« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川秀忠 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 江 »

2015年4月23日 (木)

日本の歴史を少し正確に理解する 春日局と徳川家光

Osk0225

徳川家の家系図は歪んでいます。正室の息子が将軍になったのは徳川家光だけです。家光は徳川秀忠とお江の息子です。物語を面白くしようとすれば、「家」光は徳川「家」康と春日局の息子という噂がありますが、その謎は永遠に解明できません。ただ春日局がお江から家光を奪い乳母として育てた事だけは間違いなさそうです。江は悪名高い浅井三姉妹の一人、織田家の家系ですからどんな教育をするかわからない、跡継ぎを江から引き離して明智家系の春日局に渡したのは家康と秀忠の決断かもしれません。その春日局は明智系ですが、家康は明智光秀を恨んでいないどころか感謝しており、神格化さえしていたと考えられています。明智がいなければ徳川幕府はない事を家康が一番実感していたはずです。家光の「光」が明智「光」秀のからとったかどうかまではわかりませんけどね。

 

Osk0219

家光が有名なのは江戸時代に特徴的な政治を始めたからでしょう。キリシタン弾圧を通して鎖国体制を築き参勤交代を始めます。家光の時代に戦国時代は既に過去になっており戦争を知らない世代です。家光は気が弱く、あまり人を信じなかったような気がしてなりません。参勤交代は一種の人質制度であるだけでなく、大名の経済を圧迫して戦闘力を奪います。一方、海外勢力を恐れて国を閉じてしまうというやり方は秀吉の韓国出兵とは逆向きとさえいえる後ろ向きで弱気な政策です。しかし結果としてはうまくいきましたね。

 

Osk0220

乳母の春日局は有名ではありますが、たかだか乳母ですから詳細な歴史は残っていないようです。ただ歴史を面白おかしくしようとしてたくさんの逸話があります。逸話には信じてよいものもありますが、多くの逸話には悪意があります。ドラマの「江」でも逸話に従ったドラマが展開されました。ドラマとしてはとても面白かったのですが、あまり正確ではないと感じています。

 

Osk0223

それでは戦国時代の最後に「江」についてみていきましょう。

 

Osk0217

« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川秀忠 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 江 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川秀忠 | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 江 »

フォト
無料ブログはココログ