い道路で食い止めようと整備されました。今でもその機能は残っており、東京は細かく通行止めを作る事ができる防災システムが整備されています。神戸の地震は長田区を除き、関東大震災の時ほどの大被害ではなかったため道路区画は変わっていません。被害の大きかった長田区は地方政治が主導して再開発したためか、住民の期待にそぐわなかったようで今でも行政と揉めており「復興の失敗例」になってしまいました。東京という人口過密地帯の特殊性と被害規模に違いがありますが、震災復旧という面で大正時代の東京は模範となる復興です。人口過密地帯の復興は比較的容易なのかもしれません。震災復興の難しさは各地震に個性があり、過去の教訓が生かしづらく、特に東北の大震災では人口密度が低い過疎地に巨大津波という想定外の被害を受け、被害面積が広く復旧が困難です。東京であれば被害者は100倍かもしれませんが数年で復興したでしょう。

 

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地球に隕石が衝突すれば津波は100mを超える場合があるそうです。日本の歴史を見ると80mを超える津波の伝承があります。東北の大震災の後、堤防を高くしようという議論が出ましたが最近は収まりつつあります。区画整備、住居エリアの底上げなどが行われており、巨大堤防より優れた判断だと感じます。海の近くに住んでいるのに一生海が見えないなんて悪いSFドラマのようですからね。過疎ですし原発の問題もあり、どこまで町が再生するのか大きな課題です。長田区クラスの住宅過密地でも復興はうまくいっていないのですから平成の行政力が大正時代に比べて弱いのは確かです。考えるのは減災です。隕石の墜落、イエローストーンの噴火などが起これば人類は全滅しますから完全な防災は無理です。無理に完全な防災を進めれば景観やコストで失うものは少なくありませんし、結論から言えば地球には住めません。日本が嫌ならば今はアメリカやアフリカなどに引っ越す自由もあります。それでも私たちが日本に住みたいのは家族や友人がおり、美しい景観があり、おいしい日本食があり、楽しい日常があるからです。地震や津波のリスクを覚悟するだけの魅力が日本にあるからです。関東大震災の最大の教訓は巨大な被害を短期間で、しかも震災前より良い都市に復興した先人の努力です。防災よりも復興にこそ教訓を見つけるべきと考えています。私は海が見えるところが好きで今の家を買いました。津波のリスクを考えても引っ越すことなど考えていません。津波の時はマンションの最上階に逃げるようにします。それでもだめなら、例えば100mを超えるような高さの津波であれば諦めます。飛行機に乗る事に似ています。墜落のリスクは海外旅行の魅力に比べればはるかに小さい、そして飛行機墜落のニュースを見ても飛行機に乗ってしまいます。リスクを恐れすぎて人生を犠牲にするのはばかげています。「虎穴に入らずんば虎児を得ず!」

 

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2015年6月23日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する エジプトの文字

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エジプトの文字「ヒエログリフ」は神聖文字ともいうそうです。残念ながら失われた文字であり長い間読めなかったのですが、シャンポリオンによるロゼッタ・ストーンの解読で徐々に読めるようになりました。ヒエログリフは象形文字に見えますが、どうやらアルファベットに近い発音記号の様で、そのおかげで解読が進んだようですね。ただし文字にはまるで象形文字のようにいくつかの鳥や角の生えた蛇など生物に加え、手脚など人のパーツから想像がつかない記号までたくさんあります。ただし、これらの絵文字からも文字ができたころには既にかなり高度な道具が存在していたことはわかります。

 

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何処で聞き覚えたか、文字は契約を結ぶ必要があったため作られた、契約が必要ない所では発生しなかったと聞きました。ここで契約とは商取引の意味を指し宗教で言う神との契約は含まないと考えていました。日本では事実、漢字が輸入された後、契約や取引で文字が使われていたようです。しかし亀甲占いに用いられていた漢字、ピラミッドなど遺跡に大量に残るヒエログリフ、仏教などに今でも残るサンスクリット(梵字)などを見ていますと宗教的な契約、神の言葉の記録のために開発されてきたのではないかと考え始めています。宗教はもともと神と人間との契約です。契約という言葉自体が宗教的とも言え、商取引、つまり信用も神との取引を模したものですから私の理解は決して間違えているというほどではなさそうです。

 

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ヒエログリフには3種類の文字形態があり、神聖文字から庶民が使う文字に分かれていました。ロゼッタ・ストーンにはその3種類の文字が書かれており、シャンポリオンが解読に成功します。学生時代にシャンポリオンの伝記を読んで感動、言語の天才ですね。外国語学校が無い時代に中国語を含む多くの言葉を20歳で使いこなしていたのですから26歳から英語の勉強を始めた私としては見習う事自体が遅すぎる(笑)彼が亡くなったのは41歳だそうで、残念ですね。長生きしていればもっと過去の神話が解読されたかもしれません。特にインダス文字を解読してほしかった。

 

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ヒエログリフが読めるからこそ古代のエジプトの歴史がわかるのです。彼の活躍には感謝です。

 

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2015年6月22日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する 第一次世界大戦

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世界を巻き込む大戦を可能にしたのは産業革命です。歩兵や騎馬では移動距離、人数、スピードが限られ兵糧供給ルートが限定され、世界に広がる範囲の戦争はできませんでした。ドイツがバルカン半島、イギリスやフランス、ロシア、オスマン帝国等、広範囲を機動的に攻撃できたのは鉄道を利用したからです。今でもドイツは日本と並ぶ鉄道大国ですね。またアウトバーンは自動車を高速で移動させる基幹システムです。日本が鉄道を引いた理由も軍事工業目的と考えられ、主要都市間より軍事施設、工業地帯の鉄道が優先的に敷設されましたし、田園都市まで含めて日本全域を網羅したのは、ロシアがどこから攻め込んできてもすぐに移動できるようにしたのでしょう。満州、韓国、台湾にも鉄道を敷きました。ドイツが第一次世界大戦で圧倒的な力を見せたのは鉄道による機動力でした。しかしドイツの人口は多くありません。人口が少ないドイツがなぜ強かったのか。

 

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ドイツの科学力は今でも驚異的です。第一次世界大戦でドイツが最新化学兵器である毒ガスを大量に使ったことは有名です。毒ガスは世界最初の大量殺りく兵器とも言えます。なお第二次世界大戦に向けて戦車やV2ミサイル(大陸間弾道弾)を作ったのもドイツです。日本は大隈重信総理の時代でした。イギリスの依頼を受け、中国のドイツ領を占領します。その後、日本はヨーロッパに艦隊を派遣します。日本から艦隊を出さなければいけないのはなぜだったのか、ドイツは当時最強の兵器を持っていました。Uボート、潜水艦です。ドイツのUボートは強力でした。300隻のUボートで5000隻以上の船を沈めたそうです。特に日本と同じ海洋国の「無敵艦隊」だったイギリス船の被害が多かったようですね。だからイギリスは日本にまで緊急援助を頼んだのです。鉄道、毒ガス、Uボート、すべて産業革命による近代兵器と言えます。拳銃や刀の時代は終わったのです。

 

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長く続く戦争に疲弊し、ロシアではレーニンによる社会主義革命が起きます。1917年ロシア革命、ここで巨大社会主義国ソビエトの原点が成立します。ロシアの弱体化でドイツの勝ち…と思われそうですが、1918年にドイツでも市民革命が発生し皇帝が排除されます。ご承知の通り、第一次世界大戦はドイツの敗北で終わるのです。1919年のヴェルサイユ条約はドイツにとって厳しい内容でした。莫大な賠償金は2010年にやっと払い終わっています。またドイツは条約でUボートなどの武器保有が禁止されます。ただ、すぐにナチスにより再武装する事になります。この時の教訓が日本の憲法第9条に影響しているのではないかと感じています。憲法で再武装を封じる、条約では弱すぎるという教訓ではないでしょうか。日本はアメリカの思惑通り核武装をしない国になりましたが、一方で憲法9条の効果が強すぎて逆にアメリカを苦しめています。アメリカの試みは失敗であり、憲法9条を改訂したいのは自民党ではなく憲法9条を作ったアメリカなのです。

 

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現在、ドイツはヨーロッパで最大の国になっています。経済的にも軍事的にも強大であり、EUをコントロールしているとも言えます。イギリスがEUから撤退したいのは第一次世界大戦(もしくはそれ以前)から続くドイツとの確執にあるのかもしれません。

 

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2015年6月21日 (日)

