大宰府という存在
大分とは関係ないのですが、福岡にあった「大宰府」という平安時代の政府機関は現在の日本国家を意識するとわかりにくい存在です。史実としてわかっていることは「防人」(さきもり)という軍事機能を持った組織であり、京都に似た巨大都市であり、そして中央官庁からの「島流し先」であったことです。菅原道真に至っては大宰府から京都を呪い、大宰府がなくなった今でも「太宰府天満宮」は残っています。
大宰府は貿易拠点、国防拠点、および九州の管理拠点でした。平清盛のドラマでも大宰府は大きな利益を出している自治組織であり(服装まで違い)清盛が権力を奪うロビー活動を行っていました。つまり平安政府の敵対的な立場で描かれていました。大宰府は危険な組織として成長した政府機関であり、事実クーデターを起こしている史実まであります。
ただ「九州王朝」の首都だったという考え方には無理がありますね。一方で大宰府を今残っている太宰府天満宮と勘違いすれば歴史がわからなくなります。京都(平安京)の外では最大の政府機関であり、当時の朝鮮半島の国々が日本攻撃を断念するだけの抑止力を持つ巨大自治体であったことは間違いなさそうです。
今で言えば日本政府と東京都庁(石原さん時代)が関係としては近いのかな?
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