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2013年8月20日 (火)

長山古墳の再発見

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堺の住宅街で関西最古クラスの古墳が発見されました。

 

古墳は普通小山のようになっていますので「なぜ再発見?」と感じるかもしれません。理由は簡単、すっかり削られ整地されていたのです。文献には存在していたらしく、今回マンションの建築現場から「再発見」となったわけです。100mクラスの古墳というのですから仁徳天皇陵をかかえる堺の中でもかなり大きな古墳です。4世紀後半という事で既に天皇家が関西で勢力を持ち始めていた頃ではないでしょうか。

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なぜ巨大な古墳が作られたのか。理由は国威を表すためだったことに間違いはなさそうです。天皇家の強さを関西中に示す、すでに始まっていた中国や韓国に対して力を示す。何に対して国威を示そうとしたのかは想像でしかわかりませんが、それを言うなら東京スカイツリーを634mにした理由さえも正確とは言えません。オフィシャルには関東一円に電波を届くようにしたと言っていますが、正直なところ世界一背が高いタワーを作って日本の国威を示そうとしたはずです。最近できた阿倍野ハルカスもそうですが、巨大建築はお遠くから見ても迫力があります。古墳は今、木々に覆われていますが、かつてはピラミッドのようにそびえたつ人工の丘陵ですから見た人は驚いたはずです。

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今回の長山古墳の発見で、古墳は海から内陸に作られたことが証明できそうです。時代は飛鳥、堺は山を越えて飛鳥の西に存在します。飛鳥にとって西は日が沈む場所です。世界的に見て古墳は王宮から西に作られることが多く、日没と死が関連付けられていたのかもしれませんが、実は飛鳥の周りにもたくさん古墳があり単に西という面で堺に古墳がある理由とはなりません。重要なことに堺は飛鳥から最も近い貿易港でした。また4世紀当時、船のみが交通機関と言えます。飛鳥の入り口に船が到着したと同時に異様なほどの巨大建造物が見えます。まずは港に近く、そして内陸に進むごとに大きくなるのです。ただある程度作ってしまえばそれ以上は必要なかったのでしょう。国力の衰えもあったのかもしれませんが、古墳が飛鳥の周りに作られることになったのでしょう。

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そうだとすると堺にある古墳は本当に墓所なのか。少なくとも外敵が海から来たとき、巨大古墳を見ればその国力が図れますから恐れをなします。京都に比叡山や上賀茂神社があるように、堺の巨大古墳は侵入者を威嚇する要素があったのかもしれません。

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