世界の歴史を少し正確に理解する 楔形文字はアルファベットにつながる

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楔形文字はシュメール人が使っていました。現在で言えばチグリス川とユーフラテス川にはさまれたエリア、メソポタミア文明で育った文字で、現在は失われています。現在この辺りではアラビア文字ですよね。楔形文字はそもそも象形文字だったのですが単純化されて矢印のような集合体の文字になったそうです。失われたとはいえギリシャ文字の原型として使われ、そのギリシャ文字がアルファベットになっており、ケルト語、ローマ字、英語の原型とも言えます。それでも解読には長い期間がかかったようですね。解読されたからこそギルガメッシュ叙事詩などが楽しめるのです。ギルガメッシュ叙事詩については別の機会に勉強しますが、メソポタミアの文字はハムラビ法典も含めてしっかりと残っています。なぜかというと文字を粘土板に刻んだからです。

 

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メソポタミア文明はイラク周辺の文化と感じてしまいますが、地中海の文化との関係が強く一緒に考えたほうがよさそうです。これはメソポタミアがトルコで発生した国に制圧され、その上アレクサンダー大王遠征で文明が混ざり合ったのでしょう。ギリシャ文明はエジプトとメソポタミアの両方の文化に影響を受けていますし、旧約聖書についてもメソポタミアの影響を強く受けています。エジプトの象形文字は特殊で簡単に記述する事はできませんから、記述が容易な楔形文字がヨーロッパに広がったと考えたほうがよさそうですね。楔形文字は一文字ずつに意味はなく、複数の組み合わせで発音を表します。つまり現在のアルファベットと原則同じ、単語の形で初めて意味を持ちます。

 

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世界四大文明といえば、中国(今は黄河文明と呼びません)、インダス、メソポタミア、エジプトです。中国は他の文明と距離があるため独立した文明ですが、残りの3つの文明は距離が近く、お互いに影響を与えています。「いい所取り」が起きたとも言えます。その中で、メソポタミアが最も早くから高度な文化を築いていたように見えます。学生時代は派手なエジプト文明や三国志に興味があった関係で中国の歴史に興味を持っていました。しかし40台になって旧約聖書を少し勉強し、インドに旅行する機会があったことで過去に全く興味を持たなかったメソポタミア文明とインダス文明に興味がわいています。特にこの二つの文化に力を入れて調べてみたいと考えています。ただし問題はコーランでアラビア語以外に翻訳されることが禁止されていますから資料が少なくハードルが高そうですね。イスラム教、コーランを避けるとアラビア文化、イスラム文化は全くわかりません。

 

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それではエジプトの文字についても見ておきます。

 

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2015年6月20日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する 第一次世界大戦 開戦

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日本の歴史には大きな影響を及ぼしていない第一次世界大戦ですが、歴史の時流を把握するうえで重要な出来事ですから、大まかな流れを追っておきます。

 

開戦はバルカン半島です。バルカン半島はギリシャが先端にある大きな半島といえばわかりやすいですかね。なぜギリシャを例に挙げるとわかりやすいかと言えば、その他の国名、私が高校時代の時に覚えたバルカン半島近辺の国々はほぼ消滅しているからです。現代の国名はクロアチア、ボスニア・ヘルツェコビナ、コソボ、モンテネグロ、マケドニア、アルバニアなどで、多くは最近まで戦争を繰り返していました。バルカン半島には多くの人種が住み、独立心が強く、今でもヨーロッパの火薬庫です。

 

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バルカン半島はアジアとアフリカとヨーロッパの境目とも言えます。黒海と続き、ロシアとしては数少ない不凍港の出口に現在はトルコ領のイスタンブールがあります。東には今はトルコと名前が変わったイスラム圏のオスマン帝国がありました。南にはユダヤ教のイスラエルや今でも戦闘が続くシリア、シリアの向こうはイラン、ギリシャの南がアフリカです。間に地中海はありますが、小さなボートでも到達できる距離です。とにかく人種も宗教も複雑な地域です。第一次世界大戦前、オーストリア=ハンガリー帝国が今はボスニア・ヘルツェゴビナとなっているセビリアを実行支配していました。しかし住民は支配に抵抗し1914年オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子をセビリアの首都、サラエボで暗殺します。暗殺したのは未成年の学生たちだったそうで、未成年という事もあったのかセビリアは犯人の受け渡しを拒否しましたのでオーストリア=ハンガリー帝国が宣戦布告します。

 

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一方、当時のドイツは今より気温が低く年の半分は北にある港が使えないため、貿易は主にレールが敷かれていた鉄道網を使って南に送り、バルカン半島経由で行っていました。アルプスを越えなければいけないイタリアや敵対状態にあるフランス方面は主要な貿易ルートではなかったのでしょう。低温で食料が不足するドイツ帝国にとってバルカン半島は食料供給ルートであり、貿易が断たれれば死活問題だったのでしょう。明治維新の日本もそうですが、戦時中は栄養状態が悪くなるせいか戦死者より病死者が増えるようです。ひどい場合は戦死者の何倍も病死者が出るのだとか。飢餓状態にある国の攻撃力は絶大、ドイツがオーストリア=ハンガリー帝国を応援するため参戦し大活躍です。一方でロシアもオーストリア=ハンガリー帝国やドイツ帝国の南下でバルカン半島や黒海経由の貿易ルートが断たれると死活問題ですので参戦します。この帝政ロシアにフランスとイギリスが加わり、結果としてドイツ帝国vs.帝政ロシア、イギリス、フランス連合という欧州大戦がはじまります。大日本帝国は日英同盟がありましたのでイギリス側として参戦。その後、アメリカまでも参戦して世界大戦となります。

 

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とにかく飢餓状態にあるドイツが強かった、その理由を見ていきましょう。

 

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2015年6月19日 (金)

世界の歴史を少し正確に理解する 漢字の発祥

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現代日本は世界の中で最も絵文字文化が発達した国ではないでしょうか。

 

その背景に漢字があると考えています。ご承知の通り漢字は元祖絵文字で、絵をかくのが大変だから簡素化されただけです。世界の言語の中で漢字は最も文字数(字画数)が多く、幸い日本にはひらがなとカタカナがあるので助かります。古代エジプトの文字も象形文字ですが滅んでいます。漢字は現役で、しかもいまでも増え続けている(主に中国での簡素化した感じですが、日本でも1500近い漢字が作られている)そうです。最古の漢字は占いの亀甲で発見されました。これはたまたま亀の甲羅が現代まで残っただけで、多くは木片や植物の皮などに書かれた事でしょう。漢字が「史書」などの歴史記述に使われるようになるのはまだ先の話です。「漢」字というと漢の時代の文字ですが、Chinese Characterは更に歴史が長く、殷の時代には存在していたことがわかっています。殷の歴史には別の時に触れますが、紀元前17世紀ごろから存在した国です。しかもその前には夏があることはわかっていますし、古代文明である中国文明はさらに前で紀元前7000年かそれより前までさかのぼってしまいます。1万年以上ある中国の歴史の中で、Chinese Characterが生まれたのは3500年ほど前になりますね。

 

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殷については「史記」に記載があり、亀甲文字の発見で存在が明らかになりました。その前の夏の時代も存在していたと考えられていますが、その前の三皇五帝は神話の時代という位置づけです。夏の時代、紀元前21世紀ころには漢字があったのではないかという研究が進んでいるそうです。従って人類で文字が使われたのは4000年ほど前から3300年ほど前の間だと考えられます。ただし漢字は発音を表すことができない特殊な文字です。日本語の場合、音はひらがなやカタカナで記載できますが、ひらがなやカタカナができたのは音を記述する漢字が無いからです。漢字にはすべて意味がある一方で、意味のない音をあらわせる文字がなく、かたくなさを感じます。日本人は漢字が輸入されるとすぐに「万葉仮名」などを作って対応していることから、仮名という発想は中国でも起きたはずなのに作らなかったのです。仮名は便利ですが、漢字の美しさ神聖さを考えれば確かに邪道です(笑)漢文の美しさにはほれぼれしますし、中国は4000年もの長い間、音を表す漢字なしに発展してきたのです。

 

