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2014年12月26日 (金)

歴史を少し正しく理解する 浄土真宗の基礎

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仏教の基本原則は自己鍛錬です。生死をさまよう激しい修行を積んで初めて悟りを開き、輪廻転生からの解脱を計ります。しかし彼ら僧侶が人を助ける事はありません。仏教徒として厳しい鍛錬を積みたいという人にその方法を教えるだけです。「そんなはずはない」という人が多いでしょう。葬式や法事で説教があり「南無阿弥陀仏と唱えれば浄土に行ける」というありがたい教えがあります。それは仏教に共通の手法ではなく、浄土真宗が生み出したマジックです。

 

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本来、仏教と葬式は無関係です。しかし浄土真宗が「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えればOKという手法を生み出したため、人生をかけた修業は必要なく、葬式の場で念仏を唱えさえすれば阿弥陀如来の足元、いわゆる浄土に行けるという他力本願、マジックワードができたのです。仏教のキリスト教化とも言えます。だからお葬式の時だけでいいという勘違いが固定化してしまったのです。浄土真宗は鎌倉仏教、鎌倉時代の初期に親鸞が作った教団で、そのため鎌倉の大仏は阿弥陀如来です。法然の浄土宗の段階ではまだ一般化されていなかったマジックワードは浄土真宗で大衆のものとなりました。仏教が庶民に広がったのです。

 

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高校時代、お布施さえ払って南無阿弥陀仏と唱えれば浄土に行けるという仏教に違和感があり教会に通ったりしました。生まれ故郷の広島が浄土真宗中心だったからです。しかしキリスト教にもなじめず、無宗教になりました。珍しい話ではなく日本人のほとんどが無宗教であり、その割には初詣、お盆、法事、彼岸、クリスマスなど宗教を意識せずに宗教的な慣習をこなしています。結婚式も神式か教会という宗教儀式です。最近は式を上げない人が多いのですが、無宗教としては一番正しい方法です。仏教が葬式や死者の世界とのつながりという宗教になってしまったのは浄土真宗に原因があり、その一方で私たち世代にとって浄土真宗がなければ仏教は庶民のものにならず、葬式や法事を規格化してくれた、ありがたい存在であるのも確かです。

 

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しかし仏教としてそれでよいのか、また神社と勘違いして京都の寺院に行ったときお賽銭を入れて手を合わせるのが本当に良いのか、少し勉強し直している過渡期です。私の仏教シリーズはまだ続きます。次回は僧兵という軍事システムがなぜ生まれたのか考えてみます。

 

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