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2014年11月19日 (水)

歴史を少し正しく理解する 流罪

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歴史の苦手な私が少しでも歴史認識をただそうとするこのシリーズ、「日本史はほぼ欠点」だった私の説明など信じないでください。かなり間違えているし、正しくはないですよ。

 

日本は長い間、死刑という刑罰を嫌っていたようです。「穢れ」という言葉の理解には長い説明が必要なので、とにかく文化として死刑が嫌いだった、武家の時代も切腹という自害による刑罰が中心でした。これを美化して日本の素晴らしさという人がいますが、単一民族ですからそれほど珍しい事ではないし、優しさで死刑をしなかったのではなく「自分が穢れたくないから」死刑にしなかっただけです。

 

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結果として流刑、流罪という行為は日本に多く発生しています。左遷という行為が流罪に近い状況で行われていたため間違いやすいのですが、日本一の祟り神、菅原道真は大宰府への左遷であり流罪ではありません。この流罪はしばしば失敗を引き起こします。もっとも有名なのは源頼朝です。流刑ではなく死罪にしておけば平家は安泰だったかもしれません。しかも平家は軍事政権で死罪はすでにありました。NHKの大河ドラマを見ましたが、結局なぜ流罪が選ばれたのかわかりませんでした。まああのドラマは日本の中でも極悪人の印象が強い平清盛を少し良い人物に描かなければいけなかったのでしかたがありませんでしたね。

 

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他にも天皇家のごたごたで飛ばされ昭和天皇や明治天皇さえも恐れた祟神である崇徳天皇、天皇家ともめた浄土宗の開祖である法然、将軍に嫌われた能の開祖の一人である世阿弥、道鏡などにいったん左遷され復活後に平安遷都を開始した和気清麻呂、同じく流刑から復活し明治維新の中心人物となった西郷隆盛。

 

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他にも天皇家のごたごたで飛ばされ昭和天皇や明治天皇さえも恐れた祟神である崇徳天皇、天皇家ともめた浄土宗の開祖である法然、将軍に嫌われた能の開祖の一人である世阿弥、道鏡などにいったん左遷され復活後に平安遷都を開始した和気清麻呂、同じく流刑から復活し明治維新の中心人物となった西郷隆盛。

 

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なお時代によって系の名前は異なります。流罪、流刑、島流しなど呼び方が違いますが混在して使っています。また現在は無くなっている流罪、一時期、網走を流刑地と間違えていましたが、それは映画などの影響で間違いでした。

 

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