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これから神話時代の勉強をしていこうと考えています。残念ながら文字が無かった時代ですからほとんどがファンタジーと思われてしまいます。しかし考古学があり、先祖代々の伝承があり、文字に至らないまでも記号や絵があれば文字の無い時代でも事実を含む歴史が残っていてもおかしくありません。現代の世の中にでも驚く現象はありますが、科学が説明してくれるので安心できます。巨大竜巻、巨大地震、津波、雷など命を奪うものから虹や真紅に染まる夕焼けまで、科学が無ければ神の所業と考えるしかありませんでした。事実科学は長い間キリスト教の敵であり、今でも進化論を信じないキリスト教徒は少なくありません。当時は長老が何らかの説明を付けなければいけなかったのでしょうから、長老の想像力に任せた不思議な神話もあるでしょう。個人的にはギリシャ神話を語った長老たちのセンスには脱帽します。現在の最優秀のファンタジー作家でも敵いません。漢字は占いや宗教と結びついてきた「象形」機能があります。漢字の1文字自体が力を持っていました。今でも中国では逆さに飾った「福」という文字を見かけますし、日本でも「寿」や玄関の前に「笑」という漢字を飾る家を見かけます。ヒエログリフが神聖文字だったように、漢字は今でも神と結び付く「印」の機能があるのです。

 

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重要なこととして漢字は一文字ずつに意味を持ち、神が宿り、力がある事です。この機能が歴史にさえも影響を与えたことは忘れないようにして歴史を学びます。

 

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2015年6月18日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 大正ロマンと大正デモクラシー

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近年、アフリカで民主主義革命が流行しました。ただ十分な成果が無いまま混乱状態に陥ったとも言えます。エジプトやリビアは少なくとも良い方向に変化したと感じていますが、シリアなどでは混乱と戦争が続いています。民主主義革命として有名なのはフランスの市民革命やイギリスの清教徒革命、アメリカの独立等ではないでしょうか。背景にはキリスト教に基づく民主主義思想が働いています。キリスト教徒ではない日本人にとって民主主義思想は理解に苦しむものであり日本的な解釈が必要でした。その代表例が尊王論でしょう。尊王論は天皇家に主権を置きますが、四民平等を唱え民主主義の要素が取り込まれていました。しかし尊王論は理想論で長い間混乱し、薩長派閥、貴族特権が存在して第二次世界大戦後まで公平な選挙は行われませんでした。男女差別も激しく、今でも世界的に見て日本は男女差別が激しい国と言われています。

 

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大正デモクラシーはキリスト教的民主主義を理解することなく、民主主義の部分だけを純粋に導入しようとしました。しかし原則はやはり尊王論で、薩長閥の撤廃と国民の参政権獲得が目的だったようです。しかし共産主義が物事を難しくし、普通選挙、政党政治、民主主義は昭和に入ってすぐに崩壊します。「大正」デモクラシーという言葉はよくできていますね。もちろん女性の参政権を獲得する動きもありましたが、こちらは第二次大戦後まで獲得できませんでした。

 

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大正ロマンは文化面の国際化でした。和洋折衷の絵画、小説のような文学、西洋建築、洋服。赤玉ポートワインのポスターは有名ですね。明治時代の文明開化は産業革命の導入でしたが芸術の世界では「和」と「洋」が融合しました。日本はとにかく何でも海外からそのまま取り込むのではなく、オリジナリティを加える国民性があります。竹久夢二の絵画は日本画でもなく洋画でもなく、まさに大正ロマンなのでしょうね。

 

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大正時代は明るくて前向きな時代だったと感じています。関東大震災からの復興が早かったのも国民が強い自主性を持って前向きに取り組んだからこそではないかと考えています。

 

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2015年6月17日 (水)

世界の歴史を少し正確に理解する 古代文明

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文字が残っていない古代文明はたくさんあります。例えばエジプト文明ですが、文字ができる数千年も前から発達した文化があったのでしょう。中国、メソポタミア、インダスでも同じです。文字は都市が高度に発達した後で生まれた後発文化です。人が集まって初めて文字が生まれます。人口が集中した理由は私の大好きな寒冷化が一つの原因です(笑)農業や放牧は集団でなければ効率が上がりません。集団、つまり都市を作ったのは人類が分散していると生き残りが難しくなったためと考えられています。氷河期の後に集落ができたのは2万年前から1万年前、日本であれば縄文時代であり、四大文明が栄えたころです。多くの人種が集まった都市ではルールを策定し公表するため文字ができてきます。初期のルールは土地の境界線、食料の貸し借り、分配比率などでしょう。

 

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オーパーツの話。私が一番好きなのはチリで見つかった頭蓋骨の手術跡。頭蓋骨の形が異常なのも気になります。次にストーンヘンジから東ヨーロッパにかけて生まれた古代文化。シュメール人の文化やトロイア。人類の発祥の地と考えられるアフリカに著名な遺跡が少ないのは、発掘遅れ、温暖すぎて植物に破壊された、砂漠化で消えてしまったという事もあるでしょう。熱帯に近く寒冷化しないので都市化が起きず、文化や文字が育ちにくかったのかもしれません。世界四大文明は同じような緯度に並んでおり気候変動後でも暮らしやすい気候だったのかもしれません。ただ北緯に集中しているのが気になります。南半球の同じ緯度を見ればアフリカ南部、チリやペルー、ブラジルなどがあります。これらの地域にも同等の文化が育ったと考えおかしくありません。現在の温暖化を見ても北半球と南半球に違いがあるので、南半球の変化は穏やかだったのかもしれません。

 

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残念ながら歴史勉強が目的ですから古代文明やオーパーツには深入りしません。ただゴリラは20世紀になってジャングルで発見されました。生物の新種は毎年のように発見されます。これらの新種は人類よりはるか昔に生まれているのに私たちが見つけられなかっただけです。巨大生物でさえ見つけられない私たちが失われている古代文明を見逃している可能性は多分にあります。これからも古代文化の発見が続くでしょうし、私が生きている間に歴史が変わるかもしれません。最近、淡路島で美しい銅鐸が発見され日本の歴史を塗り替える発見でした。卑弥呼の遺跡はまだ見つかっていませんが、どこかにあるはずです。アフリカやジャングルの中のブラジルも未開拓です。ナスカの地上絵やマチュピチュの再発見は20世紀です。海の中にムー大陸が沈んでいるかもしれません。歴史を塗り替える大発見を楽しみに待っています。

 

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さていよいよ歴史、四大文明と文字について勉強していきます。

 

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2015年6月16日 (火)

日本の歴史を少し正確に理解する 大正時代

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広島では学校で夏休みの登校日は必ず戦争教育でした。そのせいか戦時中や戦後の混乱期の文化停滞が戦前にも起きていたと誤解してしまいました。日露戦争が終わった大正時代は産業が発達し、新聞が発刊され、鉄道や船舶による交通網が日本全国に広がっていました。水力発電が活発で電気網があり、松下の二股ソケットが開発されたのも大正時代です。大正時代と高度成長期が始まる前の昭和日本で家庭には大きな差がないかもしれません。昔、「ハイカラさんが通る」という少女アニメが流行りましたが、大正時代女子学生の恋愛ストーリーでした。ハイカラって襟が高い事を意味しますが、西洋風の服を着た人たちの事をハイカラと呼んでいたようです。最近の若者言葉に似ており、「ハイカる」という動詞もあったようです。今でも女学生が大学の卒業式で大正風の羽織袴を着用する事がありますね、浅田真央さんが来ていました。昨年、NHKドラマの「花とアン」が話題となりましたが大正時代には英語が広まっていました。英語が禁止されたのは第二次世界大戦中だけであり、大正時代の英語力は現代の学生とあまり変化が無いのかもしれません。(ある意味、進歩が無いですね。)自由、平等、教育が広がりつつある時代でした。

 

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大正時代は15年未満と短いのですが、自然災害が多い時代でした。1914年に桜島が大噴火。数年前に桜島を訪れたときに、大正時代にできた溶岩台地を歩きました。桜島はこの噴火前まで本当に島だったそうですが、溶岩で大隅半島とくっつき九州の一部となりました。1914年には第一次世界大戦が勃発し欧州が中心でしたがイギリスの依頼を受けるような形で日本も参戦しています。1923年、今から90年ほど前に関東大震災が起こっています。

 

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日本よりも世界の動きが激しい時期でした。1912年には中国で孫文の辛亥革命が起こり、中華民国が誕生しています。これは満州事変が近づいている事を意味します。またロシア革命も起こっており、社会主義の波が訪れつつあります。一方で日本では大正デモクラシーが起こり、本当の意味での民主主義が起こりつつありました。原敬首相は薩長閥ではありません。国内は平和で民主主義が育ちつつあったのですが昭和に入れば覆されてしまいます。

