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2015年4月 8日 (水)

日本の歴史を少し正確に理解する 慶長の役

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まずは史実を整理しましょう。

 

文禄の役の休戦協定は嘘が入っていました。秀吉には「明が降伏した」と報告され、明では「秀吉が降伏した」と報告されたそうです。どちらも嘘でした。嘘を知った秀吉が怒って起こした戦争と言われているのが1597年の慶長の役です。再び14万人の兵力を送り込んでおり、前回の反省が全く生きていません。そうは言いながらも順調な勢いで侵略を進めていたところに秀吉が急死したため日本が退散しています。秀頼はまだ幼少ですから豊臣の指揮管理体系が崩壊したのです。

 

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この戦争は日本、韓国、中国に多大な被害をもたらします。まず韓国は治安が大きく悪化し、李氏朝鮮の荒廃が一段と進んでしまいます。明はポルトガルと日本との戦いで軍事費がかさみ弱体化します。日本の場合、多くの大名が朝鮮半島での戦争で兵力や資金を失い弱体化します。誰も得をしなかった消耗戦なのですが、戦争に参加しなかった徳川家康だけが戦争前の力を保持している状態です。たとえ秀吉が生きていても、既に徳川家康には勝てなかったかもしれません。

 

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秀吉の死因はわかっていませんが、病死であることは確かでしょう。老衰には早すぎますね。脳障害や認知症という話もありますが、これらは死因にはなりません。一般的に言われている癌や性病、もしくはそれらの合併症の可能性があるのかもしれません。現代医学でも死因がわからない事は少なくありませんから「病死」という表現が適切で、それ以上の分析は難しいですね。有名な醍醐の花見の後に体調を崩し、徐々に弱っていったそうです。前線にはどのような情報が流れていたかわかりませんが、最後まで秀吉の死亡を知らずに戦っていた人も少なくないはずです。

 

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この戦争が今でも日本と韓国、北朝鮮の関係に禍根を残している事は悲しいですね。大東亜共栄圏の考え方とよく似ていました。日本の生産力に限界を感じ、中国の資源(食料)に救いを求めた、ヨーロッパ諸国への防衛線としてアジアを使おうとした、言葉を変えれば大東亜共栄圏が秀吉の真似です。中国は元や清の時代にモンゴルに侵略されます。元は日本にも攻め入ってきました。日本が長い歴史で常に中国の侵略を恐れていたことは間違いなく、「元」の例を見て中国を占領しようという気持ちもあったでしょう。中原に上るというのはアジアの共通目標でした。朝鮮出兵は明らかな侵略戦争であり、秀吉擁護は意味を成しませ。大東亜共栄圏は一段と深刻な問題ですけどね。

 

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