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2014年1月13日 (月)

産業構造の変化

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戦前の話をすれば、日本は資源を確保するため大東亜共栄圏という失敗を犯しました。「失敗」というと反対意見もたれるかもしれませんが、太平洋戦争を生み敗戦したという結果を見れば間違いなく失敗です。戦後日本は方向を転換します。それが「加工貿易」でした。資源を輸入し高付加価値の製品を作って海外で売る、そのために「平和国家」という看板が重要でした。現在の自民党の右寄り外交が貿易に大きな悪影響を及ぼしていることからこの看板がいかに重要だったのか、よくわかります。

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加工貿易は優秀なビジネスモデルでした。冷戦や共産国家の鎖国の間、日本は平和の看板で大儲けをしました。ただこの仕組みには大きな欠陥がありました。給与、つまりコストは右肩上がり、すでに十分な投資が終わっていても投資をやめるとお金の動きが滞ってしまう。しかし実際にこの問題は現実のものとなりました。アジアの多くの国は日本のビジネスモデルを参考にしました。朝鮮戦争が休戦状態の韓国、資本主義寄りに方向転換をしたロシアや中国、1960年代以降独立を進めてきた東南アジア。労働力は安価で資源が入手しやすい地理的な条件から日本では「ドーナツ化現象」が発生しました。1980年代だったでしょうか。

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ドーナツ化現象が発生した時、ます国内ではまだお金があふれていました。それなのに工場が建たない、国内に投資先がない、まだアジアに投資するお金の流れができていない。そこでお金は土地と株に流れました。それがバブルだったと感じています。しかし第二次産業が滞り、物価が上がった日本国内ではお金が動かなくなってきました。バブルの崩壊準備は徐々に積み重なっていたのだと感じています。何がきっかけだったのか忘れましたが、その崩壊は経済構造の急激な変化ではなく人々の恐怖心から発生したものでした。崩壊後に経済が戻らなかったのは単に経済構造がすでに変わっていたからではないでしょうか。人々の感情はバブル崩壊で急激に実情においついただけなのでしょう。

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加工貿易からの脱却のため日本は大きな痛みを伴うしかありませんでした。終身雇用や年功序列の崩壊、平均賃金の低下、無理な海外への進出、少子化による人口の後退。これらはまだ過渡期にあると感じています。たとえば国内生産力に合わせた公共事業や公務員の大胆な削減です。ここまで到達するには人々が我慢できないほどに消費税が上がり、年金が減り、国が借金できないほどに国債の信頼性が落ちる必要があるのかもしれません。これらを避けるには加工貿易に変わる新しい経済スタイルを作る必要があるはずです。TPPは一つのチャレンジだとは思いますが、経済構造が変わるまでの力はないように感じます。

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