 

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昭和に入ると日本は一気に軍国主義となりますが、まずは大正時代を見ていきましょう。

 

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2015年6月15日 (月)

世界の歴史を少し正確に理解する ムー大陸とアトランティス大陸

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氷河期の時代、海面は現在より120mも低かったことがわかっています。わずか3万年前まで人類とネアンデルタール人は共存しています。海面が低いことで太平洋と大西洋に今は沈んでしまった大きな陸地があり、ホモ・サピエンスより高い文化を持った猿人がいたとしても何もおかしくありません。太平洋と大西洋にあった大陸の「伝説」はいたるところで残っています。日本にもムー大陸に相当する太平洋にあった陸地の伝承が残っているのです。どの程度の大きさの陸地であったのかはわかりませんが、海面が低かったのですから日本近海でさえも少なくとも今よりも広い陸地はあったと考えています。大体弥生人が大量に日本に来られたのは、日本海のどこかが大陸と陸続きだったとさえ考えられるのです。

 

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しかし一方で沈んだ大陸に優れた文明があったのかどうかは疑問があります。太平洋に石の文化が残っているのは確かですが、環境が文化を育てるという前提に立てば「加工しやすい石があった」のであって高い文明の証明にはならないのです。石の文化があるから科学文明があったとはとても言えませんし、芸術的な造形技術があったのですから科学文化があったのであれば何か科学的な製品の記録が石に絵画として残っているはずですが見つかっていません。関東平野が沈むほどの温暖化が起きたのは1万年ほど前、縄文時代の頃です。温暖化前の氷河期に沈んだ大陸が寒冷に耐えるため農業や道具の加工技術を持っていたことは想像できます。大洪水の物語は世界各国にあり、最も有名なのがギルガメッシュ叙事詩と旧約聖書の創世記「ノアの方舟」の物語でしょう。これがムー大陸やアトランティス大陸だとは思っていませんが、急な温暖化で世界的な海面上昇と大洪水が起きたという事はあり得ます。その時に沈んでしまった「島」程度は存在したはずです。現在でもツバルやキリバスがピンチですね。これらの島は空港を作った影響で重量に耐えられなくなったサンゴ礁が壊れ沈んでいるという説もあり、温暖化というより近代化が原因とも言えます。ただしムー大陸は神話には明確に存在しておらず、伝承自体がかなり怪しいのです。その一方でアトランティスは哲学者プラトンが「大陸と呼べるほどの大きさを持った島と王国」と記載しているので信憑性が高いような気分になってきます。

 

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大陸移動説を信じればゴンドワナランドの形を見ると大西洋側には大陸が存在する隙間が少ないような気がしています。プラトンが言う「大陸と言えるほどの島」ですが、当時のギリシャ人が持つ大陸のイメージがどの程度の大きさだったのかわかりません。もし小豆島程度のサイズでよければ島が沈むことは十分にあり得ますしギリシャの位置から地中海の島という疑いもあります。島ですから船舶の技術が発達し、高度な船舶技術を持った王国はあり得ます。事実クレタ島には古代文明が発生しているのです。しかし問題は「地震と津波で一夜にして沈む」という所です。地中海からヨーロッパ沿岸で地震はほとんど発生しません。皆無とは言えませんけどね。アイスランドまで行けば火山がたくさんありますから地震はあるでしょうし、火山噴火で島ができたり沈んだりすることもあるでしょう。しかし伝承は「火山」とは一言も書いていないですし、当時の船舶技術でギリシャからアイスランドは遠すぎます。火山でよければイタリア近辺に火山が多く、沈んでしまった島もあるようです。しかしこの程度の話であればあまり面白みがないですね(笑)

 

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ファンタジーの話であり、歴史ではありませんが楽しい話題ですので書いてみました(笑)

 

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2015年6月14日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 平成維新はなぜ失敗したのか

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明治維新について学んできましたが、平成維新についてはっきりと言っておきたいことがあります。明治維新は日本の歴史における最大級の軍事クーデターであり、膨大な数の殉死者を出し、幕府から明治政府に行政が遷り、軍国化と西洋化を成し遂げました。維新の変化は日本国民全員にとって生死にかかわるレベルに劇的であり、海外への影響も(悪い面を含めて)大きかった革命です。大阪府の行政区分を変えて名前を変更するという「微調整」を「維新」と呼ぶことに個人的に嫌悪感がありました。明治維新の英雄に対してあまりにも失礼です。ただし政党、党首、方針が嫌いだったわけではありません、単に政党の名前だけが嫌いだったのです。

 

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言葉は選ばなければいけません、維新という言葉の持つイメージの強さから今回の改革目的は大きく外れていました。大阪、もしくは日本国民は「維新」に明治時代クラスの大きな変化を期待してしまい、ちょっと税金が節約できるという程度で維新という言葉を使う事には違和感があったでしょう。忘れないでいただきたいのですが明治維新には多くの国民が今でも誇りを持っています。これは政治にとってつまらない違和感です。明治維新には時間がかかりました。大改革は大きなエネルギーを持っていますから時間軸は無意味です。しかし小改革を維新という「名前だけでエネルギー」が維持できることはありません。明治維新を参考に「時間をかけてもよい」と考えていたのであれば失敗でした。ちなみに「昭和維新」と呼ばれたクーデターがあった事をご存知でしょうか。現在は「二・二六事件」と呼ばれる軍事クーデターで、失敗に終わった結果、首謀者は自死か死罪です。首謀者が笑顔でインタビューに答えるようなことはありませんでした。

 

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勿論、言葉の選び方だけが勝敗を決めたわけではありません。維新という言葉に踊らされ、変化の内容もわからず賛成票に入れた人の数が多かった事も事実でしょう。それもまた私が平成維新を嫌いな理由です、名前に騙されているような気がするから。反対票が多かったのは「変化の内容が生ぬるい」から維新という言葉の違和感に嫌悪した人もいたはずです、高々二重行政の解消を「維新」と言われても…日本人の高学歴をなめすぎです、大阪府民は学業成績が悪いので維新の内容を知らないと馬鹿にされた気分でした。平成維新ではなく「大阪行政改革推進党」であり、「大阪行政改革」あれば多くの人が喜んで賛成したはずです。もし大阪「維新」と呼ぶならば、議会制度を崩壊し府民選出による大統領制にする、大阪が日本から独立する、せめて大阪独自の憲法を作成し日本国憲法よりも優先するという程度の「クーデター」をもって日本国自衛隊と戦う覚悟で平成大阪維新を宣言すべきでした。

 

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口先が達者な市長でしたので、もう少し大きな野望を持ち「本当の維新」にチャレンジされるのであれば内容次第では応援したいという気持ちはあります。ただし大阪独立のため日本自衛隊と戦うのであれば広島出身の私は悩みますね(笑)

 

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2015年6月13日 (土)

世界の歴史を少し正確に理解する 先史時代

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世界の歴史はわずか4000年しかありません。何故でしょうか。歴史は「文字の始まり」を起源にしているからです。「史実」とは文字として記録が残っている事実(?)であり、歴史とは史実の歴(つみ重ね)です。しかし人間の歴史はそのはるか昔から続いています。子供の頃にムー大陸やアトランティスの話題が大好きでした。夢がありますよね、私は今でもこれらの伝説を完全な嘘とは思っていません。文字による歴史以前でも伝承はある、例えば古事記や日本書紀の神話時代の記述がすべて創造神話かと言えばそうではなく何かの史実があると考えてよいですし、出雲大社は実在が確認できた「先史遺跡」です。古墳のような巨大で高度な遺跡もたくさんあります。「神話」は文字ができた時に文字ができる前の歴史を急いで集めた歴史です。神話は文字にした段階で人々の記憶からは消えます。もう文字に残したから消えてもかまわないからです。ただ文字が無かった時代、人々の記憶力は今よりもはるかに優れており、神話を語り継ぐ職種の方がいたようです。毎日のように神話を繰り返し記憶した、一生をかけて何千回も、何千年も。それでも確かに神話には少しずつ伝承ミスや勘違いが入り込んで不正確であり、何らかの解釈を試してみる価値が生まれます。神話の話はまた今度。

 

