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2015年1月11日 (日)

歴史を少し正確に理解する 年代

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ここは完全に私の想像で話を進めます。歴史とは関係ありません。

 

学生時代に年代を覚える事には苦労しました。今の授業ではあまり年号を説明しないそうです。私の学生時代は35年ほど昔ですが、日本の歴史の中のわずかに35年です。その間に年号はずいぶん修正されています。これは和暦と西暦の整合がうまく取れていない事と、古い史書には明確に年号が書いてないので「解釈」が必要だからでしょう。最初にまとめてしまえば、歴史にとってあまり年号は重要ではなく、前後関係が重要です。なぜかと言えば日本語が仏教から分離し始めることで、貴族の経験や反省が書物として蓄積され、その後の政治活動にも影響しているからです。仏教から独立した文字の力が発揮され始めました。

 

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日本人はなぜ年号を気にするのか。個人的には日本に「年功序列」という文化が育ったからだと考えています。年功序列は儒教的で日本の治安を維持する有効なシステムですが、今では年齢差別として世界的にも問題視されています。年齢を気にする年功序列システムは直接年齢を聞くことを避け「何年生まれか」という事を遠回しに聞いて確認します。たとえば空海と最澄のどちらが年上かという事を気にするのです。しかし年功序列はいつ頃始まったのかわかりませんし、少なくとも江戸時代まで「階位」「士農工商」などの階級制度が明確にあり年齢より強い差別のシステムがあったと考えています。資本主義社会、実力主義になれば年齢は能力差を示す指標にならない事を誰もが理解しています。それなのに日本人は今でも年上に敬語を使い、敬語が使えない芸能人を「礼儀知らず」として好奇の目で見つめてしまうのです。一方で英語には年功序列を満たす敬語のシステムがないので苦しむ…。つまり歴史を見るときに現代の年功序列という考え方は一度捨てなければ間違いを起こすような気がしています。

 

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日本では天皇が就任してからの年数が年号に使われていました。いえ、今でもそうですね。そのため没年と元年で西暦と年代がずれがちです。しかも日本は太陰暦です。マスメディアがなかった時代、和暦はどこまで使われていたのでしょう。平城京と各地の守護は使っていたでしょう。しかし国民は季節が重要でしたが年号も意味がありません。成人式もなければ、仏教が伝わっていないので三回忌など年ごとのイベントもない、自分の年齢さえ覚えていない、また年功序列はきっと今ほど強くないし人が集落を飛び出して引っ越しするような「転勤」もない、そうすると年号は今ほど意味を持っていません。現代に生きている私はオウムの事件が西暦何年に起きたのか覚えていません。それよりもあの事件の前後で私たちの新興宗教に対する意識が変わったことが重要なのです。

 

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年号はただ前後関係を表すために利用するだけで歴史を学ぶうえで意味はありません。前後関係が重要なのです。私は理系だったからか、学生時代にこの考え方が支配的になり、年代を覚えさそうとする歴史教育に嫌悪感がありました。その一方で歴史小説が大好きで明治維新という不思議な革命がなぜ成り立ったのか、戦国時代に下剋上という不思議なシステムが発生した理由を「考える事」がとても好きだったのです。歴史は過去の事象から学び今の生活をただすことが重要です。歴史は本来、年代を教えるのではなくいくつかの前後関係から各自が「解釈する事」を教え、学ぶべきだと考えています。

 

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