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2013年8月25日 (日)

平等院鳳凰堂の大改修

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現在行われている大改修で平等院は建築当時の姿を取り戻すようです。藤原家の栄華、ド派手な建築物です。ここで議論が持ち上がっています。

 

改修には二つあると考えています。現在の姿を残したままでの補強工事とオリジナルに近づける修復工事です。補強工事の良い例は原爆ドームです。すでに崩壊しているわけですから耐震補強は不可欠でした。しかし原爆ドームの場合、オリジナルのきれいな建物に戻しては意味がありません。一方、修復工事で個人的に記憶に新しいのはレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐です。もうほとんど「黒壁」と化していた最後の晩餐が復活したことは感動的でしたが、あまりに派手な色使いなので驚きました。

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さて平等院鳳凰堂は「わびさび」という問題です。たとえば銀閣寺を銀色に戻したらどうなるでしょう。銀閣寺は京との建造物の中でも「わびさび」の代表格です。室町時代というすでに武家社会となっている中で貴族の「わびさび」という感性はすでに芽生えており、銀閣寺の設計者は現代の銀閣寺、彼らにとって未来の「わびさび」はイメージができていたように感じています。個人的な意見ではありますが銀閣寺を銀色に戻すべきではないと感じています。それならば平等院鳳凰堂も同じでしょうか。私はそうは思いません。

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平等院鳳凰堂は将来の「わびさび」の姿をイメージして設計されたものではありません。個人的に今は劣化しているとしか感じる事ができず、当時の藤原家が期待した姿ではありません。平安時代にまだ「わびさび」という文化は育っていません。オリジナルに近い状態に修復する事は本来あるべき姿、建物の設計者が将来の「藤原家の子孫」に見せようとした姿に戻すことです。派手な色遣いは鏡池に遷る姿も鮮明にして、私たちが想像できない美しさがよみがえる事でしょう。何にでも「わびさび」を持ち出すのは歴史が好きな人ではなく、いわゆる美術が好きな人なのでしょう。歴史が好きな人であれば鳳凰堂の修復は歓迎すべきです。事実歴史家が集まり議論したうえでのオリジナルへの復元は歴史家による学識判断と考えています。

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ただ一方で何でも修復すればよいというわけではありません。原爆ドーム、銀閣寺などは一つの例ですが、有名な苔寺をオリジナルに戻すとなるとすべての苔をはぎ取ることになり、そんなことは許されるはずがありません。

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