« 在宅勤務は是か非か | トップページ | チャベス大統領 »

2013年3月 9日 (土)

平安京の苦難

Kyo0117

平城京に至っては平安京より広いのでさらに大変だったでしょう、貴族の通勤の話です。

平安京の政治の中心は北に偏っています。東西南北が4~5キロメートルもあったのですから、家から勤務地まで6キロメートル近くあった人は少なくないでしょう。当時、牛車という乗り物はありましたが、一部の上流貴族のみが使ったのでしょうし、馬はまだ移動手段ではありません。そうすると基本的に徒歩での通勤となります。今のように優れた靴底を持ったウオーキング・シューズがあったらよいのですが木靴で舗装されていない路面を往復12キロメートルも歩くなんて考えたくありません。

Kyo0120

しかし道は今の京都より整備されていたようです。朱雀大路は幅として80mを超えていたようですし、細い道でも今よりも広い道でした。朱雀大路に出れば内裏まで見渡せたはずですから、いくら歩いても職場が近づいてこないので相当につらい道のりだったはずです。事実、貴族は朝の3時起きだったとか。テレビとかが無い時代ですし夜は早く寝たのでしょうが、それにしても楽じゃない仕事ですね。めざましテレビの出演者並みに早起きです。

Kyo0122
 

長岡京がどの程度のサイズであったのかわかりません。しかし今回、長岡京の駅から3㎞程度の光明寺まで、たった一度歩いただけでかなり嫌になる行程でした。このサイズのエリアに家が密集していたのですから平安時代の日本の人口が1000万人程度とすれば人口密集地ですね。当時の平安京の人口はわかりません。10~20万人程度であったのではないかという推測はあるようです。それでも人口の数%だからすごいですね。

Kyo0124

今の東京圏は人口の10%以上を抱えるので平安京以上に巨大ですが。

Kyo0128

« 在宅勤務は是か非か | トップページ | チャベス大統領 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 在宅勤務は是か非か | トップページ | チャベス大統領 »

フォト
無料ブログはココログ