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2012年12月31日 (月)

2012年を振り返る

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年末ですし素直な気持ちを書くことにします。多くの方に怒られることは覚悟の上です。

母親が9月になくなりました。72歳でした。まだまだ若いですね。残念です。

母親がおかしいと気が付いたのは2012年の7月の中旬でした。後で考えれば5月からおかしかったのですが気が付きませんでした。人生経験不足です。5月のゴールデンウイークには私が反抗期の時と同じくらい母親が私に抵抗していましたがそれ以外は普通でした。

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「料理ができなくなった」と父親から連絡があったのは7月でした。その時からできる限り会社を休み母親の外出などに付き合いました。認知症についても勉強し、CTなどもとってもらいました。しかし大脳に障害はなく、記憶に対しても障害はないのでアルツハイマーでないとの医師の判断でした。認知症について勉強していた私にとっては残念な結果でした。母親の症状や祖母の症状から考えて障害は小脳など回復の難しい部分だろうと推定できました。それから母親がたおれるまでに1か月しかありませんでした。

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私は医師ではありません。原因は推定でしかありません。ただお医者さんから説明を受けた時、私の質問からお医者さんから「同業者ですか?」と聞かれたので、医師も同じ見解を疑っていたのだと直感しました。母親は「躁」の状態でした。毎日のように「幸せだ」と話をしていました。母親は大きな幸せを感じながら急追しました。最後に患った病気は母親から恐怖を奪ってくれました。母親は苦しむことなく幸せの中で次の世界に旅立ちました。認知症は本当に悲しい病気ではありますが、それは認知症を介護する周りの人にとってのことです。母親は少なくとも苦しみが薄れる中で旅立つことができたのであり、神に感謝すべきと感じています。母親が認知症で「周りが」苦しんだのは2か月だけでした。もっと迷惑をかけてほしかった、それだけが心残りで仕方がありません。合掌。

 
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2012年、母親が亡くなったことは最も悲しい出来事でした。ただ7月から9月までの短い間でしたが、離れて暮らしていた母親とたくさんの会話ができたこと、そして仲が悪かった父親を含め親族との絆を強くしてくれたことは母親の最後の心遣いと感じています。悲しいことではありますが、寿命と考えれば母を含め誰も不幸になっていない2012年でした。父親も年末の今、ずいぶん元気になり安心しています。

 

それでは皆様、よいお年を。

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