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世界には石器がたくさん残っています。腐らないからです。しかし木製品は腐ってしまい残っていません。また金細工は残りますが青銅器は錆びてしまいます。炭素による時代推定は残念ながら残っている炭素からしか判定できません。人間の創作物として最も古いものは石器と絵画です。石器や骨角器、埋葬などは4万年ほど前に発生しています。洞窟により風化から免れた3万年から1万年も前の絵画が残っています。絵を描くという行動は「絵を描く時間があった」事を意味します。埋葬という行動もコミュニティーがあったことを意味します。集団行動自体はサルでも行いますが、埋葬となると強い人間関係、つまり言葉や音楽、そして文化があったと想像できます。芸術の分業が発生し、芸術のような「非生産的業務」が役割として存在していたことを意味します。3万年も前から文化は発生していたのです。3万年前の人たちは単に言葉を持たないだけで、想像する以上に、いえもしかすると私たちよりも質の高い文化を持っていたのです。

 

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人類が人数を劇的に増やすことができたのは備蓄、農耕、牧畜という食料を確保した越冬技術を手に入れたからと考えています。リスは備蓄しかできませんからね、数を爆発的に増やすことはできません。これら技術の開発は約10000年前と考えられます。個人的な意見として、これらの技術は人類の頭脳が進化して発見したとは考えていません。気温の低下で越冬技術を開発したグループだけが生き残れただけだと考えています。土器、農耕、牧畜の発達には地域性があります。日本では土器が育ちましたね。乾燥地帯では放牧が、雨が降る所では農耕が育ったようです。日本は山と海があるため採取と備蓄だけで冬を乗り越える事が出来、放牧も農耕も育ちませんでした。その為本格的な寒冷化が起こった縄文時代には山地が後退した(海と山との間に距離ができた)ため食料が不足し、絶滅しそうになったのです。採取だけでの越冬は困難でした。弥生時代に近づいたころ中国で育っていた農耕技術が取り込まれて日本は復活しました。越冬技術は環境に合わせて選択、伝承され淘汰されました。

 

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人類が日本に到達したのは5万~7万年ほど前のようです。ネアンデルタール人は3万年前まで生存していますので、共存の時代です。25千年ほど前の土偶がチェコで見つかっており宗教が育っていたと考えられます。しかし突然宗教が発生するはずもなく、既に長い文化が蓄積されたまたま25千年前に作られた土偶が、ヨーロッパという気温が低く、腐食の影響がアフリカに比べれば少ない所で現代まで残ったということでしょう。人類文化の歴史は3万年以上ありそうです。文字記録が開始されたのは約3700年前、それ以前の歴史が残っていないのは残念ですね。次回はムー大陸とアトランティス大陸の話。

 

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2015年6月12日 (金)

日本の歴史を少し正確に理解する 憲法とは

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今まで憲法に全く興味を持たなかった…いえ、正確に言えば今でもあまり興味を持っていませんが、すくなくとも憲法がどのようなものなのかわかってきましたのでまとめておきます。憲法は国民ではなく「公」つまり権力者を制御するルールですね。例えば9条の戦争の放棄は私たち国民が主権者であっても「開戦」を宣言するとはできませんから私たちが守るルールではありません。国家、つまり国会や内閣総理大臣や防衛庁など権力を掌握する「公」のみが宣戦を布告できるのですが、彼ら権力者が侵略のために使う手法として戦争を「永遠に放棄する事」と縛っているのです。

 

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基本的人権を侵すような行政や立法が行われていれば正さなければならないし、社会的に基本的人権を侵すような行動が行われていれば法を整備して基本的人権を守らなければいけません。それではなぜヘイト・スピーチという基本的人権を侵す行動を制御する法規制できないかと言えば、「日本の」憲法に言論の自由があるからです。世界各国に言論の自由はありますが必ずしも憲法で定められているわけではありませんから、なぜ日本がヘイト・スピーチを法規制できないのかという理由に「憲法のジレンマ」がある事は世界に理解してもらえないでしょう。憲法には悪い点もあるのです。

 

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それでは私たちは憲法に対して何をしなければいけないのか。国民は「公」が憲法を守っているかどうかを監視し、守っていなければ裁判で訴えるか、次回選挙で政権交代を促すか「憲法の改訂」を世論として盛り上げる程度しかできません。憲法は時の政府が決めましたが制定した時には一度も国民に信を問われたことが無いのです。憲法の改訂には国民の賛成が必要ですが、発行した時には一方的な宣言であり、いくつかの条文は日本を占領していたGHQの圧力があり、決して日本国民総意の憲法ではないのです。時の政府が宣言した国民の権利を明文化したものが日本国憲法です。日本人は憲法の交付を受けましたが、その内容に関して何も決定権を持ちませんでした。私たち国民が主権を行使するには憲法の改訂しか方法はなく、その主権を放棄してはいけないのです。さてなぜGHQは国民主権、基本的人権を突然日本人に与えたのか、これらは大日本国憲法にはなく、戦後すぐの日本人が急に思いつくとは思えません。これからじっくりと考えていきます。

 

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奇跡的に、日本国憲法は世界に誇る事ができる質の高い憲法と感じています。アメリカが日本の再戦気運を防ぐため、そしてキリスト教的民主主義を植え付けるため行き過ぎた締め付けをしましたが、そのおかげで日本人はまじめで潔癖を目指す国民性を育て上げる事に成功しました。日本が誇れるのは憲法以上に戦後日本がはぐくんだ日本国民です。憲法の改訂を国民に問う事は重要だと感じていますが、大きな不満はありません。自民党の「憲法前文」変更案には反対しますが、自民党案は別として9条を含むいくつかの条文の改善は主権を持つ日本人として必要と感じます。

 

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2015年6月11日 (木)

世界の歴史を少し正確に理解する 文化の起源

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歴史の残念さは文字の誕生を待つしかない点です。人類の歴史は4000年程度で短いと言いますが、そんなわけはありません。ホモ・サピエンスが生まれ言葉を使い始めてから何万年もたちます。しかし残念ながら彼らの記録は文字が無いために残っていません。人類の「文字」の歴史は残念ながら長くはなくて、4000年程度なのです。

 

豊かで食料に困らない地域では文字が育ちませんでした。一つの例として縄文時代の日本です。幸いにも考古学により文字が無くても生活レベル位はわかります。日本でも縄文時代は豊かで食物に困ることがありませんでした。その後、急激な寒冷化で絶滅に近づき、顔の平たい属、つまり弥生人の登場で日本文化は復活したことがわかっています。この間に数千年もの隔たりがある事もわかっています。最近で言えば江戸時代から明治時代の文明開化、産業革命、第二次世界大戦の発生で日本の生活様式は大きく変化しています。しかし文化は激変しても海があるため人種という面では大きく混ざり合う事はありませんでした。縄文人ももちろん渡来系ですが、弥生人も渡来系です。この2種類が交わって以降、日本人はあまり他の人種と混ざり合う事がありませんでした。アイヌや琉球民族とは海による隔たりがあり、江戸時代に初めて本格的な混血が発生します。最近は国際化により混血がすすみ、ハーフやクオーターの芸能人が増えていますね。個人的な感覚ですが混血の方が種として優れているように感じます。種の隔たりが大きいほど、交わった時の「良い所取り(メンデルの優性遺伝)」が起こりやすいのかもしれません。

 

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人類はアフリカからやってきたという説があります。既に決着したと誤解されている方も多いかと思いますが、これは一つの説にすぎません。ネアンデルタール人や北京原人など人類に近い猿の種類はいたるところにいましたから、たとえミトコンドリアが同じでもすべての人類がアフリカから来たと決定づける事はできません。ただし最も強いミトコンドリアを持っていたのはアフリカ人であり、あたかも伝染病のように現在のすべての人間がそのミトコンドリアを保有しているという可能性は否定しません。ただ肌の色、目の色、身長などを見てもいくつかの地方種が混血していると考えたほうがよくないですか?すべての人類がアフリカ人から進化、もしくは退化したというより混血が発生したと考えたほうが納得しやすいのです。

 

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人間の個性に影響を与えるのは遺伝と環境と言います。古代においてこの環境は自然環境と考えています。例えば砂漠では非常に高度な一神教が発達しました。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などがそうです。一方で生物が豊かな国では神の数が増えます。ヒンズー教や日本の神教などです。宗教に限らず文化は環境に合わせて生まれ育ってきたと考えています。環境に適合するための技術が文化ではないでしょうか。気候変動が激しい所では食物を争い戦争が起こりやすく、肉食的な文化が育ちます。日本のように海洋国であり、気候変動が穏やかな国は穏やかな文化が育ちます。そんな日本でも戦国時代には弱肉強食の文化が起こり、第二次世界大戦では世界の悪者になりました。環境は文化の起源だったかもしれませんが近代においては支配的ではありません。

 

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今後古代の世界文化を学んでいくにあたり、環境面、つまり地理と気候について注意を払っていきたいと考えています。

 

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2015年6月10日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 明治日本の産業革命

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話題が明治維新から一気に日清戦争に飛んでしまい、文化に興味が無い個人的嗜好を露呈してしまいました。この度、明治の産業革命遺産が世界遺産に登録されそうですので概要を把握しておきます。

 

「国宝」と言いますと日本は歴史の長さ、天皇家との関係が優先され江戸時代の遺産でさえも登録が遅れています。明治の遺産となると国宝はほとんどありませんね。一方で世界遺産には柔軟性があり、原爆ドームという昭和の遺産でさえも登録されています。明治日本の産業革命遺産についても国宝になるのは100年後かな?

