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2014年11月 5日 (水)

泉大津について学ぶ その3

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勝手な泉大津7不思議、ただし和泉市も含みます。

 

一つ目がため池の数で、先日紹介しました。しかし数が多すぎます。満濃池のように地域で大きなため池を一つ持つのではなく、各個人(もしくは小さな自治体)が一つずつため池を持っているようです。ここからいくつかの想像ができるのですが、一つ一つの家族が金持ち、土地持ちで個人的なため池を作る事が出来た、つまり財力があったと感じられる事と、一方で近隣とはあまり良い関係ではなかったのではないでしょうか。つまり地域の自治力が弱かった、これは先日、駐車違反を例に挙げたように民法が育たなかった、浸透しなかった事と同じ現象のように感じます。二つ目は13号線、県道20号線の事です。面白い事にこの道路は公式には一度も「13号線」になったことが無いそうです。いろんな噂が飛び交っていますが、国道26号線(並行して走る大きな国道)の半分巾だから13号線説(これは旧26号線の幅の広さから考えると間違いだと感じます)、幅が13メートルだからという説などいろいろあります。ただ浸透しており、20号線と言ってもだれもわからないのに13号線と言うとすぐにわかるところがすごいですね。

 

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三つ目はロシア人墓地(ロシア兵墓地)がなぜ泉大津にあるのか。これは日露戦争にまでさかのぼるそうです。ロシア人捕虜の収容所が高石にあり、多いときはなんと2万人もの捕虜が収容されていたのだとか。小さな自治体の人口ですね、1000人クラスの大型小学校20個分の人数です。日露戦争は海上戦だった印象があったため、そんなに大量の捕虜がいたなんて驚きです。少し日露戦争についても学ばなければいけないのかもしれません。次に和泉市と泉大津市の境目がやたらと複雑であるところ、道路をまっすぐ歩いていれば二つの市を何度も行き来します。五つ目の不思議も実は同じ原因と考えているのですが、道路がずれている事です。いわゆる碁盤の目のような道路ではなく、三差路だらけなのです。しかも斜めになったり曲がったり。これらはため池の話と同じで、近隣との協力体制が無く、土地の境目を道路にして譲らなかった、また市制がしかれたとき家々がどちらの市に所属するか勝手に決めたからではないでしょうか。当然飛び地もあります。その上駐車違反が多いのですから車の運転がとても面倒(交通事故も驚くほどに多い)、自転車の方がスムースに移動できます。

 

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六つ目は財政難です。堺市、高石市、岸和田市など近隣の市町村は経営が安定しているのに、泉大津市は大赤字です。これはかつて繊維業が盛んなころの予算がベースとなっており、繊維業が廃れても予算を下げられなかったからでしょう。事実、市の人口に比べて市役所が(古いけど)巨大です。まずは市役所を小さなアパート程度のサイズにスリム化すべきだと感じますね、職員も5分の1程度でよいかと。小さな市なのですから公共事業は少ないので、すぐに財政が健全化されるはずです。他にも大きな体育館や公民館、昔は繊維がものすごい利益を上げていたのだろうと想像できます。最後の7つ目の不思議は、南北の道はものすごく整備されているのに東西の道がほとんどない事。南北は臨海線、高速道路、26号線と大きな道がたくさんあります。もちろん東西にわたる道も少なくないのですが、26号線、もしくはJR阪和線を超えると利便性が格段に下がります。これも土地の境目問題でしょうね。

 

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大きくまとめると土地の境目問題がいくつもの不思議の原因となっています。ただし13号線の発祥は結局わかりません。

 

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