« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川家康はなぜ嫌われるのか | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 敗者としての桶狭間 »

2015年4月12日 (日)

日本の歴史を少し正確に理解する 竹千代

Osk0136

アニメ竹千代物語、1975年だそうです。母と別れての人質生活…だった記憶が。竹千代は徳川家康の幼名です。

 

弱小の岡崎城主の息子、竹千代は幼少期に今川家の人質となります。母親と別れたのはアニメ通りです。一時期織田家の人質となり、織田信長と知り合ったそうです。しかし主に今川家の人質として育ち、今川家で元服します。年齢は豊臣秀吉より少し若い程度ですが75歳まで生きたので天下をとれました。最後まで食欲旺盛で、てんぷらを食べて死んだという伝説は有名ですが、そんなわけはありません。

 

Osk0141

今川は大大名で王道の戦をします。そのせいで織田信長の奇襲に敗れたのかもしれませんが、徳川家康は今川を見て育ちます。家康も数に物を言わせた王道の戦争をするのですが、謀略にも長けています。特に服部半蔵など諜報部隊の利用が得意でした。関ヶ原での小早川の裏切りを見れば、謀略巧者と感じます。一方で直接対決は弱く、何度か死線をさまよう敗走をしています。徳川家康の戦法は孫子の兵法に似ています。家康は中国の英雄が大好きだったようで、体力より知力を使う武将と感じます。アニメで言えばコードギアスのルルーシュに似た戦い方です…って、わかりませんね(笑)幼少期は今川家と中国の武将に影響を受けて人格形成したと想像しています。

 

Osk0140

徳川家康が人質生活で得た大きな利益は処世術ではなかったでしょうか。人質という四面楚歌の状態では、感情を殺してでも自分の安全を守り、生き延びて逆転の機会を待ちます。また自分の命を握っている支配者と渡り合っていく処世術は自然に学べたことでしょう。人質生活が彼の人格に大きく影響し、それがプラスであったことは間違いありません。ずるがしこい行動にはポーカーフェイスと笑顔が必要です。豊臣秀吉でさえも「秀頼が成人するまで国政を頼む」と信じてしまった(そしてすぐに裏切られた)家康のずるがしこさは全く表情に出なかったのでしょう。そう、テレビドラマは間違っています、徳川家康の俳優は明らかに悪人に見えます。本物の徳川家康は聖者のような善人に見えたはずです。

 

Osk0142

ドラマの影響から子沢山で太っていてケチ(太っていたのもケチも事実です)、スケベ社長の雰囲気があって嫌われる理由なのかもしれませんが、両親が美形のため幼少期の竹千代は美男子だったろうと言われています。

 

Osk0134

« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川家康はなぜ嫌われるのか | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 敗者としての桶狭間 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本の歴史を少し正確に理解する 徳川家康はなぜ嫌われるのか | トップページ | 日本の歴史を少し正確に理解する 敗者としての桶狭間 »

フォト
無料ブログはココログ