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2013年1月27日 (日)

伏見の町並み

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月桂冠という酒造が伏見に誕生した理由はよくわかりません。酒造は米か水がおいしいところに生まれます。関西では神戸(灘)や広島(西条)などが有名ですが、これらは水がおいしい場所です。江戸時代に今ほどどの流通能力があったとは思えません。米は地元産を使ったのでしょうから水の質が最も重視されたのではないでしょうか。伏見は「伏見稲荷」があることからコメの産地でもあり、きれいな山水があったのかもしれません。ただ伏見の場合は、「消費地に近い」事が重要だったのでしょう。

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産業としての大きな酒蔵が育ったのは16世紀頃からでしょうか。江戸時代、大坂には商売が栄え、人口は都市部に集中し、酒宴も多かったのでしょう。また衰退していたとはいえ、京都の貴族が神事を含めお酒を使う事は少なくなかったはずです。いまでも神社に行けば酒樽が奉納されています。特に「京都のお酒」はブランドとして魅力もあったはずです。

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ただ伏見は厳密には京都(平安京)ではありませんでした。安土桃山の城下町であり、京都の隣町として栄えたようです。「平安京の門外」ではありましたが、それだけに京都に物を提供する物流拠点として好位置にあり、平安京の律令も届きにくい「自由」が伏見にはあったのではないでしょうか。コメが集まり、水があり、需要があるから伏見に酒造が育ったのかもしれません。京都の伏見には任天堂など機械製品の工場も少なくありません。水がきれいで豊富であることは工場立地の重要な条件でしょう。

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もうすこし伏見の町を歩きます。

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