« 日本の自動車 | トップページ | Made in Japanの今後 »

2014年12月13日 (土)

日本史を少し正確に理解する 古代史

Sin0254

日本で文字が使われ始めたのは中国から漢字という技術が輸入された時からです。しかしとても不思議で、なぜ5世紀まで漢字が輸入されなかったのでしょうか。中国との貿易はもっと前からあったのに。そしてなぜ8世紀になるまでまともな史書が残っていないのでしょうか。その疑問を持ちながら話を進めていきます。文字が残っていないので古代史は「物」や「地層」などから判断するしかありません。もちろん文字が輸入されてからも、一部の貴族だけが支配していました。平安までの書物は天皇家や貴族が自分たちの子孫に向けて残した伝記に近く、平成の歴史学者にむけられた正確な情報ではありません。ここでも「物」が書物より多くを物語るのですが、古墳時代以降の話題は別の機会としまして、今回は縄文時代と弥生時代について自習します。

 

Sin0250

縄文時代のスタートはいつかという議論にはあまり意味がありません。自然発生ですからね。縄文時代の初期はまだ日本がユーラシア大陸の一部で「日本人」という分類がありません。約12000年前に発生した急激な温暖化で海面が上昇し、日本は島として孤立します。この当時、気温は2℃上昇し、海水面は30m上昇したと言われています。孤立してしまった島々として縄文の日本人が成立します。その期間は1万年近くにも及び、独特の縄文文化が育ちます。気温が高いので食料に困る事が無く、島国であったため外敵の侵入も少なかったのでしょう。後期には25万人を超える大集落ができており、これは今の時代でも大きな都市といえ、アフリカの原住民のような生活を想像すると間違いです。分業が進み、物々交換とはいえ商業も成り立っていたのでしょう。25万人を漁業と狩猟だけで支えられるわけはないので、農業に近い文化もあったのでしょうか。縄文時代、いえ江戸時代近くまでそうなのですが、現代の「日本」と「日本人」というくくりを想定すると歴史を見失います。集落単位での複数の国家に近い群落で今の日本のような大きなつながりは弱かったはずです。急激に国家の形を作り始めるのが弥生時代です。なぜ国家の形が必要になったのでしょう。

 

Sin0252

弥生時代の発生と九州沖合での火山噴火は強い関係あると言われています。地球の気温は2℃下がり、海が遠ざかりました。漁業は壊滅し、野山での実りが減りました。集落の人口は大きく減少します。特に火山に近かった九州は10m近い火山灰が降り、全滅に近かったと考えられています。そのため弥生前期は実際には縄文文化後退期です。衰退期間は数千年に及び、弥生らしい文化ができてきたのは紀元前500年ころの「最近」です。当然土器の形は変わります。2000年近い空白期間、停滞期間があり急激に再興してくるのですがなぜでしょう。邪馬台国は紀元200年ころですのでそれ以前の約700年が弥生時代となりそうで、実際は日本が復興した後半の400年くらいが私たちのイメージする弥生時代です。日本を救ったのは水田と食料を確保するための土器でした。派手な装飾の縄文式土器は消え、実用的な弥生式土器に変わります。そして集落ごとの戦争が始まるのです。人口に対して食料が少ないからかもしれませんが、もう一つの因子に弥生人、いわゆる顔の平べったい人族が現れます。骨格は中国南部の人種に似ているらしく、海水面の低下から海を簡単に渡れるようになり貿易が盛んになり、農業技術を持った中国渡来の支配層が生まれたのかもしれません。中国の戦乱の敗者(殷と夏、春秋戦国時代など)が渡ってきたのではないかという説があるようで、私も中国渡来の天皇家が縄文日本の侵略した勘違いしていました。しかし長い縄文文化の停滞期間を考えますと、中国弥生人による稲作の伝来は日本の救世主だったのです。天皇家の奈良進出は集落が定着した日本国内の紛争でしょう、海外からの侵略ではなさそうです。私の誤解はタイムラインを整理できていなかった事が起因です。しかし確かに弥生時代に戦闘は活発化し、鉄器の伝来で戦闘が高度化し、中国の政治技術で高度な律令国家が作られ始めたのかもしれません。ただ気になるのは、それなのにまだ漢字は伝来していないのです。明らかに中国には漢字が登場しており、1000年以上の月日がたっているのです。そう考えると弥生人は中国から来たのではなく、日本人の進化系かもしれないと疑ってしまいます。ただDNA鑑定などで中国伝来に間違いなさそうな雰囲気になってきましたね。漢字の伝来については仏教と一緒に考えることにします。

 

Sin0251

個人的には弥生時代が現代まで続く日本の始まりであると感じており、そのまま、邪馬台国、古墳時代、天皇家へと進んでいきます。次は少し飛んで古事記について考えます。

 

Sin0253

« 日本の自動車 | トップページ | Made in Japanの今後 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本史を少し正確に理解する 古代史:

« 日本の自動車 | トップページ | Made in Japanの今後 »

フォト
無料ブログはココログ