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2014年12月24日 (水)

歴史を少し正確に理解する 板垣退助

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坂本龍馬が人気なのは仕方がありません。「竜馬が行く」は日本の文学史の中でも最高傑作の一つです。私の今があるのも、この小説のおかげといって過言ではありません。その為、明治維新までは興味を持つ人が多いものの、龍馬が亡くなった後、明治維新後についてはほとんど何も知らない人が多数います。私はその代表格です。特に戊辰戦争については名前以外何も知りません。五稜郭で土方歳三が戦ったことくらいは知っていますが。

 

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板垣退助、土佐藩士で上士の出身です。郷士ではない土佐藩士が維新の場に出てくることから彼の性格がわかります。板垣退助と言うと思い出すのは老年期の髭と「自由民権運動」かもしれません。「板垣死すとも自由は死せず」といいながら、その時には死亡しなかった板垣退助、「私が死んでも」ではなく「板垣死すとも」と苗字を名乗っている事から本人の言葉かどうかも怪しいようですが、彼の性格をよく表しているから広まったのでしょう。彼は信念というか理想論をもって人生を歩んだと感じさせます。まじめ、正直者という事だと考えていますし、政治の世界で大成しなかったのは腹黒さが無かったからでしょう。正直者は政治家として大成しないと言い切っており、申し訳ないのですが。

 

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彼は明治維新の中では数少ない軍人のヒーローです。30代前半、戊辰戦争で会津藩を攻め落としておきながら、会津に土佐を好きな人が多いのは彼の戦後処理の影響に見えます。もう少し前から彼の信念を見てみましょう。土佐の上士は尊王攘夷に反対する立場です。事実退助は陸援隊の中岡を暗殺しに行くのに彼にほれ込んでしまい維新の徒となります。もちろんこの頃、彼はまだ20代で若かった、倒幕こそ正義という気持ちがあったのでしょう。彼が戊辰戦争で官軍を率いたのは、近代兵器に強く、揺るぎのない武力制圧の意志があったからでしょう。策士ではなく代表的な大将でした。しかし征韓論に反対し西郷隆盛と同じく下野し、高知県に戻ります。それからの自由民権運動であり、あの髭です。つまり「交渉の利かない政治的説得がきかないまっすぐな軍事の天才」が彼の印象です。

 

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しかしそんな彼がなぜ自由民権運動に動いたのか、勉強不足で理解できていません。

 

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