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2013年1月25日 (金)

京都の山々

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京都は盆地です。それだけに交通の面では便利な場所と言えません。

東西北を山地で囲まれ南だけ、奈良方面と大阪方面に開かれています。特に移動手段が徒歩に限られていた時代、東日本から京都に移動するには北回りで琵琶湖側から回り込むしか方法がありません。平安の貴族は上賀茂神社や比叡山で宗教上の封印を行いました。ただ比叡山には僧兵がいましたから事実上の軍事封印ですけどね。

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京都の東山は紅葉の名所ですが、軍事的には天然の盾です。ただ山は二列になっていて、今の山科区と伏見区の間に稲荷山があり、ここには防衛上の意味があまりありません。平安京にとって奈良や浪速は強い関係で結びついた同盟的な関係にありましたから、京都の南部は平和なエリアだったのでしょう。農業や漁業が栄え、農業の神様である稲荷が広い範囲を見渡せたことになります。伏見や山科は平安京とは別の行政区域でした。伏見の菩提寺は醍醐寺であり、稲荷は京都稲荷ではなく、伏見稲荷だったわけです。

 
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それでは京都の西はどうでしょう。地形図を見れば、驚くほどの山が連なります。京都の西の嵐山といえば山が連なる光景が目に浮かびます。京都は本当に天然の要塞です。海外では平安京に城壁が無い事を「不思議」ととらえていますが、安っぽい城塞など意味をなさないほどに天然の要塞が廻りを囲っていたのです。平安京と外界の境界に門(例えば羅生門)や壁はあったようですが、それは地域差別的な垣根であって軍事的ではありませんでした。だから京都の境界線に城壁ではなく壁があった事は不思議ではありません。ただ平安時代に「国軍がなかった」という状態は私にも不思議ですけどね。


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自衛隊の議論に発展しそうですがやめておきます(笑)

 
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