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2015年5月31日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 大日本帝国憲法

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日本国憲法さえも十分に理解していない私が大日本帝国憲法など全く理解しておりません(笑)日本国憲法もアメリカに与えられたといえ日本国民が作ったとは思っていませんが、わかりにくい文章はあるものの悪い憲法とは思っていません。一方で大日本帝国憲法は長州藩が主導となって作った尊王論に基づいており、大きな問題が含まれている事は誰もが知っています。それでは具体的に何が問題だったのでしょうか。

 

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大日本帝国憲法は1889年(明治22年)プロイセン、つまり現在のドイツのビスマルク憲法を参考に作成されました。福沢諭吉など長州派閥以外はイギリス憲法を参考にすべきと説いていたのですが、長州に負け落胆し下野します。大日本帝国憲法をまとめたのは枢密院ですが、今では聞きなれない組織名ですね。枢密院は内閣政府がありながら日本最高の天皇直属機関であり、国民には隠密に行動していた影の立法府および内閣で、初代議長は伊藤博文です。第二次世界大戦後に解散しています。

 

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大日本帝国憲法の一番の特徴として、天皇は唯一無二の元首であり、万世一系、天皇大権を持ちます。天皇大権は天皇が主権(統治権)を有する事を明確にする条文であり差別的ではありますが、江戸時代の士農工商が無くなり四民平等、在野から公務に立候補できることを明言しているので大きな前進です。つまり決して悪い原則とは言えません。他にもいくつか評価できる条文を含んでいます。言論の自由は天皇による「恩恵的権利」として認められていました。つまり法律の範囲内、天皇家の許す範囲内、もう少し拡大解釈すれば政府の許可する範囲内において言論、出版、集会の自由を認めていました。完璧な自由とは言えませんけどね。司法権も独立していましたが、枢密院にどの程度コントロールされていたのかわかりません。一番大きな変化は転居の自由ではないでしょうか。藩の垣根が無くなり、日本国内であれば自由に転居できるようになったのです。最近の地方の過疎化を見れば、もう少し地方に縛り付けてもよいような気もしますが…って、転勤族の私が言うセリフではありません。

 

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一番の問題は議会制と内閣が憲法で定義されていない事だと言われています。その為、枢密院を許し、軍部のクーデターを許し、日露戦争から第二次世界大戦につながったという議論があるようですが、この件については昭和の歴史で考えてみます。なお貴族が残り、北海道や沖縄の問題が残り、そしていまでも残る同和問題から、憲法の定義する平等は完璧ではありませんでした。今の日本国憲法は基本的人権を持ちますが、それでも差別が無くなっておらず平等が達成できているとは思えませんので憲法と差別は別の問題なのかもしれません。難しいですね。

 

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