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2015年5月23日 (土)

日本の歴史を少し正確に理解する 標準語

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東京の山の手言葉(高級階層の言葉)を日本の標準として「国語」を学童教育に導入し、標準語の利用を強いた国策…というのは苛烈な表現ですが、大きくは間違っていないと感じています。江戸時代は国が分かれ、文法は同じだったものの各藩の言葉は大きく異なりお互いがコミュニケーションできませんでした。今でいう「方言」です。私は広島弁でしたが大阪に来た時は方言が分からなくて困りました。和歌山に勤務した時も同じです。一方で横須賀や江戸っ子の言葉は苦手でした。標準語は江戸弁ではありません。

 

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明治維新で日本を作る前、各藩で方言を使って習っていたはずです。しかし日本政府は標準語の教科書を作り使用を義務付けました。明治時代から小学生は「サイタ サイタ サクラガサイタ」と学んだわけです。個人的に標準語の強制は悪くなかったと考えています。日本が一つの国として発展したのは標準語のおかげです。朝鮮半島においてハングルが共通語になった事も現在の韓国の発展を支えていると感じています。

 

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標準語を決めるまで日本はどうしていたかと言えば、通訳のような人がいたようです。ただ標準語に近い話し言葉があったようですし漢字は共通でした。維新の政府では長州、薩摩、土佐など特に方言がきつい国から集まった人が東京で議論をするわけですから、自然と共通の言葉、そして各藩が喧嘩にならない東京の言葉を用いた標準語の整備は自然な流れだったと感じます。薩長同盟がうまくいったのは筆まめの坂本龍馬の文章力ではないかと考えています。彼の文書は簡潔で誰もが理解できますが、土佐弁の理解は難しかったでしょう。そんな中で「国語」(National Language:国の言葉)という学問を作ったことが日本を強い国に作り替えた大きな「機能強化」だったと考えます。

 

 

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私は国語が苦手なので、人生の後半になった今になって大いに反省しています。

 

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