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2015年2月17日 (火)

歴史を少し正しく理解する 土一揆と一向一揆

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室町時代のここまでの流れを整理しましょう。1333年、建武の新政で鎌倉幕府が倒れます。ここからが南北朝時代です。3代義満の時代からが室町時代とすれば1367年からですがまだ義満が10歳なので1380年くらいからが室町時代と言えるのでしょうか。その後、8代将軍の時代1467年に応仁の乱が始まります。義満の時代から約100年ですね。その後、1573年まで足利将軍家は続きます。この応仁の乱から戦国時代までの穴埋めが難しいのです。

 

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応仁の乱の前に始まったのが土一揆です。個人的には日本の民主主義革命的な印象を受けます。農民が結託して政府の政策に異議を申し立てる争いです。この頃には庶民が政府に対抗できるだけの資産と力を持っており、一方で政府自体がデモを抑えられないほど弱体化している事を意味します。民主主義であればデモは認められた権利ですが、封建時代において武力を備えたデモは支配の欠陥を意味します。現在の中国によるデモのコントロールをみればわかりやすいですね。権力が一極に集中している時にデモは抑圧されるのです。もちろん民主主義の日本でも学生闘争などは制圧されてきましたが。

 

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土一揆は単なる局地戦で室町幕府への対抗権力とはなりませんでした。ただ市民による政府への不満は蓄積されており、政府に対抗するだけの力をつけていたことが重要です。政府に対抗する代表権力があれば民衆は終結し対抗できる「下地」がそろっていたのでしょう。そこに蓮如の登場で状況は激変します。蓮如とは浄土真宗の僧侶であり、重要人物ですので次回にしっかりと考察します。この蓮如が始めたのが一向一揆です。「一揆」という言葉には「戦争ほどではない」というニュアンスを感じてしまうのですが、それは間違いであり日本を代表する宗教戦争です。

 

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ここで重要なのはかつて武士が貴族を駆逐してきたように、市民が武士を駆逐しようとしているのです。その力が終結したのが一向一揆と言えるでしょう。

 

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