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2014年4月 3日 (木)

差別根絶の難しさ

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差別に関するセンシティブな議論をするわけではありません。気づきの問題を取り上げます。

田嶋先生がテレビで男女差別を議題にします。世界的に見ても日本の男女差別と年齢差別は苛烈です。ただ日本に暮らしているとそれが差別なのか単に区別なのか理解できません。

かつて女性は結婚したら退社する事が暗黙のルールとなっていた企業がありました。一部の企業では今でもあるかもしれません。また男女で給与体系が違うという企業もありましたし、男女間での就職差別も激しかったようです。今でも残念ながら残っている男女差別ではありますが、私たちは問題点に気づき改善を進めています。

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先日、パラリンピックが差別的だという記事を見かけました。差別問題の難しい所は見方によって、人によって差別かどうかの判断が分かれる事です。個人的にはハンディキャップを持つ人が目指すことのできる素晴らしい大会だとしか感じていませんでしたが、確かにオリンピックと区別しハンディキャップを持つ人だけが参加できるパラリンピックを差別と言えなくもありません。パラリンピックの良し悪しを議論するつもりはありませんが、差別とはこのように気づかないところに潜んでおり、無意識のうちに人を傷つける可能性をはらんでいるのです。

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奴隷制度でさえも正当化する人たちがいました。現代において奴隷制度が明確な差別と認識されているのは、私たちのコンセンサスが整理されているからです。一方で今でも私たち全員が平等とは思っていませんし、平等にすることは不可能だと考えています。不平等を助長するのが資本主義であり、一方で平等を目指した共産主義なのに資本主義よりはるかに大きい格差が生まれているのですから、平等の難しさがわかります。男女は生理学的に差がありますし、給与体系も平等ではありません。企業差、年齢や学歴による賃金差。例えば能力給は企業発展を支える年功序列に変わる理想とさえ思われていますが、上司の相対的な能力評価で賃金を決めているのですから「差」を助長している事には違いありません。

Kyo0139

 

ひねりを加えて考えてみれば差があることは決して悪い事ではありません。しかし差別が大きなくくりとして「悪」と思われている事から個性までもが否定される可能性さえはらんでいます。差別はタブー視するのではなく、差を個性として活用していく議論こそが重要なのだと感じています。今でもパラリンピックの開催に賛成ですし、能力給にも賛成です。やりがいを助長する差は恐れることなくつけるべきです。

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