 

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何故「産業革命遺産」であり「富国強兵遺産」ではないのかと言えば対外的イメージが悪いから、また今回の申請対象は広範囲の時代、明治以前から明治終盤までの遺産を含んでいるからでしょう。雑多な遺産が含まれますが、根幹は海援隊から始まる明治日本の造船技術にかかわる遺産群であり造船所、製鉄所、炭鉱などが含まれています。また明治維新の資産が含まれている事も特徴です。レプリカですが松下村塾、グラバー亭、萩の城下町など、海援隊の施設が残っていれば入ったはずです。報道陣は軍艦島に注目していますが、申請の主役は萩、鹿児島、長崎の明治維新施設でしょう。軍艦島はいつの時代の遺跡かと言えば昭和です。

 

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日本産業の特徴は明治維新を境にした鎖国からの劇的な変化であり、文明開化ブームに乗った急激な西洋化であり、今でも世界を圧倒する造船技術でしょう。製鉄、織物も発展しましたが日本が世界全体に影響を与えた産業とは言えません。戦艦大和や武蔵は現代でも驚異的ですし日本の造船技術は今でも世界一です。韓国や中国にとって日本の産業革命、特に造船は軍事目的であり、背景に征韓論があり、明治は日清戦争を含む時代ですから当然反対でしょうね。彼らに「朝鮮や清と欧州諸国との覇権争いを行うための軍設備であり負の遺産を含む」と言われれば否定できません。海上自衛隊の戦艦や潜水艦の軍事力は「今でも」世界最強クラスです。一方「人類の技術革新」という側面から言えば、日本の造船は欧米に対抗できるアジアの技術革新、地位向上に大きく貢献し、今でも世界経済を支えています。

 

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本来は薩長の技術施設の世界遺産登録を目指していたようですが、最終的には政治的な香りのする遺産登録になりましたね。松下村塾に至っては思い切りレプリカですけどいいのでしょうか。まあ安倍首相は長州閥ですから、仕方ないですね~。

 

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2015年6月 9日 (火)

世界の歴史を少し正確に理解する 言語の起源

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日本の歴史が大正にまで行き着きました。暗い話が多いので、日本史の勉強をつづけながら世界の歴史に目を向けることにしました。日本の歴史すらも知らない私ですから、世界の歴史に至っては全く知りません。歴史小説さえもギリシャ神話、項羽と劉邦、三国志程度。世界史学習は苦難の道になると考えていますが、それだけに知識欲に対する満足感が高くなりそうです(つまり楽しめそうです)。残念なのはあまりに知識が無い事からかなり不正確な記述になりそうです。間違いに気が付いたら前に戻り、少しずつ理解を深めていきますが、読んでくださっている皆さんに間違った情報や誤解を与える、不愉快な文章になると考えております。今のうちに謝罪をしておきます。

 

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さて最初のテーマは「言語の起源」って巨大テーマですね(笑)考古学の領域です。セミは胸板を鳴らして音階を作ります。しかし一般的に生物はのどを何らかの形で振動させることにより鳴き声を出します。鶯は「ホーホケキョ」と複雑な歌声でなきますし、オウムなどは人間の声まねをほぼ完ぺきに発声できます。しかし人間だけが頭脳の中にある言語を並び替え、発声する事でコミュニケーションをとります。言語がどのような進化の過程を取ったのかと言えば赤ん坊の成長過程が参考になります。最初の頃に赤ん坊が覚えるのは合図です。腹が減った、眠いなどの行動を鳴き声で表します。ただ母親しかわかりませんので言語ではありません。赤ん坊の最初の言語と言えば「ママ」もしくは「マンマ」でしょう(通常「パパ」ではありません)。つまり母親の識別か食事の要求になり、そのための発音を母親から覚えます。原則、どちらも「食欲」が絡んでいますね。人間にとって「食」が最も重要なのでしょう。

 

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猿やイルカでも、いくつかの鳴き声でコミュニケーションをとっています。それでも十分に生きていけますが、なぜホモ・サピエンスは複雑な言語を使うようになったのでしょう。ホモ・サピエンスの特徴としてよく、火の利用や道具の利用があげられます。しかし私が人間の特徴として最も他の動物と違うのは言語だと考えており、それに続く「知識欲」であり、言語を記録する文字です。イルカも言語を使いますが、知識欲のためには言語を使いません。水族館で鍛えられたイルカを見ますと、学習欲があるように感じます。しかしそれでもイルカが言語を使う事はなく、調教師の音に反応するだけです。言葉をコミュニケーションだけではなく知識伝達に使うのは人間だけです。さて文字は誰かが発見して広がって行ったものでしょうか。日本語は日本中で通じます。しかし文法も発音も単語も違う方言まで入れた言語は世界に無数にあります。つまり言語は誰かが発明した技術ではなく、世界各国で同時発生した人の能力であり、そうであれば人間が本能として持っている能力ではないでしょうか。クジラが生まれたときから泳げるように、人間は自然と言語を使い始めたのではないでしょうか。頭の良い類人猿はいますが、自分から言語を見つける事はありません。しかし人間は1歳児でも言葉を使い、幼稚園で教育を受ける前に言語を駆使できます。人間は言葉を開発したのではなく、最初から神に言葉を与えられた生物として人間が生まれたのではないでしょうか。あ、私は無神論者です。

 

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最初の言葉は「ママ」のような名詞だった、そして名詞の数を増やしていったと考えています。そして比較的早い段階でメロディーを持った歌が育ったと考えています。以前、人間の大きな特徴は「笑顔」であると聞いた覚えがあります。動物も笑顔のような表情はできますが、本当に笑っているわけではありません。楽しくて笑うのは人間の特徴であり、人類共通の表現です。人間はサルの仲間の中で最も多産であり、一年中生殖活動が可能であり、大きなグループを作り、しかも気候変動などに応じて居住地を移動します。領地を争う戦闘も頻発しますが、笑顔で協力する能力も育ちました。人間の最も優れた能力は個体数を伸ばしつづけられる事です。これは生殖能力だけではなく、集団の縄張りが交錯しても戦争以外の解決方法を持っているからです。「言葉」「笑顔」「知識」「移動能力(適応能力)」が生物界最強の生き物を誕生させ、地球上全域どころか宇宙にまで飛び出し、遺伝子だけではなく言葉と文字という技術で歴史を蓄積した生き物です。人間は視力の良い生物ですが、ここまでの進化を可能にしたのは「聴力」と九官鳥に負けない「声帯」のおかげと感じています。

 

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2015年6月 8日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する 日韓併合

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歴史は事実と解釈で成り立ちます。事実は簡単ですが、解釈は見方により大きく変わります。特に国際問題は両者の立場、民族性、文化などが複雑に混ざり合い、解釈が180度変わる事さえあります。日韓併合は解釈は両国で分かれており、今でも大きな国際問題です。したがって、私の安易な解釈は誤解を招くだけですし、多くの方に嫌悪感を抱かせることでしょう。したがって事実のみを書くように心がけます。

 

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伊藤博文が暗殺された翌年の1910年、大日本帝国は朝鮮半島を併合してしまいます。日清戦争の後、李氏朝鮮は大韓帝国と名乗っていましたが、日本の一地方として編入されてしまい滅亡しました。日本は第二次世界大戦終結まで朝鮮半島を支配しつづけ、その後、日本を占領したアメリカが日本の一地方として朝鮮半島までも占領しようとします。ここに南下していたロシアが衝突し朝鮮戦争が勃発、今でも休戦状態であり38度線を境に一触即発の危機にあります。

 

