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2015年5月20日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 明治維新の終結

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江戸の幕末、武士が特権を持つ江戸社会はグローバル・スタンダードから外れていました。黒船は起点にしかすぎず、明治維新はグローバルの波と国内の歪を整合化する避けられない革命だったと考えています。戦国時代の下克上の時と同じく、下級の若い武士や商人が中心となり国の形を劇的に変えました。日本が危機の時には若者から英雄が現れるのですね。明治維新では日本という天皇家を中心とした尊王思想社会を確立し、大日本帝国軍という日本国家の統一軍隊ができました。天皇陛下のための軍隊であり、国民皆兵、つまり徴兵制で組織されました。その力は西南の役で世の中に見せつけられました。

 

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この時代の世界標準、グローバル・スタンダードは何でしょうか。民主主義とか資本主義とか東西冷戦後の世界標準で考えてはいけません。世界は植民地全盛時代、奪うか奪われるかという陣取り合戦の最中であり侵略こそがグローバル・スタンダードだったのです。侵略するか侵略されるか、二つに一つの選択でした。海外の武力に対抗できる軍事力が必要と気が付いたのは吉田松陰であり、明治維新の志士です。馬関戦争など攘夷に失敗した事で藩単位では勝てない、統一国家をつくるため「尊王」思想に傾倒しました。天皇主権の四民平等、国民皆兵、明治になり徴兵制が始まり、富国強兵で強くなりすぎた大日本帝国はヨーロッパに倣って植民地侵略という「グローバル・スタンダード」をはじめました。大日本帝国が占領したのは韓国だけではなく、北海道(蝦夷)、沖縄、台湾など広範囲に及びます。

 

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明治維新は既得権益として藩と武士が持つ権利を全て奪い中央に権力を集約する革命でした。統一国家でなければ海外に対抗できない、誰でもわかっていたのですが誰が時代を変えるリーダーになるのか決まっていませんでした。可能性のあるリーダーは幕府か朝廷を味方につけた関ヶ原の敗者かという状況で、幕府がリーダーとなって日本統一を進めるオプションもありました。安政の大獄まで主導権争いは幕府がリードしていましたが、桜田門外の変で状況が一変、その後の徳川幕府はリーダーの資質を持っていませんでした。勝利の女神は朝廷を味方に付けた薩長に微笑みました。

 

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さて明治維新後の支配者は誰だったのでしょう。明治天皇陛下だったのでしょうか。いえ薩長の志士により作られた議会であり、枢密院であり、日本帝国軍が支配する軍事国家だったのでしょう。日清戦争、日露戦争、日韓併合、日本は帝国国家として欧州を中心に発生したグローバル・スタンダードに従い戦争への道を突き進んでいくのです。

 

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