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2015年4月21日 (火)

日本の歴史を少し正確に理解する日光東照宮

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東照大権現、東を照らす最上位の「権現」という意味であり、徳川家康を神格化した神です。権現とは日本の神と仏とのハイブリッドという存在のようです。家康は静岡県で亡くなり、静岡県に九能山東照宮ができました。しかしわずか1年後に日光に東照宮が移ります。当時の埋葬技術から考えて、1年もたった遺体を移したとは思えませんので霊魂だけを移した(分霊した)という事になるでしょうね。日光東照宮が巨大になったのは、家康の死後20年近くがたった後、家光が行っていますので最初は今ほどに大きくありません。

 

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移動させた理由は家康の遺言に従っただけです。「まず久能山」「一周忌が過ぎたら日光山」「日光山で八州の鎮守になる」と言っています。ここで八州は関八州ではなく当時の日本全土を意味し、日光は江戸に対して北極星を強く意識した配置にあります。北極星のように光り輝き江戸を守るなんて、かなりのロマンチストですね。でも本当は「鬼門の封鎖」ではないでしょうか。もちろん神がかり的な理由ではなく、具体的には伊達正宗です。

 

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仙台藩藩主、「独眼竜」伊達政宗、もう少し早く生まれてくれば伊達幕府を作っていたのかもしれません。江戸初期、加賀藩、薩摩藩に並ぶ巨大な仙台藩、大坂の役の活躍を見ても東軍の主力です。しかも若い、戦国時代の武将は徳川家康より先に亡くなり、子孫の世代に移っています。しかし戦国大名の生き残りと言える伊達政宗は若く、家康が亡くなった後の「最強勢力」と言えます。彼が松平姓を賜っている事からも徳川家として格別の配慮があったことに間違いありません。しかし伊達家は意外なほどに徳川家に忠義を示しており、参勤交代も政宗の号令で決まったようなものです。

 

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さて、戦国時代は終わりました。個人的に江戸時代には興味がありません。戦国時代の後始末を見て終わりとし、明治維新に進みます。

 

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