« 日本の歴史を少し正確に理解する 戊辰戦争 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 千利休 »

2015年5月14日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 廃藩置県

 

Osk0072

いま日本という中央政権の国に住む私たちが気にもしない都道府県制度、大阪府は強い自治権を求めて闘おうとしていますが府民は乗り気になっていません。日本は今、完全に一つの国になっているので、都道府県独自の自治はほとんど独自色がありません。私たちは簡単に県境を超えて引っ越せますし、ふるさと納税などという仕組みまでできました。明治以前は敵国であり、脱藩は死罪に値し、敵に兵糧を送る行為だけでも処分されていたはずです。

 

Osk0073

明治維新で最も疑問に感じるのはどのようにして「廃藩置県」を達成したのかという事です。もちろん内戦は多発しますが、それでも府県体制が成立した事は不思議としか言えません。大政奉還や明治維新よりよっぽど不思議なのです。廃藩置県の前の藩籍奉還は明治2年に行われました。尊王論として土地を天皇家に返すという命令ですが、藩主は知事と名前が変わっただけの状態だったようです。

 

Osk0075

廃藩置県は明治4年に行われたクーデターです。藩主の権限をすべて奪い、徳川家の支配地を政府が管理していた「府県」という考え方を採用したのです。藩主(当時の知事)をすべて東京に呼び出しその場で全員解任、新しい知事は政府が派遣し旧藩主は地元に帰ることなく東京に移住を義務付けたのです。よく戦争にならなかったですね、当時の政府軍が既に強大になっており対抗できないと感じていたのでしょう。しかし政府内部でも反対派が多く、西郷隆盛などは士族による管理(軍事国家)を目指していたようです。

 

Osk0076

西南戦争は征韓論が起因です。しかし西郷隆盛の不満は廃藩置県後の体制にも不満を感じていたのではないでしょうか。

 

Osk0074

« 日本の歴史を少し正確に理解する 戊辰戦争 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 千利休 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本の歴史を少し正確に理解する 戊辰戦争 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 千利休 »

フォト
無料ブログはココログ