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大日本帝国は朝鮮半島の人たちにも日本語の利用を強要します。学生時代、韓国の工場見学で釜山を訪れたとき、思った以上に日本語が通じる事には驚きました。もう30年も前の話ですから、今は当時ほど通じないでしょう。また学生交流で韓国に徴兵制がある事を初めて知り、朝鮮戦争がまだ終わっていない事を知りました。当時はビザの発給も制限されており、日本と韓国との関係も回復していない状態でした(今でも回復はしていないのですが、観光での移動はできるようになっていますね)。この時は大学の技術交流で訪問したのですが、かつての日本の高度成長期のような活気があり、工場の方たちも学生も明るく会話を楽しんでくれたのが印象的でした。日本と韓国のわだかまりが信じられないほどでした。

 

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残念ながら過去の事実は変えられません。解釈は個人の判断であり誰もコントロールできません。ただし未来の両国(北朝鮮まで含めれば3国)の関係は改善する事ができるので、私たちには努力が求められています。

 

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2015年6月 7日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 日露戦争

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第二次世界大戦での敵対関係があるので混乱してしまいますが、日露戦争の時期の日本はイギリス、アメリカと同盟を結んでいました。一方でロシアもまだ社会主義国ではありませんからフランス、ドイツ、清などとの軍事協定を持っていました。イギリスとフランスは歴史的に常に敵対関係にあります。今でもイギリスのEU撤退が話題になっていますし、イギリスの通貨はユーロではなくポンドですからイギリスと大陸側の国々とには現在でも精神的な壁が残っているようですね。

 

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日露戦争の詳細は歴史理解の中で重要ではありません。1904年に始まった日露戦争で、ロシアはシベリアから南下してきました。203高地、旅順における陸上部隊との戦闘が起こります。一方、乃木大将が活躍する日本海海戦、バルチック艦隊との戦闘が起こります。日本は決して楽観的ではなく、ロシアは大国でしたからどちらかといえば悲観的であったようです。しかし世界の予想に反し大日本帝国海軍はバルチック艦隊に圧勝、全滅させてしまうのです。ヨーロッパとアフリカを迂回し、インドを回り何か月もかけて日本に到着したのですから乗組員は疲弊していたはずです。いくら強い艦隊でも動かすのは人間ですからね。

 

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戦後、アメリカのポーツマスで条約が結ばれます。ポーツマス条約は大日本帝国が戦争を辞めたくて積極的に結びます。日本は既にお金を使い果たしていました。ポーツマス条約でロシアは韓国と満州から撤退、この時点で極東での南下作戦は断念します。また日本は南樺太を割譲します。その後日本は南樺太と北方領土を取り換えるのですが、ロシアにしてみれば「南樺太だってもともとロシアの領土」とポーツマス条約以降辛酸をなめていたのかもしれません。なお大日本帝国はロシアからの賠償金を断念します。賠償金まで言い出せばロシアは戦争を継続したのでしょうからね。艦隊を失ったロシアよりも大日本帝国に損失が大きい戦争でしたが、以降の歴史を見れば日本にとって大きな勝利でした。

 

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日露戦争を第零次世界大戦と呼ぶ人もいます。第二次世界大戦にまで続く歴史がここからスタートしており、日本は大きな転換期を迎えました。日韓併合から満州事変、そして第一次世界大戦へと続きます。

 

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2015年6月 6日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する 日露戦争への経緯

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「産業革命以来、地球は温暖化している」原因はともかく、気温上昇は事実です。最近は北極海の氷も融け、ロシアが北極海を経由した貿易や北極海の資源開発を始めようとしています。ウクライナ問題や原油価格の暴落が起きたので少し頓挫していますけどね。産業革命前のヨーロッパは今よりも寒く、ほとんどすべての港は冬場に凍りつきました。一年中凍りつかない「不凍港」不在により、冬場に貿易ができない国で多くの死者を出すほどでした。低温が深刻だったのはドイツ以北、およびロシアであり、「不凍港」を求めて領土を拡大しようとします。これは遠隔地を支配する植民地政策とは異なり、不凍港獲得のための南下が目的です。いくら植民地があっても「不凍港」がなければ本国の一年の半分近くは貿易さえできないのですから国民が守れません。国境に隣接する国の占拠を目的とした戦争がはじまります。最近、ヨーロッパの戦争が少ないのは温暖化が貢献している事を忘れてはいけないと考えていますし、再び寒冷化すればヨーロッパ北部とロシアは再び弾薬庫となるでしょう。

 

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ナポレオンやナチス・ドイツのヨーロッパでの領土拡大は日本の歴史と関係しませんので割愛しますが、日本に関係するのはロシアです。ロシアは明治維新の前に一部対馬を占拠しており、日本は常にロシアの恐怖を感じていました。帝政ロシアは最初、ヨーロッパで不凍港の獲得を目指しますが敗戦、次は東、極東アジアでの南下を目指すのです。日清戦争が終わり弱体化した清の東北部、つまり満州をロシアが占領します。しかしまだ海にはつながっていません。中国の旅順や遼東半島、もしくは朝鮮半島がほしかったのですが、日本が支配はしていないものの経済的な占有を進めていました。日露戦争はロシアと日本による朝鮮半島、および中国東北部をめぐる領土争奪戦でした。

 

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日本が朝鮮半島や中国の東北部を守る理由は経済面以上に、ロシアが南下で軍港が作られる事を恐れました。具体的には現実として清の領土であったウラジオストックはロシアに奪われ軍港となり冷戦時代には日本どころかアメリカにとっても恐怖の最前線基地でした。ウラジオストックが無ければロシアはヨーロッパ、アフリカを廻り日本に来るか、北極海を回るしかなく、遠距離であるか氷に阻まれます。

 

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一方で大日本帝国はロシアを含む三国干渉により清に返還した遼東半島にも未練があります。このような背景から日露戦争は始まります。侵略側はロシアであり、防戦側は日本になります。日本はイギリスと強い同盟関係にありましたので、日英同盟vs. ロシアです。いよいよ開戦となりますが、ロシアの敗戦はやはり日本近海に不凍港を持っていなかった事が大きな理由でしょう。バルチック艦隊はものすごい日数をかけて日本に到着したのですから。

 

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2015年6月 5日 (金)

日本の歴史を少し正確に理解する 日清戦争

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明治の早い時期に日本は朝鮮との間に修好条約を結びます。日本は悪い事まですぐに欧米から学ぶようで、不平等で日本に有利な条約でした。日本との貿易と李氏朝鮮政府に課せられた高い税金から朝鮮半島の農民が苦しみ、生活ができなくなって農民による反乱が始まります。反乱制圧のため李氏朝鮮は清に援軍を求めましたが日本も勝手に進軍、農民はすぐに制圧されましたが日本と清との朝鮮半島での対峙が続きます。日本は勝手に「朝鮮の独立を助ける」との理由を付けて清との戦争を始めてしまいます。これが日清戦争であり、貿易を更に有利にするため清の冊封を解除させることが狙いでした。

 

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近代的で巨大な西洋軍隊を持つ日本に清が勝てるはずもありません。日本の圧倒的な勝利でした。李氏朝鮮は中国から独立、更に日本は台湾、遼東半島などを獲得し、沖縄を日本領土であることを認めさせ、加えて清から多額の賠償金をせしめます。ロシア、フランス、ドイツが遼東半島の返還を要求したので日本が返却、これが三国干渉です。それでも日本は歴史的勝利、清はこれをきっかけに弱体化、漢民族による辛亥革命へと続きます。莫大な賠償金を得た日本は軍隊をさらに増強し、日露戦争へと続きます。

 

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豊臣秀吉の朝鮮出兵と日清戦争には多くの共通点があります。思い切ったことを言えば日本は過去の史書を正当化しすぎです。古事記や日本書紀にどのように書かれていたとしても朝鮮半島は日本の領土ではありませんし、古事記や日本書紀を持ってきて「朝鮮半島は日本の領土である」と世界に正統性を主張する事はできません。今でも日本政府は古い地図を持ち出すことが大好きですが、領土は戦争でしか勝ち取れません。「先に見つけた」は西洋の植民地政策に似ており危険な思想です。先住民がすんでいるのに「先に見つけた」は意味が通りません。アメリカを発見したスペインやポルトガルが正当な支配者と言えるでしょうか。彼らがアメリカを支配したのは先住民を滅ぼす戦争に勝ったからです。結局、領土は残念ながら力だけで決まるものであり、日本は平和と言いながらアメリカの武力の傘を使って領土を維持しようとしているだけです。

