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2015年5月28日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 明治天皇

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畏れ多くも明治天皇について説明させていただくのは、個人的に多いなる誤解をしていたからであり、正さないといけないからです。

 

明治維新の中心人物は孝明天皇ですが、維新と同時と言っていいほど年号が明治に変わります。偶然にしかすぎません。私の誤解は明治以降の軍国主義で天皇が戦争の主導者と考えていた事です。特に、学生時代は誤解していました。なぜ日本の歴史教育はこのような誤解を招く教育をしたのか、もしくは教科書ではなく共産党員だった私の歴史の教師の意志が加わっていたのか。

 

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政治の中心に座った天皇はわずかしかいません。院制を敷いて政治をした上皇はいますが、天皇は神としての役割を重んじています。主権は持つものの俗世の政治は政治家に任せ、和をもって決めた事、つまり議会決定事項を宣言するのが天皇家の役目です。戦後の象徴天皇と違い、自分の意見で宣言をするかどうか決める事が出来たのは間違いありませんが、明治時代でも和をもって貴となすという基本方針を持っていたはずであり、明治天皇が何かを指示したクーデターは見受けられません。

 

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明治天皇陛下は人間味にあふれた方であり、お子様を見ればわかるとおり国民の事を考え、平和を愛する方だったそうです。ただここで平和は現在のような国際平和というより日本の平和と考えたほうがよさそうです。明治維新は志士や政治家が進めた革命であり、軍部を活用したクーデターであり、決して明治天皇が革命に積極的に関与したとは見えません。日本の文化を愛し、質素な生活を好まれていたそうであり、子供の数は多いのですが成人した男子は大正天皇だけだったそうです。こんなことを言うと怒られるのでしょうが、とても人間味にあふれており現在の優しい表情の平成天皇の祖父ですから、おなじような優しさを持っておられたと考えています。

 

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明治天皇は明治神宮に祭られ、大裳では乃木将軍が殉職したと聞いています。これらは尊王思想を強化するために明治政府が行った神格化の影響であり、明治天皇が望まれたことではなかったと想像しています。想像で語る事自体失礼ですが、平成天皇の印象から感じる自分の感性を信じ、明治以降の戦争と天皇家を切り離そうと考えています。今後、明治時代の暗黒の歴史に触れていきますが、明治天皇とは無関係である、明治政府の責任と整理しておきます。

 

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