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2012年10月10日 (水)

琉球王国「再掲 沖縄」

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最近の尖閣諸島にかかわる国境紛争では個人的に思うところがあります。しかし、ここでは単に歴史的史実を並べます。人によって感じる違いが重要ですので私情はできるだけ挟まないようにします。

琉球国は1429年から1879年まで存在した王国です。言語は琉球語、領土は沖縄諸島、奄美群島、先島諸島でした。明や清の冊封を受けていましたが、1609年に薩摩藩の侵攻を受けます。冊封という制度は少々難しいのですが支配と言うより属国に近いでしょう。内政には関与していません。つまり琉球国は清ではなかった。薩摩にも搾取を受けますがそれでも内政に関与されない独立国でした。

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琉球国の崩壊は明治維新の「廃藩置県」で行われました。「琉球処分」といいます。非常にセンシティブな歴史ですから、注意深く書きますが史実として琉球の首都であったゴザ(今の沖縄市)から県庁所在地として那覇に移されます。沖縄と言う名称は日本が琉球国のあたりを指すときに使った名称だったらしいのですが定かではありません。ただここで琉球は王朝と、国名および首都名を失い崩壊します。沖縄県知事は明治政府より派遣されました。この琉球処分に琉球国は清に助けを求めています。これは琉球が独立国であり合意のうえでの日本併合ではなかった事を物がたっています。

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琉球国は廃藩置県が行われるまで客観的に見て独立国でした。鎖国の江戸時代に琉球は中国や東南アジアと日本との中間貿易国として大活躍します。料理や音楽や舞踊が洗練されていったのはこの時代かもしれません。琉球処分の後の沖縄は激しい変化を受けます。その話はこれから紹介する沖縄南部の写真とともに語っていくことになります。

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皆さんはどう思いますか、琉球の歴史と尖閣諸島の問題。最後に琉球の独立運動は今でも続いていますので、過去の歴史とは言えません。

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コメント

私個人的には、尖閣や竹島、あんな小さいな島なんて
どっちのものでも良いのでは?って思います(^^;
周りにある資源が欲しいのでしょうけど。
琉球の歴史、恥ずかしながら初めて知りました
(∩。∩;)ゞ


まあはっきりと言えば、尖閣は日本の物でも中国の物でもなくて琉球の島なんですよね。そう感じています。中国も自国で大量のシェールガスやシェールオイルが見つかっているので、尖閣の資源なんて必要ないはずなのですけどね。

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