 

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日清戦争は侵略戦争です。日本人総意として朝鮮半島に住む人たちに対し大いなる反省を持っていると感じていますが、安倍首相や自民党の考え方を私たちがコントロールすることはできませんね。

 

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2015年6月 4日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 大隈重信

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佐賀藩士にして総理大臣になった人物であり、早稲田大学の創始者です。教育者であり政治家であるという二面性を見れば、福沢諭吉より日本の歴史に対する貢献は大きく、彼こそが紙幣の肖像に使われるべきと感じています。もしかすると昔使われたのかな?明治維新に関与していない佐賀藩士ですが明治政府の外相を歴任し、1898年には総理大臣となりました。ただ紆余曲折が激しく憲法論で負けて下野し、その時に早稲田大学を創立しています。

 

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彼もかなりの西洋かぶれで、慶応大学創始者の福沢諭吉と似ています。ただ彼は伊藤博文をライバル視していたようで、高い所を目指していたようです。グレゴリオ暦(西暦)を日本に導入したのは彼ですので感謝しています。大隈重信は純粋な西洋崇拝ではなく、アメリカがハワイを滅ぼし併合した時には思い切りアメリカを非難しています。もちろん大隈重信はアメリカのGo West政策を知っており、次は日本が危ない事を知っていました。ただしこの時点ではまだアメリカと日本の関係は良好です。

 

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大隈重信は西郷隆盛とも伊藤博文とも仲が悪いのに、なぜここまで活躍し、総理大臣にまで到達できたのか不思議に感じます。薩長派閥による支配は30年近くに及んでいましたが、さすがに国民による批判があり維持できなくなったのではないでしょうか。もちろん天皇家と直結する枢密院があるので総理大臣が誰になろうとも表向きの顔であり、裏では薩長による支配が続いていたと考えています。

 

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ここから明治時代の戦争について学んでいきます。

 

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2015年6月 3日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 福沢諭吉

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「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉が有名ではありますが、彼の言葉ではなく学問のすすめという本の中で引用しただけです。平等論、平和主義者という印象があるかもしれませんが、正しく言えば「西洋かぶれ」で特に清を蔑視しており日清戦争を推奨した人物です。朝鮮半島では嫌われ者ですが日本人としてその理由を知らないと恥ずかしいから調べてみます。彼は何度も欧米歴訪しており、幕府の通訳であり、脱亜論(脱亜入欧=アジアの国から脱却しヨーロッパの国となる)を推奨します。今でも日本は西洋かぶれの傾向がありますし、私も西洋文化好きなので(決して脱亜論ではありませんが)奇人というわけではなく、日本人感覚の一つの極論に達した人です。

 

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彼は中津藩士(大分県)であり、慶応義塾大学創始者として有名です。蘭学の緒方洪庵に適塾で学び、江戸時代のうちに蘭学塾として慶応義塾を設立します。教育者として有名であり、政府のブレーンとして働きます。ただし薩長閥とは対立しており、特に憲法論においては彼が大好きなイギリス式の議会政治、つまり選挙で権力者(内閣総理大臣)が選ばれる方式を推奨していましたが、枢密院はビスマルク憲法(明確な内閣の規定は無し)を選択したので落胆して政府から距離を置くようになります。

 

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欧米かぶれのせいか、一夫多妻を非難、男女平等を推奨していますが尊王思想を否定しているわけではありません。一方自由民権運動は否定しています。とにかく彼はアジアが嫌いで、蔑視のレベルであり、欧米の文化を取り入れない朝鮮半島や清に対する戦争を推奨しています。彼の言う平等はキリスト教徒の平等意識に近く、天皇の下にある日本国民の平等を説いているのです。期待外れと言ってはいけません、平等や平和が現在のレベルに到達するまでにはステップがあります。福沢諭吉は平等には前向きでしたが、武士であったせいか武力行使には常に前向きだっただけです。韓国併合は彼の思想に基づくところがあり、そのため韓国からは嫌われるのです。当たり前ですね。

 

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福沢諭吉には良い面も悪い面もありますが、憲法論、教育者、そして男女平等を推奨した事を考えればお札の肖像に使われるレベルの人物だったとは感じています。ただお札の肖像はかなり高齢になった後の彼の写真を使っていますが、若いときの写真を見ますと現代でも通じるイケメンです。若いときの写真を使ってあげればいいのに。

 

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2015年6月 2日 (火)

日本の歴史を少し正確に理解する 大日本帝国

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国の名前について考えてみます。

そもそも「日本」という国名の由来は「日の本」であり、「本」は「根本」を意味します。 Root of Sun 日出国、中国を強く意識した上から目線の国名です。それに「大」をつけて、「帝国」にしたのが大日本帝国です。帝国とは帝=皇帝、日本の場合は天皇の国という意味で、軍事国家を宣言した意味合いではありません。日本という名称は対外的には古くから利用されていたようですが、「大和」という国名もありましたね。日本は中国を意識した対外的で地理的位置を表す国名であり、大和つまり「大きな和」が内政を意識した国名だったのではないでしょうか。中国からは「倭」と呼ばれていましたね。

 

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「中華人民共和国」の「中華」は「華々しい国々の中心」という意味です。昔から中華を国の名前に使っていたわけではなく、漢、唐、清など中華を含まない国名を使っていました。中華民国、中華人民共和国は大正時代頃から使われた国の名称です。ただし中原に住む民族を昔から「中華」と呼んでおり、中華料理には4000年の歴史があるとまで言われます。中華は冊封の国々に対する宗主国という対外的な名称でした。中国には長い歴史がありますが、支配民族も法律も大きく変化しており中原の支配者が中華を名乗ります。漢民族であったりモンゴル人であったり時代によって変わりますが常に中華です。中華は民族名でも国名もなく、「アジアの支配者」的な呼称でしょう。

 

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韓国では呼称として小華を使っていました。中国に配慮しながらも他の冊封国よりは格が高いという上から目線を示しています。第二次大戦後に使われる大韓民国は大日本帝国に近い表現なのが面白いですね。ほら「大++民国」は「大+日本+帝国」に似ています。つまり第二次世界大戦後に発生した中華人民共和国と大韓民国は誇り高き名前になっており、そのネーミングセンスの根源は大日本帝国にありそうだという「勝手な想像」です。朝鮮は李氏朝鮮から続く名前で、こちらは日本よりも歴史を感じさせられますね。日本が占領する前には大韓帝国という名前になっていますが、これは日本が付けた名前と考えており、韓国の方々が選んだ名前ではないと考えています。

 

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個人的に大日本帝国は一度滅んだ国だと感じていますが、その話は第二次世界大戦の頃に。

 

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2015年6月 1日 (月)

日本の歴史を少し正確に理解する 山縣有朋、井上馨、大村益次郎

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悲業の死を迎えた明治維新の志士は物語となりやすく、小説の主人公として有名であり、結果として歴史教科書も有名人です。しかし大日本帝国を作り欧州の大国と対等に渡り合ったのは明治時代の政治家です。彼らにも少し触れておきましょう。

 

山縣有朋は伊藤博文と並び立つ長州、松下村塾出身の英雄ですがとても嫌われているのです。小説の影響もあるのでしょうが最大の理由は長生きしたからでしょうか。伊藤博文よりも長生きで大正時代まで生きています。徴兵制、陸軍大将、自由民権運動の弾圧などで有名ですが、徴兵制の設計図は大村益次郎が作っており、彼が生きていれば山縣有朋の活躍は無かったかもしれません。また西郷隆盛を失ったことにも責任があり、伊藤博文死後の行動も嫌悪感を抱かれる理由でしょう。

 

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さてその大村益次郎とはどのような人物でしょう。彼は長州出身で適塾塾頭であり医者です。その一方で軍事の天才という異色の才能を持ち、明治維新の英雄の一人です。徴兵制を立案するも明治2年に暗殺されてしまいます。詳しくは司馬遼太郎先生の「花神」を読んでください、「竜馬が行く」に並び立つ名作です。

 

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さて外相、井上馨も忘れてはいけません。伊藤博文を総理大臣に推挙したとも言われていますが本人が総理大臣になる事はありませんでした。ただ明治時代の難しい国際関係の中で外相を務める政治力は平成の政治家も見習うべきです。日英同盟やアメリカとの関係など、日本が日露戦争に勝ってポーツマス条約を結べたのは政治力です。

 

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大隈重信、福沢諭吉などまだ触れていない人物はたくさんいますね。

 

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